決して交わらない心


久しぶり。元気にしてた?と振り向いた先でこちらを見つめるその顔に、気軽に声をかけられるような雰囲気ではなかった。


「テメェは顔出すな」
「さま、」
「いいから言うこと聞け」


顔を合わせれば、問答無用で噛み付くのかと思っていた分、割と冷静なトーンで呟やかれたその言葉に黙り込んでしまったのは致し方のないことだろう。
自然と彼の後ろに回されたことで、見えなくなってしまった懐かしい顔が苦しそうに歪んでいたことが気になったが、もちろんそれに「どうしたの?」と声をかけることは許されなかった。


「よおテメェ、誰の許可とって誰の女呼び止めようとしてんだ。あぁ?」
「左馬刻…」
「左馬刻さんだろドグソ野郎!」


視線が合わさった瞬間、そう言って酷く声を荒らげた左馬刻の背中越しに、チッと小さく舌打ちをする銃兎さんの姿が見えた。
おそらく、諦めたのだろう。わたしでさえ有無を言わさず下がっていろと言われたほどだ。自分ではもうどうする事も出来ないと黙り込んだであろう彼の姿の横目に、今はただ事が大きくならないようにと願うことしか出来なかった。


「昔のカッコ良かったアンタならいざ知らず、今のテメェを敬う気持ちは俺にはねーよ!」
「俺様が特別に目をかけてやってたのによぉ…この恩知らずが」
「テメェの理想にはついていけねーよ」
「……フッ、相変わらずの偽善者だよ、テメーはよ」


そう言って、上から見下ろすように目の前にいる一郎くんのことを煽る左馬刻の表情は、どこかこのやり取りを楽しんでいるように思えた。まるで人を小馬鹿にするような、挑発的な話し方をする時はいつもこうだ。
例え恋人とは言え、そこにいる誰かを嘲笑うような、その声色はどうにも好きになれない。
しかしながら、今この状況で緊迫する二人の間にも入って行くことは出来ず、ただ目の前のやり取りを黙って見つめているだけのわたしに、彼は構ってなどいられない様子だった。


「この世に平等なんてもんは存在しねーんだ。見てみろこの壁…この壁こそが俺様の言ってることの証明に他ならねぇ」
「……」
「くそ女共が支配するこの世界に、綺麗事いくらほざいてもなんも変わんねーんだ。だから力でねじ伏せる。俺様の理想とする世界に強制的に作り変える」
「強制された世界に、なんの意味がある……今のこの状況と何も変わらねぇじゃねぇかよ。それに、御託をいくら並べても、テメェがあの時やったことの言い訳にはなんねぇ!」
「ハッ、それこそ俺の知ったことじゃねぇ!カビの生えた話はそこらにいるクソ女の……」
「左馬刻!」
「……もういい。テメェは喋るな」


段々とヒートアップする言い合いに、ニヤリと口角を上げた彼の手をグッと握った。いつもならそれで大概のことは抑えてくれるのだが、こと今日に関しては相手が相手だからだろう。
思わず声を上げたわたしの方を見て顔を歪めた一郎くんが、そう言って懐に手を入れるのを見た瞬間。彼はまるで待ってましたと言わんばかりに口角を釣り上げ、挑発的に笑った。


「明日、永遠に喋れなくしてやる」
「おーおー 明日までなんて待つ必要はねぇ!今すぐその生意気な口利けなくしてやんよ!」
「っちょっと左馬刻…!」


こうなることを恐れて、終始掴んでいたはずの手を簡単に解かれた。
まるでこちらのことなど一切見えていないかのように一郎くんのことだけを視界に捉える左馬刻の背中は、とてつもなく遠い。

あぁ、始まった。
だからこの二人を会わせるのは嫌だったんだ。


「ったくアイツは…」
「銃兎さん、」
「はいはいストップ!理鶯、左馬刻を羽交い締めにしなさい」
「うむ。了解だ」


離された手に脱力し、どうしようかと目の前の事態をただ見つめていたわたしの頭に、ポンと優しく手を置いた銃兎さんと理鶯さんが一歩前に出た。
今にもヒプノシスマイクを起動して乱闘を始めそうだった二人を止める為に放たれた声は、相変わらずのボリュームだ。


「ッ何しやがんだクソボケ!テメェから殺すぞ!」
「クソボケはお前だ!…ここでヒプノシスマイクを使ってみろ、いったいどんなペナルティがあるか、」
「んなもん知るかこの野郎!全員まとめて屈服させてやんよ!」


後ろから理鶯さんに羽交い締めにされてなお吠え続ける彼の姿は、まさに獣だ。
あと一歩のところで起動を免れたヒプノシスマイクを片手に、今にも目の前の二人でさえ攻撃してしまいそうな左馬刻の手を、再度両手でぎゅっと包み込んだ。


「落ち着いて、左馬刻」
「………」
「そんなに戦いたいなら明日思う存分やればいい。今ここでそのマイクを起動すれば、きっとその明日はないわよ」
「………チッ」


冷静に諭せば、どうやら不本意ながらもここでのバトルはやめてくれるようだ。
盛大に吐いた舌打ちと同時に、渋々スイッチが切られたマイクを下ろす姿にホッとした。

見れば、そんな左馬刻の様子を見て一郎くんも応戦状態を解いたようだ。
これで一先ずは安心だと彼を羽交い締めにしていた理鶯さんもその腕を離した。
しかし、たかがそれだけのことで彼が大人しく引き下がるような簡単な男ではないということを、目の前の問題が解決したばかりで安堵に気を取られていたわたし達は、すっかり忘れていたのだ。


「どんな奴らをメンバーに入れたのかと思ったら、テメェの小便臭ぇ弟達か。クソみてぇな面構えから察するにゲボ以上に使い道が無さそうな奴らだなぁ」
「左馬刻、!」
「んだと…!」


去り際、そう言って明らかな挑発を向ける左馬刻の言葉に、今度こそ起動したマイクを向ける一郎くんの表情は確実にキレていた。

直感で思う。これはもう無理だ。
明確な意思を持って、左馬刻のことを攻撃しようと起動されたマイクの影響か。彼の後ろに、この特殊なマイク特有の大きなスピーカーが現れて、思わず鳥肌の立つ体をぎゅっと両手で包み込んだ。

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