※注意※
こちらの夏油傑には倫理観がありませんのでご注意ください。







 同級生の夏油君はとても怖い。

 ───呪術高専に入学して早一年。
 異性になれていない私にも茶化すことなく接してくれる夏油君を、当初はとても感じの良い男の子だと思っていた。

 しかし高専に通い必死に任務をこなしていく内に、彼の人となりが段々と分かってくる。
 五条君と喧嘩する姿を間近で見た時はいかつい外見と相まってめちゃくちゃ怖かったし、寮内でぷかぷかと煙草を吸い飲酒する姿を偶然目撃した時は固まってしまった。
 「呪霊の味が不味くてね。味覚を誤魔化しているんだよ」と穏やかな口調で言うのだが、輩感が半端ない。「担任にちくるんじゃねえぞ」という副音声がどこからともなく聞こえたような気がした。
 五条君や家入さんはともかくあの夏油君が……。もっと、こう、夏油君って優等生みたいな感じじゃなかったのかな。

『夏油?あいつは五条と一緒に色々とやらかしてるよ。性格もちゃんと悪い』

 夏油君って普段どんな感じなの?と家入さんに聞けばあっさりとそう言われる。
 ちゃんと?ちゃんと悪いってどういう意味?あの五条君と一緒にいるくらいだから性格だってちゃんと悪いってこと?

 そんなまだ見ぬ一面を知る度に夏油君はもしかしたら相当やばい奴なのでは?という危機感がよぎった。
 五条君や家入さんのように表立って自分のやばさを隠さない人よりも、夏油君のように裏表のある人間の方がやばいと相場は決まっているものだ。

 そういった積み重ねによって、いつしか夏油君に対して恐怖を抱いてしまうようになってしまった。
 いつも私に対してすごく親切なのだが、本当のところ彼が何を考えているのか分からない。
 ただ、絶対に彼を怒らせてはならないという気持ちと、それでも優しくしてもらって嬉しい気持ちが相反してぐるぐると複雑に考え込んでしまう。

 ───そしてそんな最中、任務で呪霊の攻撃が当たり私は記憶喪失になってしまった。







 どうやら私は記憶喪失らしい。

 後頭部に呪霊の攻撃がヒットし、その衝撃で記憶を失ってしまったそうだ。
 おかげで私の記憶は呪術高専に入学する前の状態であり、周りを囲む三人の同級生達の顔も全く覚えていなかった。

「本当に記憶がないんだな………」

 寮の共有スペースにて、私の横に座る夏油君というボンタンを履いた男子が残念そうに言う。
 そして向かい側のソファに座る白髪の五条君と煙草をふかしている家入さんも興味深そうに私を見ていた。

 本当に私と彼らは同級生なのかな……。呪術高専に入学直前の状態で記憶が止まっているため、高専に入学してから私の身に何があったかさっぱり分からない。
 けれどこんな個性の塊のような彼らとこの私が仲良くやっているイメージが全くできなかった。

 するとそんな私の様子を見て、真向いのソファに座る家入さんと五条君が話し出す。

「名字は記憶がなくなっても五条や夏油にびびるんだな」
「俺らのどこが怖いんだよ。いちいちびびってんじゃねえぞ」

 こ、こわ……。家入さんはともかく不機嫌そうな五条君の様子にどっと冷や汗が流れた。「そ、そんなことないよ」と慌てて言うものの、五条君にふいと顔をそらされる。

 そしてそんなおろおろとする私を見て夏油君が「名字を困らせるんじゃない」と言ってくれた。
 優しい!この短時間で少しだけ分かってきたのだがもしかすると夏油君は良い人なのかもしれない。

「名字も記憶を失って心細いだろう。困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」

 隣に座る夏油君を見れば彼は親切にもそう声をかけてくれた。
 なんて良い人なんだろう。何だか胡散臭そうなヤンキーだと思って本当にごめんね、と心の中で謝っておく。

 するとその時、五条君がにんまりと笑いながら言い放った。 

「あーあ、傑可哀そうに。名字と傑、付き合ってたのにね」
「え!?」

 五条君のその発言に私は目を丸くする。
 しかし五条君のその軽薄そうな雰囲気から察するに彼の冗談だろう。
 それを理解し、私はそんな彼の冗談にどう反応すれば分からず苦笑した。だけど、まあ、きっと親切な夏油君が先ほどのように五条君を諫めてくれるに違いない。
 そうしてちらりと夏油君を見れば、彼はしばらく沈黙した後口を開いた。

「……ああ、彼の言う通り私と君は付き合っていたんだよ」
「え……ええ!?」

 当の本人である夏油君が真剣な顔して五条君の言葉に同意するものだから、驚きのあまりソファから立ち上がってしまう。
 付き合ってた?私が?夏油君と?

