あれからガトーは再不斬によって殺された。彼の雇っていたチンピラどもも白や第七班が倒すと、次から次へと船に乗って逃げて行く。
事態は収束し、現在橋の上には喜び合う島民達とナルト君達、そしてどこか不機嫌そうな再不斬と白がいた。ちなみに彼らに戦意はないようだ。
するとその時、再不斬の隣に立っていた白、いや白さんが私のところへやって来た。
「はい、どうぞ。ガトーを仕留める直前、書いてもらいましたよ。といっても血判ですが」
「あ、ありがとうございます………」
白さんから渡された書類一式に顔が引き攣る。
というのも、ガトー達に立ち向かおうとした時、何故か白さんが私に声を掛けてきたのだ。
『お久しぶりですね。ところであなた、波の国の利権に関する念書を作ったんですよね?ガトーを始末する前にサインさせときますよ』
え、何でそんなこと知ってるの?
この子怖すぎでしょ……と思いながら一応持っている書類一式を懐から出せば、彼はにっこりと笑って受け取った。そして再不斬がガトーにトドメを刺す直前、無理矢理サインさせたらしい。
「どうしてコレのことを?」
「おや、またしらばっくれる気ですか?ボクに話してくれたじゃないですか」
白さんがくすくす笑う。そんな彼の顔を見て、私はハッと思い出した。
そうだ。彼は早朝の森で会話した、あの子だ。
そこでようやく彼の言った言葉が繋がる。
あの時、私は子供のふりをして契約書を作ったと言ってみせた。それを白さんは信じたのだろう。何であんな戯言のような言葉を信じたのかは分からないが………。
「ボク達はここにいる理由がありませんから、もう去ります。あなた達はどうするつもりで?………あなたも依頼人に騙された口でしょう。落とし前をどう付けるんですか?」
すると白さんが静かにつぶやく。
ガトーの血判がついた書類に目を通しながら、思わず固まってしまった。
「それは、どういう意味ですか?」
「抜け忍からの護衛任務だと言うのに、あなた達みたいなひよっこがやって来たんです。大方あの橋職人の老人に騙されたんだと一目見て分かりましたよ」
「……………」
「ボク達はきちんとガトーに落とし前をつけました。あなた達はどうするんです?」
そんな白さんの言葉にうまく返せず、向こう側で島民達と泣いて喜ぶタズナさんの姿を見た。
確かに彼の言う通りだ。私達第七班はタズナさんの虚偽の任務を引き受けたけれど、木の葉の里はそれで納得するだろうか。タズナさんは私達だけでなく、大きく言えば里自体も騙したことになるのだから。
里はタズナさんに対してどういった処分を下すのだろう。
放置か、それとも制裁か。
「…………まあ、ボクの知ったことではないですけどね」
白さんがじっと私を見つめながら言う。
そして彼は再不斬のもとに行き、2人はそのまま橋の上から去って行った。
◇
───その日の夜、喜び合う島民達によってタズナさんの自宅の付近で祝勝会が開かれた。
オレンジ色に灯る提灯が吊るされ、ツナミさんや島の女衆によって用意された料理が並べられる。
ナルト君はイナリ君と楽しげに話しており、サクラちゃんはサスケ君に甲斐甲斐しく料理をよそっている。
そしてカカシ先生は、歓談する島民達の少し離れたところでタズナさんと一緒にいた。
何か大事な話をしているかもしれないと後で声をかけようかと思ったが、先生と目が合い手招きされる。
人の合間をぬって彼らのもとに行けば、先生が口を開いた。
「ホタル、波の国についてガトーにサインさせた念書はどこにある?」
私は懐から書類一式を取り出す。
カカシ先生はそれをぱらぱらと捲って確認した後「うん、ちゃんと書いてあるね」と言ってタズナさんに渡した。
「うちの班員が用意したものですが契約書として効力はあるでしょう。ガトーを半ば脅した形でサインしましたが、それを知る者は誰もいない。もしガトーの会社から何か言われたらこれを見せれば何とかなるかもしれません」
「まあ、あちらさんもガトーが死んだ波の国には関わりたくないでしょうが」と先生が苦笑する。
「ありがとう……!お前達には感謝しかない!………それとお前達を騙してここまで巻き込んでしまい、本当に申し訳ないかった!」
頭を下げるタズナさんに、思わずカカシ先生の顔を窺ってしまう。白さんから言われた言葉が頭をよぎった。
『………あなたも依頼人に騙された口でしょう。落とし前をどう付けるんですか?』
私達第七班は良い。しかし里はこれに対してどうするのか。
