時を遡って数日前、カカシは三代目火影によって火影邸に呼ばれていた。

 おそらく波の国での護衛任務についてだろう。
 依頼人による任務ランク虚偽に大富豪ガトーの暗躍。霧隠れの抜け忍再不斬との交戦からナルトの九尾のチャクラの漏出。果ては波の国と木の葉の里の外交問題まで。
 Cランクどころではない任務内容にカカシは報告するのも一苦労だった。

「この度は波の国への護衛任務、ご苦労じゃったな。つい先日、波の国の使者との会談が終わった。これで里の面子も守られたというわけだ」

 今回の件において波の国と橋職人であるタズナの双方の認識の過ちで起こったことであり、それに巻き込まれた木の葉の里に詫びとして賠償金が支払われるという結末になった。
 波の国という経済的に逼迫する国への制裁がいかなものになるか周辺国が見守る中、現状すでに衰退している国家に対し天文学的な値の額を提示できるわけでもなく、木の葉の里は可能な範囲での請求に留まるに至った。

「それとは別に、今日は第七班の内一名について相談しようと思ってな」
「…………それは【不知火ホタル】についてですか?」
「───左様」

 三代目の言葉に「やはりそうか」と思う。

 親戚であるゲンマ特別上忍と同じ焦げ茶色の髪に、穏やかそうな相貌。
 一見どこにでもいそうな少女が波の国で見せた所業の数々は、アカデミーを卒業したばかりの下忍とは思えないものばかりであった。

「アカデミー時代から片鱗は見せておったが………。まさか、ここまでじゃったとはのう」

 ガトーへの制裁方法の提案内容に、波の国との交渉をタズナに仕向けた手腕。他にもあるが、彼女の思考と任務に対する姿勢はサスケとは違う方向で下忍のレベルから逸脱していた。

「ご意見番の2人が誉めておったぞ。あの【人たらし】が帰ってきたとな。木の葉の里には今、口一つで諸外国や他里を繋げられる者はほぼおらん。交渉役は何人かいるが、ホウカのような【里の顔】として振る舞える逸材は中々おらんのだ」

 シカクやイノイチといった強者達も確かにいる。しかし彼らは木の葉の名家の当主であり、おいそれと里外に出れる身分ではなかった。
 それもあってホウカは様々な外交の場に顔を出していたのだが……。彼のように身軽で、忍特有の血の匂いを感じさせない男は中々いない。

 どんな所に置いてもホウカは馴染み、朗らかな顔をして場の空気を掌握してみせた。

 カカシが任務報告の際、ホタルについて話すたびにご意見番のホムラとコハルの眼光は鋭く光っていったのを覚えている。

「不知火ホウカの後釜として育てることを、ご意見番は強く望んでおる」
「…………でしょうね。実際アイツにはその適性がある。それに人を動かすのが上手いんですよ」

 何故か人に命令するのに慣れている上、それを感じさせない言い回しができる。ホウカと同じ天性の素質だった。

「───しかし、それをダンゾウが渋っておってのう」
「ダンゾウ様が?」
「ダンゾウは不知火ホタルを手元に置きたいそうだ」

 ダンゾウのことはカカシも知っている。タカ派の男であり三代目とは度々対立する忍だ。

 ダンゾウがホタルを手元に置きたがっていると聞き、カカシの脳裏に【根】という組織が過った。表面上は既に解体されているが、おそらく秘密裏に活動を続けている。
 狂信的な部下のいるダンゾウの派閥を再度潰すのは難しいと考えており、三代目も黙認せざるを得ないのが現状だった。

 おそらくダンゾウはホタルを【根】に引き入れたいのだろう。

 確かにホタルなら【根】でもやっていける。敵に対して非情な手段を思い付く彼女ならば馴染むだろうし、あの気難しいダンゾウの意を汲むことさえ造作もないだろう。

 しかし……───。

「…………お主は担当上忍としてこれをどう見る。【里の顔】になるならば、諸外国や他里からの心象が悪くては話にならん。悪評になるような噂は芽でも摘まなければならないため暗部に身を置くことは難しい」
「…………」
「逆にダンゾウの下に置くならば、不知火ホタルは自身の性質に加え暗殺技術を身に付けるだろう。ホウカの才能とそれを掛け合わせた時、とんでもない忍が生まれるかもしれん」

 三代目が唸るように言う。

 この話にカカシの決定権はないだろう。ホタルをどう扱うかは里が決めるからだ。

 けれど、そこでふと思い出す。

 波の国にて、皆が寝静まった深夜。
 ホタルは一人、仲間の生存を第一に考えて上司であるカカシに直談判した。このまま任務を続けるとみんなが死んでしまうかもしれない、と。

 タズナを見捨てるという決断に心苦しみながらも吐露した彼女の姿と、自身の亡き親友の姿が重なった。
 仲間を大切にし続けた心優しい少年の想いがホタルの中にもあるような気がしてならないのだ。

