貴方の隣に立つため
「左馬刻助けて」
「んだよどーした」
「スカート入らない」
「あ?」
「2、3年前に買ったスカート…久しぶりに履こうと思ったらチャック閉まらないの」
「……」
「どうしてだと思う?」
「太った」
「信じたくない」
「なら聞くな」
いつものようにリビングで煙草を吸っていた彼が、まるでバカを相手にしているような目でそう言った。
気持ちは分かる。わたしももし逆の立場だったら既に結果が出ているのに何を言っているんだ、信じるも何もないだろうと思う。自覚はしている。分かってはいるが、問題はそこではないのだ。
「うぅ…絶対左馬刻のせい…」
「すげぇ言い掛かりだなオイ」
「だってすぐ美味しい物買ってくるじゃない。わたしのこと甘やかしすぎ」
「悪いか」
「悪い」
「あっそ」
「あっそじゃないでしょ。あれやめてよ」
「断る」
「何で」
「うるせぇ」
「はあ…このままじゃわたし左馬刻の隣歩けなくなる、」
ただでさえ美形な恋人なのだ。それもちょっと顔が良いくらいのレベルではない。下手すればそこらの芸能人など目じゃないほどには整っている彼の隣を、自己管理すらろくに出来ないふしだらな女が歩くわけにはいかないだろう。
「さすが俺様の女。意識高ぇのは褒めてやるよ」
「ほらまた、すぐそうやって甘やかす…」
「うっせ。別に甘やかしてねーよ。お前がほんとにヤベェと思ったら俺は遠慮なく言ってる」
「それは……でもスカート入らなくなっちゃったし、」
「許容範囲だろ」
「ダメだ…左馬刻じゃわたしに甘すぎる。どうしよう、これ以上太ったらいったいどのツラ下げてこんな顔の良い男の隣歩けっていうの……」
「お前ほんと俺の顔好きだな」
「うん、大好き」
呆れたように、でもどこか嬉しそうにそう言った左馬刻が部屋の入り口付近で突っ立ったままだったわたしの頭へ手を置いた。
おそらく、相当機嫌が良いのだろう。置いた手はそのままに、グッと屈んで近付いてきた左馬刻のそれがわたしの唇と重なった瞬間、ちゅと響いた可愛らしい音に二人してふふっと笑ってしまった。
「別にそのままで構わねーよ」
「左馬刻が良くてもわたしが嫌」
相変わらずこれっぽっちも女心が分かっていない彼の言葉は、まるで砂糖のように甘くわたしを絆そうとするが、それに屈していたら終わりなのだ。
だって、そうでしょう。女なら誰しも好きな人にはいつも自分の一番綺麗な姿を見ていてほしいものだ。
例えそれを今の彼のように相手が望んでいなかったとしても、わたしにとっては譲れない。だってそれが彼の隣に立つわたしの唯一絶対のプライドなのだから。
全ては自分と左馬刻の為。
ただの自己満足と言われても構わない。それでも、好きな人の好きな人として。いつまでもそうである為に努力を怠るわけにはいかないのだ。
良くも悪くも有名人である彼の隣を堂々と歩く為に必要な覚悟と器量。いつでも胸を張って、わたしが恋人だと世間に知られても恥ずかしくないように。彼のそばにいる上で何よりも譲れないその誓いの為に、妥協を許さないのは当然のことだろう。
「#name1#」
「ん?」
入らなくなってしまったスカートを片手に、鏡の前でジッと自らの顔を見つめていたわたしの背後から声をかけてきた彼の方に振り向く。
先ほどまで吸っていた煙草はどうやらもうその役目を終えたらしく、珍しく何も咥えていない彼の唇はニヤリと楽しそうに弧を描いていた。
「安心しろ。お前がどんなに肥えてデカくなっても俺はお前がいい」
「……」
「足りねぇか?」
「……うん、足りない」
「仕方ねーな」
ニヤリと笑った顔はそのままに、後ろからそう言ってわたしの耳元に唇を寄せた彼が#name1#、と優しく囁いた。
吐息がくすぐったくて、でもそれ以上に大好きな彼の声で何度も名前を呼ばれることが嬉しくて。思わず口にした左馬刻という言葉を言い終わる前に、強引に重ねられた唇がわたしの声を飲み込んだ。
「……っん、ふは、」
「、笑ってんじゃねーよ……」
「だって……っん」
「黙っとけや、」
「っ、ぁ……」
後ろから回された彼の腕が、わたしのフロントホックを外そうとして手こずっているのに思わず笑ってしまった。
普段こういう雰囲気になれば基本的にはなんでもスマートに進めてしまう彼にしては珍しく、なかなか外れないそれに相当苛立ったのだろう。チッと一つ舌打ちをしてやっと外されたそれに窮屈な胸元が解放された瞬間、すぐに滑り込んできた彼の手がわたしのその膨らみを捕らえた。
「、クソ面倒臭ぇもん付けてんなよ…」
「…たまには、いでしょ」
「却下」
「…っ、いじわる……っん」
「あぁ?なんだって?」
「や、っ……」
「#name1#ちゃんよォ、んな最高に可愛い顔できんならまだ大丈夫だろ」
「っ、……」
「テメェは最高だよ……この俺様がそう言ってんだ、大人しく受け入れとけ」
言葉と同時に、ちゅ、とわざとらしい音を立てて唇を寄せていた首元から顔を上げた左馬刻が言う。
そのまますぐに触れられた耳から広がる刺激に返事をすることも出来なかったが、要はそれでいいという事だろう。
結局、何を話しても伝わらなかったわたしの下らないプライドの話などどうでもいいというように、そう言って楽しそうに自らの体に触れる彼の手を受け入れるしか、もうわたしには残された選択肢が無かった。
「……っ甘すぎ、」
「ばーか。お前にだけだ」
「、……大好き」
「知ってる」
ドロドロに溶かされて、そのうち自分が何に悩んでいたのかすら忘れさせてくれるその腕に、全てを預けて目を閉じた。
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