「う、うそだ!」
「噓じゃない。呼び方だって傑君って呼んでいたぞ」
「え、そうなの!?」
「そうだ」

 私の言葉に夏油君は神妙な顔をして頷く。
 え、本当に付き合ってたの!?傑君って呼んでいたの!?

 五条君を見ればさっきまでの笑みはなく「そうだそうだ」と真剣な顔で夏油君の言葉に頷いている。
 そして家入さんはというと呆れたように夏油君と私を見つめていた。
 い、家入さんのその表情って何だろう……。お前そんなことも覚えてねーのかよ、という顔なのか、それとも夏油君が嘘ついてて簡単に騙されてんじゃねーよ、みたいな感じなのか……。

 三人に「ちょっと待ってね」と言ってじっくりと考えこむ。
 わ、分からない。本当に私が夏油君と付き合っていたのか、それとも五条君と夏油君が嘘ついているのか分からない。
 いや、私みたいなタイプが夏油君と付き合っているのはにわかには信じられないが、こんなにも親切な彼が果たして嘘をつくだろうか。

 ぐるぐると俯きながら考えていると、向かい側のソファに座っていた五条君と家入さんはいなくなっており、いつの間にかこの場には私と夏油君しかいなかった。

 「あれ、二人は?」と隣に座る夏油君に聞けば「空気を読んで出てってもらったよ」と言う。
 空気を読んで……?何で出て行かせるの……?

 とりあえず考えてみても分からないのだ。夏油君にもう一度聞いてみよう。

「本当に私達って付き合ってたの?」
「ああ、もちろん。私と付き合うのはそんなに嫌かい?」
「夏油君と?嫌じゃないけど……」
「嫌じゃないのか!」

 そして夏油君は「そうかそうか」とにこりと笑った。何その笑顔……。

 でも本当に付き合っていたのかな。
 何だかこうも夏油君に言われてしまうと本当に付き合っていたのかもしれないと思えてきてしまう。
 まさか高専在学中に彼氏ができるとは全く想像できないけど、記憶を失う前の私は一体何をして付き合うことになったんだろう。

 ちらりと隣に座る夏油君を見る。
 狐のような目つきで何を考えているか全く分からない。
 だけどびびりな私が付き合うくらいなんだ。きっと親切で優しい男の子なんだろう。

 まだ彼のことを名前で呼ぶのは気恥ずかしいけれど、これだけは言っておこうと口を開いた。
 
「わ、私、記憶が全然ないけど、夏油君のことを思い出せるよう頑張るね」

 記憶をなくしてしまっていることに申し訳なさを感じ夏油君にそう言えば、彼は私をじっと見つめて心底嬉しそうな笑みを浮かべた。







 同級生の少女、名字が恥ずかしそうにこちらを見つめる。
 彼女が記憶喪失を良いことに夏油は五条の提案にのって「付き合っていた」と言ってみたが、こんなふうに潤んだ瞳で見つめられるのなら悪くないと思った。
 罪悪感なんてものは一欠片もわかず、むしろいつまで経っても自分の好意に気付かない彼女との距離を夏油はどうにかして縮めたかったのだ。
 手段は最低だが、そろそろ我慢の限界だったわけである。

 肩までの艶やかな黒髪に子犬のような丸い瞳の、控えめで楚々とした雰囲気の少女。
 そんな彼女と出会った時、呪術師らしく二面性があるかと思いきやそんなことはなかった。颯爽と呪霊を祓う力量があるというのに、いつもどこか自信なさげで恥ずかしそうにしている姿が夏油の性癖に突き刺さる。

 言うならば名字という少女は夏油と好みど真ん中であった。
 そうそう、こういう没個性で何にも知らない生娘みたいな子を好きにするのが良いんだよね、とほくほくとした気持ちで近付いたものだ。

 しかし最初の頃は良かったものの、名字の前で親友である五条と正気を忘れて喧嘩をしたこと、また隠れて喫煙飲酒しているところを見られてしまい、それ以降近寄って来なくなった。
 呪霊の味を誤魔化してるんだよと言ってみせても「あ、そうなんだ。大変だね……」と言ってどこからどもなく取り出したミントの飴を手渡して、そろりと距離を取られてしまう。
 硝子だって煙草吸ってるだろという言葉も彼女には届かなかった。

