まさか手慰めに書いた本が賞を獲り、『史上最も残酷なミステリー作家』といういかれた宣伝でデビューするとは思いもしなかった。
私が前世で住んでいた米花町は、それはもう事件発生率が高かった。
強盗や殺人事件が起きるのは日常茶飯事。その度に頼もしい警察や探偵が現れて犯人を捕まえてくれるのだが、あまりの治安の悪さからここは呪われているんじゃないだろうかとさえ思った。
────現に私、殺人事件を目撃して証拠隠滅で殺されたし。
そして今世で転生したのは『ツイステッドワンダーランド』というファンタジーな世界。
なるほど、これが流行りの異世界転生か。
日常的に強盗や殺人事件が起きない非常に平和な世界で私はすくすくと育っていった。
優しくて朗らかな両親に、気の良いご近所さん。友達にも恵まれ、また魔法の素質もあったためかRSAという名門校に入学することもできた。
そんな穏やかな生活を送る最中、前世でミステリー作家──雑誌に掲載したり何年に一度本を出したりする程度であるが──をしていたことと、学園生活も落ち着いてきたことから何年かぶりに筆をとった。
しかしそれが良くなかった。
せっかく前世の記憶があり、世紀末都市米花町で暮らしていたのだから、実際に起きた事件をモデルにして魔法とミステリーを合わせた推理小説をしたためようと思ったのだ。
ちょっとだらしないけどやる時はやる元刑事の探偵に彼をサポートする天才博士。そして頼もしい小さな探偵、少年探偵団。
輝石の国のとある町で起こった連続殺人事件の謎を魔法と推理の力で解決していく。
そして思った以上にうまく書くことができ、興味半分誰かに見てほしいとコンペに投稿したのだ……───がそれが駄目だった。
『奇才。史上最も残酷なミステリー作家の誕生。この作品と才能を世に出していいものか、改めて問う』
『実際に見たかのような生々しすぎる殺人描写。救いのない、悲しすぎる犯人の叫び』
『一度読み始めたら最後まで止まらない。何か悪い夢を見ているようだ』
そんなつもりは、全くなかった。
題材としてはありふれた(米花町基準)連続殺人事件だったし、犯人の殺害理由も両親を自殺に追い込んだ奴らに復讐するというよくある話(米花町基準)だったのだ。
結末もちゃんと犯人を捕まえてハッピーエンドにしている。拘留中自殺し、黄泉の国で両親を再会するというフランダース的な感動の結末もきちんと用意した。
しかし駄目だった。
『いやあ、これを最優秀賞にするってのは相当な覚悟の上なんですよ?会議でも散々倫理的にどうなのか、出版して大丈夫なのか、物議が醸されたし』
「物議………?」
『だけどこの作品、満場一致で面白かったんです。今までの文学界を変えるような斬新すぎる物語に読者の脳天を貫く展開。主人公の探偵が伏線を回収していくのは爽快感すらある』
後に長い付き合いとなる担当編集者からマジカルフォン越しに笑われる。
確かにこのツイステッドワンダーランドで出回っている娯楽小説は鼠の国産のような胸ときめく浪漫作品が多い。たまに風刺や小粋なジョークがあれど、あまりの毒気のなさに違和感を覚えていた。
そしてミステリー文学はというと洒落っ気ある探偵や神出鬼没の華々しい怪盗が出てくる冒険活劇に爽やかな学園青春ミステリーが大半で、人の悪意に満ちた犯罪もサイコパスも出てこない。
もしかしてこの世界は検閲が厳しいのかな?と思ったが、担当編集者の言葉を聞く限りそうでもない様子で、ただ単にそういった傾向の作品を書く作家がいないとのこと。
それを知ったのは全て終わった後だった。
そのせいか両親からいたく心配され、あの品行方正なはずのRSAからやばい奴が出てきたと職員会議が開かれる始末。
大人しく、特に問題を起こしたことのなかった私はそれはもう心配された。
『何か悩んでいることでもあるんじゃない?ほら、名字さんっていつも真面目だから知らない内に抱え込んだりしてるんじゃないかなって』
『名前ちゃんの小説、本当に面白かったよ!少し怖かったけど読む手が止まらなくって……。でもどういう気持ちで書いたのか気になって……、あ!いや!全然変な意味じゃなくてね!』
クラス担任の女教師や光属性の同級生達から賞賛をもらうとともに遠回しなカウンセリングを受けさせられる。
おまけに当時私と全国模試を競っていたNRCの男の子──現NRC教師のクルーウェル君──からも、延々と諭された。