「………───後者は、ホタルの気質的に向いていないと思いますよ」
「それはどういう意味だ?」
「ホタルはあの年頃の子供にしては、非常に割り切った考えができます。他者から見れば冷酷なまでに。………しかし彼女の根本には常に【仲間の命】がある。善良な人間の命を守るために、自分を犠牲にしてまで敵を下そうとする」

 カカシから見たホタルは食わせ者以外の何者でもない。

 ガトーを洗脳しようと提案するし、勝手に利権に関する書類を作るし、イビキ顔負けのやり方で敵を尋問する(この件についてカカシはナルトから話を聞いた)

 しかしその根本には、必ずと言っていいほどタズナやナルト達の命がかかっていた。

「不知火ホタルは甘過ぎます。情報と仲間の命を賭けた時、おそらく真っ先に仲間の命を取る。きっとこれは、あいつがダンゾウ様の部下になり様々な技術を身に付けたとしても変わらないでしょう」

 そこら辺ホタルならうまくやれる気もするが……。カカシはあえてそれを口にすることはしなかった。

「忍として致命的な欠点です。それをあの方も許しはしないでしょう。…………ですが、もちろん里の意向に従います。私もホタルも『やれ』と言われればやります」

 そう締めくくれば、何故か三代目は微笑を浮かべていた。
 里の長としての厳しい顔はなりを潜め、どこか遠い場所を見つめているようだった。

「…………───面白いのう」

 その言葉にカカシは眉を寄せる。

「仲間の命、か。カカシ、お前は不知火ホウカと話したことがあったか?」
「いえ、一度も………」
「そうか。………ホウカが何故潜入や外交ばかりしておったと思う?」
「それが不知火ホウカの天性の素質だったからじゃないでしょうか?」

 そう答えれば三代目は楽しげに笑った。

「もちろんそれもあるが……。あやつはなあ、呑みの席で言っておったが、目の前で誰かの命が消える状況を作りたくない、そうならないよう必死に動いていただけだったそうじゃ」

 仲間が敵と交戦して死ぬ。情報と天秤にかけて仲間を見捨てる。

 そういった悲惨な現場が増えることのないよう、行く先々の諸外国や他里で話をつけ戦闘を回避してきた。

 仲間の命を第一に考える娘のホタルと父親のホウカ。
 そんな2人の目に見えない強い信条に、カカシも思わず笑ってしまう。

 何という、血の濃さ。まるで生写しではないか。

「不知火ホタルの処遇はさておき、一度ワシも話してみるかのう。何より興味深い。あのホウカの忘れ形見と何を話すことになるのか。火影のワシさえも手玉に取られてしまうかもしれん」

 不知火親子は罪深いの、と三代目が愉快そうに話す。
 何やかんや手玉に取られた身として、耳は痛かったが悪い気はしなかった。

 ホタルの処遇がどうなるかは分からないが、大事な第七班の部下である彼女の行く先が薄暗いものにならないかもしれないと思うと少しばかり安堵した。




 ◇




 ───それから数日後。
 飼い猫探しのDランク任務はいつも通り平和に終わり、カカシはホタルから話があると呼ばれていた。
 カカシも後日三代目から面談があるとホタルに伝えたかったため、ちょうど良い。

 森の中にある開けた演習場にて、話が長くなるかもしれないと2人は丸太のベンチに座った。
 それにカカシは再び波の国の夜のことを思い出す。あの時もこうやって並んで話した。

 大抵ホタルがカカシと2人きりで話したい内容と言えば、第七班のメンバーについてだ。
 ホタルは何故か第七班の子供達を、まるで親が子に愛情を注ぐかのように可愛がっており、ナルトやサクラには優しく、サスケには反抗期の息子を見るような目で見守っている。
 そしてカカシが雑に扱ったり目の前でイチャパラを読もうとすると「思春期の子供達の前で何をしている……?」という目で訴えた。たまにちくちくと注意されたりすることもあり、お前は何歳だと突っ込みたくなる。

「で、用は何だ?第七班のこと?」

 ナルトの任務ランクを上げてほしいという癇癪のことか、繊細なサクラの心のケアか、サスケの協調性のなさか。

 しかしホタルはそれに首を振った。

 そして自身の懐から一枚の封筒を取り出す。ホタルは封筒を両手で丁寧に添えカカシに差し出した。

【退職届】

 白い封筒に達筆な文字で書かれたそれ。あのコピー忍者と呼ばれるカカシでさえ理解するのに時間がかかった。
 ホタルがそんなカカシに深々と頭を下げる。

「突然で恐縮ですが、退職することにいたしました。短い間でしたが、カカシ先生や第七班のメンバーには成長させてもらい大変感謝しています。実際に任務を通して様々な経験をさせていただきましたが………。何分力不足を痛感することが多く、自分にはもっと別の道があるのではと思うようになりました」
「…………………」
「つきましては、退職の段取りについて相談させてください」

 すらすらと語られるホタルの言葉。転職を一度経験したことがあるようなその口ぶりに、カカシは咄嗟に目眩がした。

「………………まじで言ってる?」
「まじで言ってます」

 ホタルは薄く微笑んでいるが、瞳は真剣そのものであった。

 カカシはこの時、何時間掛けてでもホタルを説得する覚悟を決めた。







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