 そんな彼女が記憶喪失になったのだ。
 付き合っていたと言えば面白いように信じる。

『わ、私、記憶が全然ないけど、夏油君のことを思い出せるよう頑張るね』

 そう言って顔を真っ赤にさせるのが可愛いし、めちゃくちゃにしてやりたい。嫌だ嫌だと言う彼女を無理矢理組み敷いて恥ずかしがる姿を見ながら色々やってしまいたい。

 好いた女が記憶喪失なことを良いことに夏油はこの関係を楽しもうと考えていた。
 そもそも最初から夏油は彼女から距離をとられ怖がられている。記憶が戻ったところできっと近寄って来ないのだ。それだったら今の内にやれることはやっておきたい。

 それに彼女の性格上、冗談だったとか本気で好きで我慢ができなかったと許しを請えば、同級生を警察に突き出す真似はしないだろう。







 記憶をなくした私を心配するかのように彼氏である(らしい)夏油君は気にかけてくれた。
 中学の頃から家の手伝いで呪霊を祓っていたため任務に支障はないが、高専の建物内の地理や人間関係が分からず困っているとさらりと助けてくれる。

 なんて心強いんだろう……。私の彼氏、完璧すぎないか?と思うものの、まだまだ夏油君には慣れなくて変に意識してしまう。
 そしてそんな私に夏油君は早く慣れるようにと暇さえあれば話しかけてくるようになった。

 今日も夏油君は報告書の書き方に分からないところはないかと言って部屋に来てくれた。
 男子は女子寮に入っちゃいけないんじゃ……と毎度思うものの部屋に招き入れ、夏油君に「こことここがよく分からなくて……」と言えば親切に教えてくれる。

 しかし、ただ距離が近かった。

「夏油君、近くない?」
「そうかな?」

 任務の報告書を書く私の隣にぴったりと座り、紙面を覗き込んでくる。
 おまけに足とか手とかするすると触ってくるのだ。友達同士みたいなスキンシップするくらいなら良いのだが、夏油君は恥ずかしがる私の反応を見て触ってくるから変な気持ちになってしまう。
 それが余計恥ずかしくて、顔も熱いし涙が勝手に出てきてしまう。

「恥ずかしい……」
「何が?」
「な、何が!?」

 言わせようとしてくる夏油君にしどろもどろ「距離が近くて恥ずかしいです」と言えば、彼は何故かやれやれといったようにため息を吐いた。
 あれ、これって私の方が非常識なのか……?

「よく考えてみてくれ。私達は付き合っているんだ。友達同士なら近いと思うが、恋人同士仲睦まじく隣にいるのは何ら問題ないはずだろう?」
「確かに……」
「それに恋人同士なのにそう言われてしまうと流石に悲しいかな。そういったいざこざが原因で私達が別れてしまった後、記憶を取り戻したら君は一体どうするつもりなんだい?」

 確かに彼の言う通り、たとえ記憶が無事に戻ったとしてもすでに夏油君と別れていたら悲しすぎる。

「い、嫌かも……」
「だろう?まあ、君の意思は尊重するけどね」

 そう言って離れようとする夏油君を慌てて引き留めれば、彼は「仕方ないなあ」と言って隣に座ってくれた。
 怒らせちゃってないかなと思い横目でちらりと見れば、何故か夏油君は機嫌が良さそうだった。
 






「ラブホテルの呪霊……?」
「うん」

 夏油君との合同任務にて。現地集合ということで目的の場所に向かえば、そこはけばけばしい外装のラブホテルだった。
 ラブホテルの前で涼しげな顔で待っている夏油君にこれはどういうことかと聞けば「まさか任務内容を聞いていなかったのかい?」と言われてしまう。

 聞いていたよ!宿泊施設に三級呪霊が現れるんでしょ!でもラブホテルだなんて知らなかったの!補助監督の人に詳しく聞こうとしたら「夏油君の方から現地で教えてくれるそうなので……」って言われたの!

「どうやら補助監督との間で齟齬が生じてるみたいだね。あとで私の方からきちんと言っておくよ」
「それに私達はまだ未成年で……!」
「きっと私達が付き合っていると聞いて任務に当てたんだろうね。まだ学生だっていうのにラブホテルに行かせるなんて呪術界はもう終わりだね」

 夏油君があははと笑う。
 笑ってる場合じゃなくない?

