眩しい金と疲れた赤


※ネタバレ 捏造あり注意


「銃兎さんが運転なら理鶯さんは助手席ね。左馬刻の隣はわたしのものだから」
「あぁ、承知した」
「言われなくてもそんな危なっかしい場所貴女以外に誰が希望するんですか」
「いくらでもいます。見てくださいこの左馬刻の綺麗な顔。人間誰しも美しい物は好きでしょう?」
「それは否定しませんが、いくら美しくても棘がありすぎる物はどうでしょうね」
「わたしはそれでも好きです」
「聞いていません」
「つーか心配しなくても俺はお前以外の女隣に置く気はねーよ」
「好き。大好き」
「知ってる」


我が物顔で銃兎さんの運転する車の後部座席を陣取った彼が、そう言って後から乗り込んだわたしの頭をわしわしと撫でたことに、凄まじいほどの興奮を覚えた。もちろん、興奮と言っても変な意味ではない。ただ嬉しさと物珍しさと、目の前にある彼の顔があまりにも優しかったことに幸せを感じたのだ。


「左馬刻と#name1#は本当に仲が良いな」
「理鶯、言ってもつけ上がるだけなので甘やかさないでください」
「出た、銃兎さんの僻み」
「僻みではありません。事実です」


乗り込んだ後部座席の奥にいた左馬刻が、隣にわたしが座るのを見るなり無言でその大きな体を横に倒した。どうやらかなりお疲れかのようだ。普段なら滅多に人前でこんなことはしないのに、銃兎さんと話すわたしの眼下でもぞもぞと頭の位置を調整している姿はまるで母に甘える子どものようで、無性に母性本能くすぐられた。


「眠いの?」
「あぁ」
「着いたら起こしてあげるから、それまで寝てていいよ」
「さんきゅ」


自らのももを枕にそう言ってゆるりと目を閉じた左馬刻の髪を一回、二回と撫でれば、それがよほど気持ち良かったのか。車の発進を待たずにほんの数秒でピタリと動かなくなった彼の手を優しく包んで握りしめた。


* * *



「これはこれは、美しいお嬢さん」
「……?」
「こんな所で貴女の様な素敵な女性にお会い出来るなんて、僕はなんと幸運な男なんだ」
「……」
「良ければこの僕に、お名前を教えていただけませんか」
「……」


ヨコハマを出発して数分。辿り着いた中央区の管理下にある壁外で、何故か目の合ったスーツの男に跪いて手を取られた。
パチリと視線が交わってからここまであまりにも全ての動きがスムーズだったのでつい反応に困ってしまったのだが、要するにこれは口説かれていると見て良いのだろうか。


「ふふ、手慣れてますね」
「そんなことはないよ。子猫ちゃんがあまりにも美しいから、つい声を掛けてしまったんだ」
「へぇ、それはどうもありがとう」
「こちらこそ、そんな素敵な笑顔を向けていただけるなんて…光栄です」


すくい取った手を自分の胸元に引き寄せ、ゆっくりとそこへ口付けようとした彼の動きはこれ以上ないほどに優雅だった。
きっと、中途半端な容姿で所作もそこそこな誰かがやれば、一気に見劣りしてしまうんだろう。思わずそう感心せずにはいられないほど美しい顔をほころばせて笑う彼の表情は整っていたが、だからと言って気安く触れることを許す理由にはならないと触れられていた手を軽く引けば、そんなわたしの意図にすぐ気が付いたのだろう。目の前にいた彼は、その綺麗な顔を途端に歪ませ呟いた。


「………これ以上はダメ?」
「はい。それを許すのは一人だけです」
「そうかい。なら仕方ないな」


名残惜しそうに、優しくそう言って触れていた手を離した彼は、まるで慈しむような目でこちらを見上げ微笑んだ。
やはり、綺麗な人だと思う。男の人にこんなことを言うのは少し違うかもしれないが、その美しい容姿から成るどこか儚げな印象はわたしのよく知る彼のそれと似ていて。不思議と、初めて会うのに触れられて嫌だという不快感は一切なかった。


「それじゃあ子猫ちゃん」
「、こねこ……?」
「良ければお名前だけでも」


教えていただけませんか、と戸惑うわたしに彼がもう一度触れようとした瞬間。


「一二三イィ!!」
「?」


にこやかに笑う彼の後ろから、物凄い形相で走ってくるスーツ姿の男の人が見えた。名前を呼んでいるということはどうやら今わたしの目の前にいる彼と知り合いのようだが、それにしては随分タイプの違う二人だと思う。


「こら一二三!お前はまた勝手に一人でフラついて!何してたんだこんな所で、」
「あ、こんにちは」
「……え、あ、どうも」


言葉の途中で、やっとわたしという存在に気付いたらしい彼が振り向いた。
目が合って数秒、パチパチとこちらを凝視するようにジッと視線を向けられたかと思えば、次の瞬間にはまるで何かを思い出したようにカッと見開いたその目が、再び隣にいた彼の姿をとらえる。