おそらくここでカカシ先生は私達部下やタズナさんに、里から受けるかもしれない処遇について言わないだろう。
何も知らないまま、裏で全てが終わるかもしれない。
「どうした?ホタル」
「いえ、その………」
カカシ先生が呆然とする私に声をかける。タズナさんも不思議そうな顔をして見つめていた。
どうしよう。このままで本当に良いんだろうか。
里がタズナさんに制裁を下すのかは分からないけれど、そんな可能性に目を瞑ってこの国から去っても良いのか。
冷や汗がじわりと額に流れる。いつの間にか口が自然と動いていた。
「…………タズナさんはずっと私達を騙していたことを気にしていたんですよね。本来ならばBランクかAランク相当の任務を偽って申請したことに」
こんなことに首を突っ込んだら、絶対に面倒くさくなるのは間違いない。
けれどここまで関わってしまったのだ。見過ごすことはできなかった。
「タズナさん、私達は別に良いんです。望んでこの任務を引き受けたから。でも木の葉の里がどう思うか」
タズナさんが意外にも取り乱すことなくそれを聞く。私に言われるまでもなく本人の中で覚悟していたのかもしれない。
そしてカカシ先生は話し出す私を止めることなく、何故か興味深そうに見つめていた。………止めないと言うことは、このまま続けても良いのだと勝手に解釈する。
「タズナさんが今できることは木の葉の里の面子を潰さないよう【正当なBランク以上の報酬金を支払い、それとともに相応の賠償金を正式な形で払う】ことが必要なんじゃないでしょうか」
そう言えばタズナさんの顔が曇る。
「………そうじゃな。それが超良いと分かっておる。しかしワシには金がないんだ」
「それは理解しています。だけどタズナさんではなく【波の国】側でならそれを用意することができるんじゃないですか?」
「波の国側?」
「…………これは私の勝手な想像ですが、この橋の事業の大元は波の国の大名からの依頼なんじゃないでしょうか?こんな国家規模のプロジェクトを個人や企業だけで行えるとは思えません」
推測だが、波の国の大名に依頼されてタズナさんは橋を作っていたのだろう。
そしてガトーの嫌がらせに対しタズナさんは木の葉の里に護衛任務を依頼した。タズナさんの独断か、それとも波の国に却下されたのかは分からないが。
それを話せばタズナさんは頷く。
「ガトーに暗殺されかけていることを大名に言おうと思っておった。だが、衰退する国家に乏しい資金繰り。そんな中であのお方には『大丈夫だ』と言うしか出来なかったんだ」
「じゃあ、自分で何とかしようと……」
「ああ、この老ぼれの命一つで事が収まるなら良いと思ってな。…………だが、橋はあと少しで完成する!意地汚いのは重々承知しているが、それまでどうか待っていてほしい!橋が完成したらどうにでもしてくれ!」
頭を下げるタズナさんに立ち尽くしてしまう。
タズナさんが命懸けで木の葉の里に来たことは知っていたが、彼が最初から命を捨てる前提で動いていたことに言葉が出なかった。
けれど、話が逸れてしまいそうだったのを慌てて軌道修正する。
「…………話を戻しますが、タズナさん個人が里側に賠償金諸々を払うのではなく、波の国側がそれを払ったらどうでしょうか?」
「そんな不躾なこと、あのお方に言えるわけ……!」
「……………冷静に考えてみてください」
そもそもガトーによる嫌がらせがあったにも関わらず、何もしようとしなかった大名側がトップとして責任を放棄しているのだ。
確かにタズナさんが「大丈夫」だと言ってしまったのが問題だが、高齢であり国想いの男が言った空元気な言葉を鵜呑みにし、ろくに調べもしなかったあちら側にも問題はある。
それにタズナさんが木の葉の里に依頼を出したことによって、結果的にガトーまで始末できたことは大きい。
暴論であるが、そう考えれば全て丸く収まったと言える。Bランク以上の依頼金+賠償金を国家間で正式な形で支払う羽目になったが、ガトーは始末できたし、こっちには念書まであるのだ。
またタズナさん側もその念書を盾にしながら波の国に交渉すれば、何とかなるかもしれない。
「ただ…… ───」
懸念事項が多々ある。
「───……これをすることによって、タズナさんが波の国からどう思われるかが問題です。やり方にもよると思いますが、自分の代わりに国が金を出せと言っているようなものだし、国民からの反発も起こるかもしれない」
あくまで【相談】や【嘆願】という形で同情を買えば、大名が一人の哀れな橋職人に慈悲という手を差し伸べた【美談】として収まるかもしれない。
