どうしよう。
お礼のアップルパイを作ろうと思って材料を買ってきたはいいものの、材料以外にも色々と買い込んできたせいで荷物が増えてしまい、私の両手は現在進行形で塞がっていた。荷物は奇跡的なバランスで買い物袋に詰め込まれていて、ちょっと地面に置こうと試みるだけで、買ったものが雪崩のように落ちるのは目に見えている。しかもここの宿舎、入り口のドアが手動、且つ外側に向かって両開き。……もうお手上げだ。いや、手を上げられる状態じゃないんだけど……。
どうすることもできずに立ち往生していると、タイミングよくこっちへ向かって歩いてくる足音と話し声が聞こえた。首だけで後ろを振り返ると、あっくんとキミさんが何やら話しながらこっちへ来るところだった。ドア開けてもらおう。そう思ってあっくんを呼んだら、思いっきり面倒くさそうな顔をされた。そんなあっくんとは対照的に、キミさんは颯爽と歩いてきてサッとドアを開けてくれる。しかも爽やかスマイルのおまけ付き。
「さっすがキミさん、遠野くんと違ってやさしい! ありがとう!」
わざとらしいお礼を言ったら、すぐ後ろまで歩いてきていたあっくんが「誰と違ってやさしいって?」と言いながら、私の背中に軽く膝蹴りを入れてきた。そのせいでバランスを崩しかけたけど、咄嗟に右足を前に出して踏ん張る。すかさず振り向いて睨みつけると、あっくんはニヤリと笑う。いや、こんなこと日常茶飯事だけど、誰かがいる前でやる? 普通。
「遠野くん、いくら幼馴染みと言えど、レディに対してそれはないでしょう」
あっくんの私に対する理不尽な暴力に、キミさんは眉をひそめて抗議してくれる。キミさんごめん、モミアゲの件は撤回する!
「ああ? どこにレディがいるよ?」
「お前の目の前だよ」
「お前がレディだっつーんなら、松平兄の方がよっぽどレディだろ」
「あー! 親ちゃん引き合いに出すの反則! そんなん世の中の女子ほぼ負けるわ!」
「まあまあ、2人とも落ち着いて。マキさんは素敵なレディですよ」
そう言って穏やかな笑顔を私に向けるキミさん。ごめん、今のは鳥肌立ったわ。
「素敵なレディ!」あっくんは私を指差して笑い崩れた。左膝を蹴ってやりたい衝動に駆られたけど、絶対バランス崩して荷物が落ちるから我慢する。
「君島、お前そういうのほんとやめろよ! 笑い死にしちまうだろーが」
「何故やめる必要が? 素敵なのは事実なんだから良いでしょう」
こんなだもん、そりゃファンがつくよね。と思ってぼーっとキミさんを見ていると、それに気づいたあっくんは急に慌てたような顔になって、何故か私の頭に手を置いてきた。それから、犬とか猫にそうするみたいに、ぽんぽんと軽く叩く。
「ま、まあ、幼馴染みとしては全然合格点だけどな!」
あれ、急に手のひら返した。まあ、たぶん、これ以上何か私の気に触ることを言おうものなら、アップルパイは無しになると思ったに違いない。謝りに着いてきてもらったお礼に作るんだから、気にしなくていいのに。っていうか、いつもはそんなの全然気にしないのに。へんなの。
「別に、媚売らなくたってアップルパイ作ってあげるけど」
そう言って隣に立つあっくんを見ると、ぽかんとしたような顔でこっちを見ていた。その顔があんまりにも間が抜けていたから、思わず笑ってしまう。
「だって、遠野くんに着いてきてもらわなかったら、私謝りに行けてなかったと思うよ。ありがとう」
言い終わってふと腕時計を見ると、もう午後2時を回っていた。黒部さんに許可をもらって食堂の厨房を借りられることになっているのだけど、早く作らないと夕食の準備と重なってしまう。
「私、急がないとだから行くね」
私はそう断って、足早に2人から離れる。後ろで2人が何か喋っているような声が聞こえたけれど、遠ざかる私には何を言っているかまで聞き取ることはできなかった。
「君島、お前の言うことあながち間違ってねーかも」
「それをご本人に言ってあげては?」
「んなこと死んでも言えるかよ」