その名を口にする事


「何で部屋に入るなりこれなの?」
「知りませんよ。貴女の名前が出ているんですから貴女がどうにかしてください」
「ちょっと警察官」
「言ってるうちに死人が出ますよ」
「それこそうさちゃんの出番でしょ」
「いいから早く止めてください」
「も〜 職務怠慢」


隣に立っていたうさちゃんこと銃兎さんの投げやりな視線を受け、仕方なく部屋の奥で今にも部下を一人殺ってしまいそうな左馬刻のもとへ足を進めた。
理由が何かは大方想像がつくが、それにしても虫の居所が悪すぎる。鋭い目付きで、ジッと睨みつけられたままマイクを向けられている彼はおそらく何も間違ったことはしていないはずだ。ただ運悪く、機嫌の悪い彼の逆鱗に触れてしまったのだろう。可哀想に。


「左馬刻」
「あ?んだよテメェ」
「それ仕舞って。時間の無駄」
「……」
「わたしお腹空いてるの」
「……」
「聞こえなかった?お腹、空いてるの」


今にも泣いてしまいそうな左馬刻の部下から、すがるような視線を向けられているのには気付いていた。
しかしウッカリそちらを向いてしまえば、ただでさえ爆発寸前の彼の怒りはすぐに頂点へ達するだろう。そんなことになればいよいよ収拾がつかなくなってしまうと、少し語尾を強めて言えば、仕方なさそうチッと一つ舌打ちをした彼が掴んでいた部下の胸ぐらを乱暴に離した。


「あぁウゼェっ!」
「……」
「す、すいません…#name1#さん」


解放されて、床に崩れ落ちながらそう言った彼は、怒りのままに出て行った左馬刻の姿を確認してから目の前に立つわたしのことを見上げた。
見たところ新入りだろうか。顔を見たことはないし、さっきの今で気が動転しているにしても、これでは学習能力が無さすぎるのではないだろうか。


「一つ、勘違いしているようだから言っておくけど」
「?」
「わたしは貴方を助けたわけじゃないし、彼の言っていたことはもう忘れたの?」
「え…」
「わたしは、貴方に名前で呼ばれることを許した覚えはないわ」
「!」


何もそれが全てではないだろうが、この部屋に入ってきた時点で彼が激怒していた原因の一つではあるだろう。「テメェ誰の許可取ってアイツの名前呼んでんだ」聞こえてきた言葉にまさかとは思ったが、たかがそれだけの理由でここまでされたのだ。この可哀想な彼も、あの理不尽な男の下につくならもう少し自分の発言には気を付けた方が良いだろうと、忠告の意味も込めてそう告げれば、目の前にいた彼は途端にサッと表情を青くして黙り込んだ。


「じゃ、さようなら」
「…っは、はい…」
「行こううさちゃん」
「お言葉ですが、私は貴方にその呼び方を許した覚えはありませんよ?」
「ん?聞こえな〜い」
「このクソアマ」
「酷い言い方」


警察官のくせに、どこぞのヤクザとほとんど変わらないガラの悪さはさすが悪徳警官といったところか。
部屋を出るなり内ポケットから取り出したそれに火を点ける姿は、わたしのよく知る銀髪の彼とあまりにも遜色がなくて笑えた。


「オイ#name1#」
「なに」
「テメェちょっとこっち来いや」
「……」


奥のソファで足を組み、偉そうに座っていた左馬刻から手招きをされる。
さっきの今で機嫌が直っているとは露ほどにも思っていないが、それにしても手当たり次第に当たり散らす習性を持っている彼のことだ。どうしようかと一瞬近付くのを躊躇えば、目敏くそれに気付いた彼からは本日一番の舌打ちをもらった。
それと同時に、ガタンと大きな音が鳴ったのは彼が怒りのままにその長い足で目の前にあったテーブルを蹴り上げたからだ。


「ッチ、クソうぜぇ」
「何もそんなに怒らなくたっていいじゃない。ん、機嫌直して」


ちゅ、と言いがらほっぺに一つキスを落とせば、そのまま隣にやって来たわたしの腰をグッと掴んだ彼が持っていた煙草を灰皿に押し付けてふーっと最後の煙を吐いた。

先日知らされた中央区でのテリトリーバトルを翌日に控えた今日は、その前日準備として朝から現地に向かうことになっているのだが、今からこれではさすがに先が思いやられるというものだ。
テリトリーバトルの相手は左馬刻の元チームメイトである三人。シンジュク、シブヤ、イケブクロと、今ではそれぞれ各区画のリーダーを務めている彼らとの衝突を、左馬刻自身がどう思っているのかは知らないが、とにかく沸点の低い彼のことだ。他の二人ならともかく、もし仮に一郎くんなどと顔を合わせてしまえば、それだけで一触即発の事態になることは免れないだろう。
考えられる可能性の中で一番恐ろしいそんな事態を想定し、今からはあ、とため息を吐くわたしに、運命はどこまでも意地悪だったと知るのは、このほんの数時間後の話である。

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