「一二三!オイ一二三この野郎!」
「な、なんだい独歩くん、急にそんなに取り乱して…」
「彼女に!あの人に手出したのか!」
「まさか。手を出すなんて酷い言われようだ。僕はただ美しい彼女と少しお話しを…」
「話したのかバカ!」
「あぁ、話したが」
「お、お前って奴は……本当に、」
「ど、独歩くん?」


彼はどうやら独歩というらしい。
突然物凄い剣幕で目の前にいた彼へ掴みかかったかと思えば、何故かわたしのことを指差し意味の分からない質問を投げ掛けていた。
その話しぶりでは、どうやら彼がわたしと話してしまったことに対して相当なダメージを受けているようだが、だとするとそもそも彼は何故わたしのことを知っているのだろう。
わたしの記憶が正しければ、確か知り合いに独歩という名の人物はいなかったはずだが。


「#name1#」
「あ、左馬刻」
「待たせたな」
「ううん、大丈夫。おかえり」


名前を呼ばれて振り向けば、先ほど「煙草、」とだけ告げていなくなった彼が銃兎さんと理鶯さんと一緒に喫煙所から帰って来たようだ。
こちらを見るなり、おや、と呟いた銃兎さんに釣られて、何やら未だ揉めている様子の二人にも気が付いたらしい。隣に来るなり「んだありゃ、」と物珍しそうに視線を向けている姿はとても面倒臭そうだったが、やがて彼らの後ろからやって来たもう一人の人物を見るなり、彼は頭を下げて口を開いた。


「先生じゃねぇか。偶然だな、入る時間が被るなんて」
「あぁ、左馬刻くん。それに#name1#くんも。久しぶりだね」
「おう」
「ご無沙汰してます」
「お前ら先生に挨拶しろや」


おそらく、この広い世界において彼が先生などと呼ぶ人物はこの男一人だけだろう。普段から相手の立場や年齢など一切気にせず悪態をつく左馬刻の姿を見慣れているせいか、そんな珍しい彼の姿を見た銃兎さんは挨拶しろと言われて一瞬反応に遅れているようにも見えた。
しかしそこはさすがの銃兎さんである。持ち前の外面スキルを駆使して敵チームのリーダーである先生とも穏やかに挨拶を済ませ、次いで理鶯さんが挨拶する間もその表情にはにこやかな笑みを貼り付けたまま。終始人当たりの良い善人の雰囲気を醸し出していた。


「それじゃあ改めまして子猫ちゃん」
「……」
「自己紹介が遅くなってしまって申し訳ない。僕は麻天狼の伊奘冉一二三と申します」
「へぇ、ご丁寧にどうも」
「子猫ちゃんのお名前、今度こそ教えてもらってもいいかな?」


先に挨拶をしたこちら側の対応を見て自分達も自己紹介をと自らのメンバーを促した先生の言葉に何を勘違いしたのか。チームメンバーである左馬刻やその他二人には目もくれずわたしのところへやって来た彼に、後ろで何かがブチッと切れるような音が聞こえた気がする。
見れば、そんな自由人一二三さんの行動を見てただでさえ悪かった顔色をさらに青くしているスーツの人は、おそらくこの状況が自分たちにとってどれほど危険なのかを把握しているのだろう。にこやかに笑う一二三さんの名を絶叫しながらその手を止めようと走ってはいるが、時既に遅しである。


「オイテメェ」
「?」
「誰の許可得て誰の女に手出そうとしてんだ」
「君は……?」
「左馬刻落ち着いて。わたし何もされてないから」
「んでテメェがこいつ庇ってんだよ殺してやろうか」
「女性の前で殺すだなんて、物騒なことを言わないでもらえるかな?」
「あぁ?」
「ヒイィ!ひ、一二三この野郎!黙れ!」


まさに一触即発。今にもわたしの前に立ってこれ以上ないほど綺麗な笑みを浮かべている彼のことをどうにかしてしまいそうなほど苛立っている左馬刻の腕を掴めば、それと同時に「一二三イィ!」と絶叫に近い声を上げて目の前の彼を止める為に走ってきたであろうスーツの男と目が合った。
歳がいくつなのかは知らないが、よく見ればずい分疲れた顔をしている。もともと顔色が悪いとは思っていたが、その目の下に刻まれたくまは色濃く、余程の年季が入っているのだろう。とても昨日や今日の疲労で出来たものとは思えなかった。


「すいませんすいませんすいません!本当にこの度はウチの一二三がご迷惑をおかけして大切な彼女様を…」
「あぁ!?んだよテメェは!」
「ヒイィ!すいません!すいません!」


可哀想に。彼の口ぶりから察するにあの一二三という人は普段からあぁなのだろう。それが果たして彼の疲労の根拠に何割食い込んでいるのかは知らないが、そのフォローの為に今にも泣きそうな顔で謝っている彼には、思わず同情の笑みを返すことしか出来なかった。

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