 そして彼から任務内容を聞けば、呪霊によってどうやら一定の条件をクリアしないと閉じ込められてしまう部屋が作られてしまったらしい。
 「一定の条件?」と聞いたが夏油君はにこっと笑うだけで私には教えてくれなかった。私に教えるほどのことじゃないってか?
 ちなみに死人や怪我人もおらず、皆無事にその部屋から脱出できているそうだ。

「直前まで知らされていなかったんだ。名字の気が進まないなら今回の任務は別の人にやってもらった方が良いな」

 夏油君のその言葉にぐぬぬ、と口籠ってしまう。呪術界は慢性的な人手不足。私のわがままでかわりの術師を派遣するのも申し訳ないし、その間に非術師の人が被害に遭ってしまうかもしれない。

「だ、大丈夫。任務だから仕方ないよ」
「そうか。それなら良かった」

 すると夏油君は私の肩を抱きながらラブホテルに進もうとする。「何でくっつくの!?」と慌てて聞けば、彼はまたしてもよく分かっていない子供にするように言い聞かせてきた。

「名字、ここに出現する呪霊は男女のカップルの前に現れる。私達は付き合っているし、それらしく装って少しでも呪霊に遭遇できるよう最善を尽くすのは当たり前だろう」
「そ、そうだよね。変なこと言ってごめんね……」
「分かってくれれば良いんだ」

 夏油君が満足気に頷く。
 本当に?本当に入っちゃうの?任務だとは言え未成年が入って良い場所ではないから意識してしまうし、夏油君がぴったりとくっついているため恥ずかしかった。



 ───フロントパネルから呪われている部屋を選択し、夏油君とともにホテル内を進んでいく。
 ところどころ残穢は確認できるが中々呪霊は現れない。
 そして目的の部屋に入っても呪霊の気配はなく夏油君と首を傾げていると、部屋の鍵ががちゃりとかかってしまった。

「閉じ込められちゃった!?」
「領域展開というほどでもないが呪霊による結界に違いないな」

 慌てて部屋の扉をがちゃがちゃと引いてみるが一向に開かない。そして焦る私とは反対に夏油君は特に危機感を感じた様子もなく部屋を見渡していた。

 このまま閉じ込められてしまうのは危険だし早めに対処しないと……。そのためラブホテルの呪霊本体を誘き出して退治しなければならない。
 夏油君が使役する呪霊の中にそういった呪霊はいないか聞いてみると「ないよ」と言われた。

「ないの……?」
「ああ、ないね」

 何故か焦った様子もなく、夏油君は私の反応を見てにこにこと微笑んでいる。そ、そうか。ないなら仕方ないな。
 ちなみに私の術式もそういった類のものでは無いため何の役にも立てなかった。

「どうしよう……」
「部屋に呪霊が出現するのを大人しく待って退治するか、今までのカップルと同様のことをして脱出するしかないな」
「そういえばホテルに入る前に言ってたね」

 呪霊によって作られた部屋は一定の条件をクリアすれば脱出できると話していた。
 そしてそれが何なのか聞いてみれば、夏油君はけろりとした顔で「性行為だよ」と言ってのける。

「せ、え?」
「報告によれば、性行為を行ったカップルは無事に部屋から脱出できたらしい。部屋の鍵が故障したと思って待っている間に致したみたいだね」
「何それ!?」

 何だそのセッ●スしないと出られない部屋みたいなのは!?

「本当に!?そんな馬鹿みたいな話ある!?」
「呪霊の討伐に馬鹿も何もないと思うよ。私は真剣に話してるんだ。冗談で言う訳ないだろう」
「あ、そ、そうだよね。ごめんなさい……」
「いやいや、分かってくれれば良いんだよ」

 そして夏油君から「どうする?」と聞かれて固まってしまう。ど、どうする?

