かえでちゃん失踪事件2

地面に這いつくばってまで必死にペットを捜す飼い主に、全く何の躊躇いもなく声をかけられる人間が、果たしてどれだけいるだろう。ちなみに、私の隣の幼馴染みは見事にそれをやってのけた。いや、ちょっとは躊躇しなよ……。
あっくんの呼びかけで捜索を中断した鬼さんは、身体こそ私たちの方を向いているものの、その顔はまだ生垣の下の方に向けられていた。

「なにか見つかった?」

私の問いかけに、こっちを向いた鬼さんは力なく首を振った。普段からは想像もできないほど落ち込んだ姿を見て胸が痛くなる。

「あのね、さっき話してたんだけど、遠野くんの提案でエサを置いておけばいいんじゃないかって話になって。今、修さんとサブちゃんがみんなに伝えに行ってくれてるよ」

私がそう伝えると、エサを置く案に少なからず希望が見出せたみたいで、鬼さんの目にわずかに光が戻ったような気がする。

「なるほど、その手があったか……!」
「いや、逆になんで誰も思いつかねーんだよ。もっと頭使え」

そう毒づくと、あっくんは呆れたように首を振った。鬼さんはあっくんの言葉を全く気にした様子もなく、エサを取りに行ってくる、と言うが早いか50m走さながらの勢いで走って行ってしまった。

「鬼ならもうとっくに試してると思ったけどな……」
「捜すのに必死で考える余裕なかったんだと思うよ」

あとに残された私たちは、鬼さんが帰ってくるのを待つついでに、もう捜し尽くされているであろう周辺を捜すともなく捜している。
その数分後には、袋を抱えた鬼さんが行った時の勢いそのままに走って帰ってきた。鬼さんはすぐに、食堂から借りてきたらしい数枚の小さなお皿に、手際良くひまわりのタネとペレット状のエサを乗せ始めた。全部のお皿の準備を終えた鬼さんは「よし…!」と呟いて立ち上がる。

「お前ら悪いな。俺の不手際なのに手伝わせちまってよ」

鬼さんは申し訳なさそうに眉を下げた。あっくんが「本当にな」とか、余計な事を言い出す前に何か言うべきだと思った私は、すかさずフォローを入れる。

「気にしないで。早くかえでちゃん見つけてあげたいし」
「そうだな。早く見つけねーとそこらへんの野良ね、」
「困った時はお互い様だしね!」

ろくな言葉が続かないと判断した私は、あっくんの言葉を遮るように大声を張り上げる。そして、”余計な事を言ってくれるな”という視線を送ると、あっくんは不満そうな顔で「だってそうだろ。ネズミなんだからよ」と口を尖らせて抗議してきた。私は首を横に振って視線を戻す。
鬼さんは私の突然の大声に面食らったみたいで、少し戸惑いながらもお礼の言葉を述べてくれた。

「あ、ありがとうよ。……早速で悪いんだが、頼めるか?」

地面に置かれた小さなお皿を持ち上げると、申し訳なさそうにそれを差し出す。「任せて」と笑顔で受け取ると、鬼さんはやっと微かに笑顔を見せてくれた。

「修さんとサブちゃんもそのうち来てくれると思うんだけど……」
「ああ、わかった。マキ、そのエサは宿舎の方に頼む。残りは俺たちが置くから、今日はもう大丈夫だ。ありがとうよ」

吹けば飛んでしまいそうな笑顔で私たちにお礼を言うと、鬼さんはお皿を持って歩いて行ってしまった。その足取りはやっぱり不確かで、私たちはお互い心配そうに眉をひそめた顔を見合わせたあと、歩いていく鬼さんの背中を見つめるのだった。



その後、宿舎まで戻ってきた私たちは、鬼さんに言われた通りに、近くの生垣の下にエサの乗ったお皿を置いた。立ち上がって位置を確認して頷くと、私の作業を突っ立って見ていたあっくんがぼそりと呟いた。

「しくったな」

どういう意味かと首を傾げると、あっくんは「いや」と言って、私がさっき置いたお皿を指さした。

「罠にすべきだった」
「え?」
「だから、罠だよ。罠。 仮にまだネズミが生きてて、エサを食いに来ても捕まえらんなきゃ意味ねーだろが」
「…………確かに……」

ここにきて超正論を口にする幼馴染み。もうちょっと早い段階で気づいてよ。と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、私は希望的観測を言う。

「で、でも、エサが減ってればとりあえずかえでちゃんは無事ってわかるし!」
「……それもどーだか。エサを食ったのが本当にそのネズミかどうか怪しいだろ」

私は反論できずに黙り込む。というか、なんで今更そんな正論ばっか並べ立ててくるの? タイミング遅すぎでしょ。
黙ったままの私を見て、さすがに悲観的な事を言いすぎたと思ったらしいあっくんは、慌ててフォローの言葉を吐き出した。

「ま、まあ、運良くエサ食ってるとこに出くわすって可能性もあるしな!」

あっくんはそう言いながら大きく頷いた。

「まあ、確かにそうだけど……」
「だろ? 頼まれた事はやったんだから、あとは運次第だな」

あっくんはそう言って宿舎へ歩いて行く。
私は、そうすぐにその場を離れる気にはなれず、立ち止まったままでいる。

「なにやってんだマキ、早く来いよ」

ついてくる足音がない事に気づいたあっくんは、こっちを振り返って、少し苛立ちの混ざった声で私を呼ぶ。
あっくんの言ったことがまだ思考から消えてくれなくて、私は後ろ髪を引かれる思いでその場を離れた。
運良くエサを食べてるかえでちゃんが見つかりますように、と祈りながら。


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