彼というひと

”ヨーロッパ大陸に於ける処刑の歴史”。手にした本のタイトルをまじまじと見つめる。深い赤の表紙に金の箔押し。随分と格調高そうな雰囲気だけど、タイトルのせいで台無しだ。
もちろん、私が借りたんじゃない。図書室に来る前、ばったり鉢合わせたあっくんに、返しといて、と無理矢理押し付けられたのだ。

「ほんと趣味わる……」

あの時口から出かかった言葉を呟く。子供のときからこんな本ばっか読んでるんだもん、あのプレイスタイルにも納得だよね。
正直言って、あまり持っていたいと思えるような本じゃないし、さっさと返してコートに行こう。そう思いながら、本棚に並んだ本のタイトルを辿る。ここだ、と思った場所はまさかのいちばん上の棚で、背の低い私には到底手が届きそうにない。
台か何かがないかと見回したけど、それらしきものは見当たらなかった。低身長にやさしくない施設だ。私は心の中で文句を垂れる。
仕方ないから、椅子でも持ってきて台にするしかないな。そう思って歩き出そうとすると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえて、振り返ったらツキさんが立っていた。身長差のせいで見上げるような姿勢になってしまう。
あっくんも普通でいったら身長が高い部類だけど、隣には並びたくない、と言っていた。まあそうなるよね、とか思いながら見上げていると、ツキさんは私に向かって手を差し出してきた。その意味を汲み取れなくて首を傾げる。

「その本、戻すんだろう?」
「あ、うん。ありがとう」

私が本を手渡すと、タイトルを見たツキさんはふっと笑った。

「遠野か」
「来る途中にばったり出会しちゃって」

そう言って苦笑する。ツキさんは、なるほど、と呟きながら本を戻してくれた。

「幼馴染みか。……少し羨ましいな」

私の方に向き直ったツキさんの、長い前髪の間から覗く目が細められる。

「え、そう? でも、たぶんツキさんが思ってるほどよくはないと思うよ。まあ、私の場合は相手が相手だからかもしれないけど……」

確かに、よくよく考えたら私の場合は相手が悪すぎるような気がする。人前で平気で蹴り入れてきたりするし。しかも、処刑が好きってなんなの? どういうことなの?

「すまないマキ、それは否定できない」

ツキさんがあまりにもストレートにそう言うものだから、私は思わず吹き出してしまった。本人がいたら、まず間違いなく本気の蹴りをお見舞いされていただろう。いなくてよかった。

「だが、お前のことを大切に思っているのは本当だと思う」
「蹴り入れてきたりするのに?」

私が真顔でそう言ったら、ツキさんは少し困ったように笑って「それも一種の愛情表現なんじゃないか?」と言った。……嫌だな、そんな愛情表現。
ツキさんがコートに行くと言うので、私も一緒に図書室を出る。並んで歩いていると、ツキさんが不意に口を開いた。

「お前が海外で体調を崩したことがあっただろう」
「ああ、うん。あったね」

私はそのときのことを思い出す。熱が39度台から下がらなくて、大事をとって入院することになったんだっけ。でも結局、ただの風邪で事なきを得たんだけど。あのときはみんなにめちゃくちゃ心配かけちゃったな……。

「種ヶ島から聞いた話だが、遠野はお前の病室の前から離れなかったらしい」
「えー、それ絶対うそ。だって私、治って真っ先に”海外来てまで風邪引いてんな”って頭叩かれたよ」

それが嘘じゃないのはわかっていた。
普段はあんなだけど、修さんは他人のことで嘘はつかない。意外な事実を聞いてしまった照れ隠しに、そんなことを言ってみたりする。でも、ツキさんはそんなのお見通しだったみたいで、素直じゃないな、みたいな顔で微笑まれた。
2人並んでコートに着くと、こっちを見たあっくんが何か言いながらラケットを振り回して歩いてくる。私とツキさんは顔を見合わせて苦笑した。


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