あのときより大人になった証が耳元で音を立てる。失恋したらひとつづつ増やしていくと決めた耳の穴は、しかし、今のところ左にひとつと、ついこのあいだ右にひとつ増えただけ。どうしてそんな馬鹿げたルールを決め込んだのかもう覚えていないし、そんなもの思い出したくもなかった。思い出したところで、耳の穴が塞がるわけでもないし。
「あれ?なまえ、ホール増やした?」
右。シャチはそう言って自分の右耳を指差した。同僚の耳に開いた穴が増えようが塞がろうが、船の上では、そんなものは気づいたら積もっている埃と同じくらいどうでもいいことだ。ただ、目の前の男はそうは思っていないらしく、すこし前髪を切っただとか、いつもとは違う化粧をしたとか、本人しか気にしないようなことにまで気づいては、いちいちそれを言葉にしてくる。
「うん、上手くいかなかったから」
「え? なにが?」
「レンアイ」
「ああ……、ナンパしてきた奴?」
「そう」
「それでホール増やした?」
「そう」
わたしがあっさりと頷くと、シャチも、ふーん、と言って頷いた。視線を海へと逸らすと、ふーん、ともういちど頷く。
「ていうか、シャチって毎回よく気付くよね。色々」
そう言って笑うと、手すりに頬杖をつきながら海を見ていたシャチが、わたしを見て笑う。
「そりゃ気付くだろ」
好きな女のことだしな。また海へと視線を戻したシャチの口からこぼれた言葉は、潮風に乗って私の耳へと届いた。