「呪霊が出てくるのを待つか、部屋を脱出して再度呪霊の居場所を探すか。君はどうしたい?」
「待っていた方が良いと思うんだけど……」
「ちなみに私は明日、別の任務が入ってるんだ。一級呪霊の討伐だが、このまま脱出できないとなると代わりの術師を派遣しなければならない」
「そ、そんな………」

 何でそんなことを後出しで言うんだ……。
 夏油君に対して絶望的な気持ちになるが、彼に別の任務が入っているとなると他の人にも迷惑がかかってしまう。
 おまけに一級呪霊の討伐なんて今回の三級呪霊の討伐よりもきっと大掛かりな任務だろう。呪霊の討伐に大きいも小さいもないのだが、やっぱり三級呪霊にとまどって一級呪霊の任務に行けませんでしただなんて言ったら夏油君の評判にも傷がつきかねない。

「………分かった。脱出しよう」

 脱出するイコール性行為をする、というわけだからとてつもなく恥ずかしい。顔も熱いし汗がだらだらと出てしまう。
 そして夏油君はそんな私を見つめながら、にっこりと笑って「それしか方法はないみたいだね」と爽やかに言った。



◆◇◆



「ごめんなさい!やっぱり恥ずかしいです……!」
「大丈夫大丈夫」

 「大丈夫って何が大丈夫?」と聞いてみるものの夏油くんはにこにこと笑いながらベッドの上で私を組み敷く。そして夏油君の大きな手が私の両手を拘束した。
 きっちりまとめていた髪をおろし上から見下ろしてくる夏油君の顔が見れない。本当に恥ずかしかった。

「あの、私達って付き合ってたんだよね?その、こういうことってしてたの……?」
「もちろん」
「やっぱりそうなんだ……」

 脱出すると決めてから夏油君の行動は早かった。
 手際良く交代でシャワーを浴びてあっという間にベッドの上に連れて行かれた。
 その素早い一連の流れに戸惑ったものの、私達がそういった行為をしていたのなら慣れていて当然だろう。

「私、記憶がないからこういうことするの初めてな感じなんだけど……」
「付き合ってた頃は君の方が積極的だったんだけどねえ」
「本当に?でもすごく恥ずかしい。私、もう……」

 すると夏油君がぐっと近付いてきて、私の首に顔を埋める。
 「夏油君!?」と悲鳴をあげれば皮膚の薄い部分に息が当たってびくりとしてしまう。
 本当に?本当に私の方が積極的だった?私なんてもう恥ずかしくて死にそうなのに、記憶を失う前の私は積極的だったの?

「夏油君、私、すごく恥ずかしいし怖いよ……」
「…………怖い?」
「うん、ちょっと怖い。ごめんね。そんなこと言われても夏油君も困るよね」

 そうしどろもどろ言えば、夏油君の体はぴたりと止まった。呪霊の討伐任務だから仕方ないのに今更そんなこと言われて夏油君も困っているのだろう。
 私も割り切らなきゃいけないのに、それがうまく出来なくてついつい弱音を吐いてしまった。
 恥ずかしくて、少し怖い。でも任務を遂行するためには頑張らないといけないんだ。

 夏油君に弱音を吐いてしまった手前、言い訳にしかならないが腹を括って口を開く。

「私、うまくやれるか分かんないけど頑張るね。へ、下手だったらごめんね」

 性行為なんて記憶を失っているためやったことがないに等しい。不安でたまらないが、付き合わせてしまっている夏油君にも申し訳なかった。

 何て言うのかな、と思い夏油君の言葉を待っているが彼は沈黙したまま動かない。
 どうしたんだろう。そう思ってちらりと見れば、彼は何故か罪悪感に苛まれているような顔をして項垂れていた。ど、どうしたのかな。

「いや、記憶がないからってこれはさすがに駄目だな……」

 そして夏油君は私を起こし「実は……」と口を開いた。

 しかしその瞬間、私の後頭部にすこーんと何かがぶつかった。
 そして意識は段々遠くなっていき、傑君の慌てたような声を最後に私は気絶してしまった。







 どうやら私は記憶をなくしていたらしい。

 私の後頭部に突如現れた三級呪霊の攻撃がヒットしたことから記憶は元に戻ったそうだ。残念ながら記憶喪失だった時の出来事のみ思い出すことはできなかった。

 そして私が記憶を失っている間に何があったのかしつこく聞いても誰も教えてくれなかった。
 家入さんに聞いても「あんた知ったら絶対に恥ずかしくて死にたくなるわよ」と言われ、五条君からは「傑に聞いみたら?」と言われる始末。
 それから夏油君に聞いてみると、彼は何故かひどく複雑そうな顔をして謝ってきた。

「どうして夏油君が謝るの?」
「いや、申し訳ない。まさか君があんなに信じやすくて流されやすいとは………」

 何を言っているのかさっぱり分からなかったが、とりあえず人をほいほい信用してはいけないと謎の注意を受けてしまう。

 そして何故か、夏油君を見るたびにどきどきするようになってしまい、その胸の動悸に私は今後も振り回されることとなっていくのだった。






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