だけど、もしうまくいかなかったら………。
「提案した手前こういうことを言うのは卑怯なんですが、それを思うと強く薦めることはできません」
あれだけ国のために尽くしてきたのに、波の国で干されてしまう。そして木の葉の里から制裁を受け死んでしまう。
そんな悲惨な可能性に心がひどく痛んだ。けれど他の提案がうまく思い付かず、歯痒い。
するとその時、タズナさんはぽつりとつぶやいた。
「……………嬢ちゃんはどうしてそこまで考えてくれるんだ?」
「そりゃあ、護衛任務とは言えタズナさん達にはお世話になりましたから………」
一宿一飯、いや七宿七飯の恩があるのだ。そう考えると彼の手助けくらいしたくもなる。
それにタズナさんが酷い目に遭うことによってツナミさんやイナリ君、ナルト君達の悲しむ顔を見たくない。
そう言えば、タズナさんは私を穏やかな目で見つめた。
「…………最初はガキ臭くねえとんだ嬢ちゃんがいたもんだと思った。嬉しくも楽しくもねえのに笑って、大人顔負けの考えを思い付く。忍のガキってのはこういうもんかと思ったが他の小僧らを見て違うと分かった」
一体どうしたんだろう。それに何だかものすごい勢いで失礼なことを言われている気がする。
「…………だが、嬢ちゃんが味方に対して超親切なことも知っておる。それに想像していた以上に義理堅いんだな」
タズナさんが苦笑する。
「嬢ちゃんがそこまでワシのために考えてくれたんだ。どこまでできるか分からんが、恥も外聞も捨てて老人の戯言だと大名様に頭を下げてみるか」
そして彼はからりと笑った。
「何、もしうまくいかなくても嬢ちゃんの責任じゃない。死ぬ覚悟はあっても、ツナミやイナリ、そしてこの国を見届けたいという心残りがある。生き意地汚いが………、わずかな可能性があるのなら、最後に一つ賭けてみようと思ってな」
それに対して私は胸が詰まるような思いがした。
家族や国を見届けたいという気持ちはもちろん、第七班である私への義理を込めて了承してくれたのかもしれない。
そう思うとタズナさんには心から生きてほしいと思う。
するとその時、今まで黙っていたカカシ先生が口を開いた。
「ホタル、出来るだけタズナさんをサポートしてやりな」
その言葉にカカシ先生からの許可が出たのだと頷く。もちろん言い出しっぺの私も協力するつもりだ。
しかしそこではっとする。
「あ、でも私がこの問題に介入したらまずいんじゃないでしょうか?私みたいな下忍が国際問題に首を突っ込むだなんて……、その事実が流出すれば他里になめられるんじゃないですか?」
「確かにそうだが………」
よく思い付くね、とカカシ先生が呆れたように言う。
それにタズナさんは首を振った。
「この問題に嬢ちゃんを矢面に出すような真似はせん。まあ、ほんのちょっとアドバイスをしてくれたら超有難いが……」
恥ずかしそうに言うタズナさん。そんな彼を見て、何というか「放っておけない」と人に思わせる不思議な雰囲気があるような気がした。
カカシ先生を見れば、頷いてくれる。
「もちろんです。私がどこまで関わって良いのか分かりませんが、出来る限りお手伝いさせてください」
「ホタルが木の葉の里の下忍として目立つ行動をするようでしたら、私の方から止めますよ」
私と先生がそう言うと、タズナさんは改まった様子で頭を下げた。
どこまで出来るか分からないし、どのような結果になるか嫌な想像ばかりが頭を過ぎる。
けれど全てがうまくいった時、他国他里が見る中、木の葉の里が弱小国家の波の国に対してどのような対応をとるか度量が試される。そのため非現実的な額の賠償金を求められることはないだろう。
「あの、私が言うのもなんですが、本当に良いんですか?私のアドバイスなんて子供の思い付きですし……」
「ははは!本当に今更じゃのう!」
中身は成人を超えているが見た目はどこからどう見ても子供なのだ。自分で言うのもおかしいが、こんな子供の言葉によく付き合ってくれると思う。
しかしタズナさんが笑い飛ばしてくれたため、私は本当に良いのかなと思いながらも安堵した。
「……………蛙の子は蛙ってやつか」
カカシ先生が横で意味の分からないことを言ってる。
そうして私はあくまでタズナさんに助言をするという立場に立ち、タズナさんや島民代表の大勢の大人達によって波の国との交渉が始まることとなった。
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