『NRCの奴らならともかく、お前はあのRSAの生徒なんだぞ!?一体何がどうしてこれを書くに至ったんだ!?……………もしかしていじめを受けているのか?』
それが、ただ、ただ、ひたすら恥ずかしかった。
前世でごく普通に行われていた事件と何の変哲もないミステリーを書いただけで、友人達から心配され、周りの大人達からカウンセラーを紹介される。そして出版社からは意味なく持ち上げられるのだ。
「あの、本当に違うんです。ほら、こういった事件って現実にはよくあるじゃないですか。強盗とか殺人とか。皆、小説の題材にしないだけで。…………え?ない?あったとしても絶対に書かない?普通は小説にまで悲惨な出来事を持ち込まない?」
そう言って否定すれば、ますますサイコパスを見るような目で見られてしまう。両親も先生も、担当編集までも引き攣った顔をしながら私の言葉を否定した。
こうして私は作家デビューを果たしたのである。
一作目であまりにも色々と言われたものだから、自分の書きたいものと世間で求めているもののバランスを取りながら二作目、三作目……と執筆した。
しかし自分の考えとは裏腹に、本を出すたびに「これはひどい」と言われてしまう。
前世よりも売れているのだが何故だかうまくいかない作家人生に納得できない。
────そしてデビューして数年。
私の小説を原作にした映画がめでたく?作られることに決まった。
◇
名前・名字著『時計仕掛けの摩天楼』
主人公ゼロは私立探偵コゴロウの助手を務める美青年。
しかし彼にはもう一つの顔があり、ツイステッドワンダーランドを裏から守るスパイであった。
探偵コゴロウを隠れ蓑に今日も彼は難事件を解いていく。
そんなある日、ゼロの正体を知る何者かから爆破予告が届いて……───。
今回映画化されることになった話も、米花町で起きた事件と前世で関わったことのある人達をモデルにしている。
主人公のゼロは思いっきり喫茶ポアロの看板店員安室さんであるが、脚色として実は国家スパイというとんでも設定を付けさせていただいた。
ちなみに名前がゼロなのは、公安スパイが『ゼロ』と呼ばれていることから付けたのだが、きっとこれを安室さんに言えば「もー、スパイ映画の見過ぎですよ!」と爽やかに返されるだろう。
「いややっぱりゼロのキャラ濃すぎない?映画化に伴ってキャラ設定変えるべきかな?」
『えー!それが良いんじゃないですか!探偵助手の美青年が実は裏から世界を守るスパイってのが良いんですよ』
「そ、そう?ハニトラも辞さないしめっちゃ腹黒い性格してるけど大丈夫?」
『そういうアングラヒーローが皆の前では爽やかな青年に可愛子ぶりっ子していて、尚且つコゴロウ探偵のことを実はきちんと尊敬しているのが良いんです。それより自分は爆破とかそっちの方を心配しているんですが………』
「ええ!?連続殺人じゃなくて爆破してるだけなのに!?」
『しかも犯人の爆破動機が昔作った建物がシメントリーじゃないからって理不尽にも程がありますよ』
ええ、そうかな……。
マジカルフォン越しに話す担当編集のワトソン君の言葉に戸惑ってしまう。米花町では割とラフに事件が起こるため、ツイステッドワンダーランドの常識と擦り合わせるのが難しかった。
『それよりも先生、原作監修という形で参加されるんですから忙しくなりますよ。監督と脚本家とも打ち合わせしなきゃいけないし………』
「そうよね……。それと平行して雑誌の連載も書かなきゃいけないし、児童向けの『名探偵コイル』シリーズも書かなきゃいけないし……。あ、あれ、映画監修してる時間あるのかな……」
『た、楽しいことも考えましょう!ほら、主人公のゼロ、誰にやってほしいとかありますか?最近売れてるネージュ君とかだと集客率が良さそうですが、彼のイメージじゃないですしねえ』
自分の過密スケジュールと慌てたように話を逸らすワトソン君に苦笑しながら、主人公ゼロのイメージ像を膨らます。
あまりにも現実離れしたキャラクターになってしまったため、きっとキャストも浮世離れをした雰囲気を持つ子にした方が良いだろう。
けれど、犯人を追い詰めるという泥臭い執念とそれを垣間見せない器用さを持つ子が良い。
いやでもそんな子いるのかな。RSA時代から思っていたけど、この世界の男達は王子様すぎるというか……。そういった振る舞いをする者ばかりで女の前では血と汗を晒すような輩がいない。
何というか、もっとこう、冷えた心臓にじりじりと野心を燻らせていそうな、狡猾な男の方が合っているかもしれない。
するとその時、ふと流したままのテレビに目を向けた。
現在VDCを中継しており、ステージが終わったのか一際大きい歓声が上がっている。
アメジストと瞳に毛先が紫に色付いているシャンパンゴールドの髪。美しい顔をした青年──名前はヴィル・シェーンハイトというらしい──がそこにいた。
浮世離れしたその美貌を持っているが、どこか汗臭く、全力でステージを披露する彼。
プライド高そうに見えるものの、結果を残さんと目をぎらぎらと輝いているその青年に「ああ、こういう感じの子が良いのかもしれない」と思った。
◇
ヴィル・シェーンハイトに主役の打診が来たのは突然のことであった。
────VDC終了後。
宿敵ネージュ率いるRSAに僅差で敗北したヴィルは腑が煮えくり返る気持ちで、ポムフィオーレ寮の自室に帰宅した。
舞台の上から蹴り上げてでも勝ちたかった男に負け、おまけに最後はネージュとともに合唱する羽目になったのだ。
最中、誰か自分を気絶させてくれ!と叫びたくて仕方がなかった。
プロとして舞台に最後まで立ち切ったこと、観客を沸かし満足させられたことは良い。
しかしあのネージュと……。それはあまりにも屈辱的で腹立たしかった。
鏡台にうつった自分を見る。
毛先が紫に色付いているブロンドにアメジストの瞳。そして底冷えするような美貌の青年がそこに立っていた。
それを見た瞬間、ヴィルは自身の胸に渦巻いていた怒りがすっと消え、薄暗い劣等感がじわじわと湧き上がる。
いくら美しく、成りたい自分に成ったとしても、事務所の方針や世間のイメージでヴィランに充てがわれるのだ。
このツイステッドワンダーランドでは、夏休みに上映されるような大衆向けのエンタメムービーが好まれる。爽やかな青春ものや喜劇的な要素がふんだんに盛り込まれた冒険活劇、勧善懲悪の胸が掬うピカレスク浪漫まで。
皆が皆、主役には陽の光のような若者が選ばれやすい。
そう、あのネージュのような。
決して自分は主役になれないと思うと、胸が張り裂けそうだった。ずっと二番手であり『主人公』にはなれない現状と先のVDCでの出来事を思うと、ヴィルは珍しく鬱々とした気持ちになる。
本来の彼ならば「次よ次!アタシは美しいんだから!」と言って邁進するのだが、こうも報われないとなると流石に滅入ってしまう。
────そんな時であった。マネージャーから連絡が入ったのは。
「アタシを主役に……?」
『はい!何でもVDCでのヴィルさんのパフォーマンスを原作者の先生が見たらしく、主人公にぴったりだと』
そして若い男性のマネージャーは興奮した様子で話し出す。
映画の原作者は、女流作家名前・名字。
十年前に彗星の如く小説家デビューを果たした人物であり、『ツイステッドワンダーランド史上最も残酷なミステリー作家』と評される。
今までのミステリー文学と言えば、胸がときめくような探偵や怪盗が現れる大衆浪漫ものが主流であったが彼女の作品は違った。
頻繁に出される殺人描写に決して勧善懲悪とは言い切れないほの暗い闇と悲しみを抱える犯人達。
そしてそんな復讐や身の引き裂かれるほどの憎悪によって行われる殺人事件の数々をたった一人の探偵がひも解いていくのだ。
当時の娯楽作品では決して描写されない、あまりにも生々しいそれらに世間は衝撃を受けた。
しかし魔法と謎が絡み合った質の良いミステリに魅力的すぎるキャラクター、そして引き込まれていく怒涛の展開にちりばめられていた伏線が終盤にかけて回収される心地良さから、何か麻薬でも吸っているかのような強い中毒性でファンを引きつけてやまない。
「今回は映画の上映に合わせて発売される名前先生の新作が原作となります。今、メールで作品のあらすじと主人公の概要を送りました」
マジカルフォンをスピーカー状態にし、マネージャーから送られたデータを見る。
「『時計仕掛けの摩天楼』……?」
データを読み進めていく内につれ、ヴィルの胸は段々と高揚していった。
これが、自分に……?
殺人とか爆破とか物騒な言葉が飛び交っているが、言いようもないほどの期待と重圧が湧き上がる。
「────やる。やるに決まっているわ」
もしかしたら、これから凄いことが起きるんじゃないだろうか。
ヴィルは鏡台をふと見つめる。
そこにはもう、鬱々とした美しい怪物は居らず、奇跡の一端を目にしたような、瞳に一縷の光を灯した青年がいた。
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