痛いけど仕方ないわ


「左馬刻!テメェはここでぶちのめす!」
「おぉやってみろこの野郎!オイ銃兎ォ!マイク寄越せや!」
「ッオイ!……クソが、勝手にしろや、」
「っ、!」


二人がマイクを起動するのと同時に、キイィンーーーという酷く不快な音が響いて、思わず膝をついた。

今までこういったマイク所持者同士のバトルは何度か目にした事がある。
何せ恋人はあの碧棺左馬刻だ。日常的に絡まれて襲われるなんて事はしょっちゅうで、その度に彼は得意の暴力的なリリックで相手をねじ伏せてきた。
わたし自身、そういった現場には何度も鉢合わせているし、慣れている。
ーーーそう、だからこそ、今回もある程度の防御壁を作れば良いとその場から一歩後ずさっただけのわたしに、突如襲いかかったその衝撃は予想外だったのだ。


「っ……!い、」
「#name1#、?」


今までに感じた事がないような不快感。そして、頭の中を直接何かが這い回るような気持ち悪さで、立っていることが出来なかった。
ドクンドクンと、激しく脈打つ鼓動がまるで自分の体に起きた異常を知らせる警報のようで、途端に全身を覆い尽くす恐怖は言いようのないものだ。
同時に、自らの意思とは関係なくあふれ出た涙が視界をぐにゃりと歪ませた。


「っオイ#name1#、耳を塞げ…!」
「……ゃ、っ、」
「聞こえてないのか、」
「っ、………!」
「くそっ…」


痛い。苦しい。
なんとなく遠くで何か音がしている、というレベルでしか周りのことを認識出来ず、その異様な刺激で今にもどこかへ飛んでしまいそうな意識を保とうとすることで精一杯だった。無意識のうちに噛み締めた唇は、もちろん切れて痛みを発する。しかし、そんな痛みは頭や体の不快感に比べれば微々たるものだ。
反射的になんとかこの強烈な刺激をやり過ごそうとするわたしを嘲笑うかの様に、直接体中へ響く不快感は止まらない。

怖い。感じたことのない恐怖という名の痛みに、目の前が真っ暗に染まっていった。


「ッオイ左馬刻!もうやめろ!」
「るせぇ口出しすんじゃねぇ!」
「左馬刻!」
「っ……」
「っ、これ以上噛むなバカ…!」


無意識のうちに硬く噛み締めた唇をこじ開けるように、何かが口内へ侵入した。
しかしながら、その何かがなんなのかを考えている間にも襲ってくる不快感は止まらない。反射的に、ガリ、と噛んでしまったその何かで再び襲いくる激痛に耐えていると、にわかに和らいだその痛みが、少しだけ遠のいていたわたしの意識をぼんやりと現実の世界へと引き戻した。


「理鶯、」
「こうしていれば少しはマシになるはずだ」
「助かります…」
「……じゅ、とさん…?」
「大丈夫です。貴方はそのまま何も聞かないでください」


一瞬でだいぶ楽になった体は、どうやら理鶯さんが耳を塞いでくれたからだと分かった。
おかげで相変わらず周りの音はよく聞こえないが、その代わりに段々と和らいでいく痛みと、クリアになっていく視界にホッと息を吐いた。
目の前には、こちらに何かを呟いている様子の銃兎さんがいる。しかし、声は聞こえない。彼はそれを分かった上で、こちらへ大丈夫だと伝えるようにわたしの頭を一度だけ撫でてくれた。


その様子を見るに、どうやら未だ左馬刻は一郎くんとヒプノシスマイクを使ったバトルを繰り広げているようだ。


「ッチ……あの野郎、テメェの女テメェでぶち壊すつもりかよ」
「さすがに看過出来んな。#name1#はいつもこんな事に付き合わされているのか」
「相手が相手だからだろう……そこらにいるチンピラをねじ伏せる為に毎度あんな全開の攻撃はしないはずだ」
「そうか、なるほどな」
「じゃなきゃコイツは自分がこんな事になると分かっていて何もしないようなバカな女じゃない」


二人で何かを話しながら、やがてこちらに視線を向けた銃兎さんと目が合う。
先ほどの後遺症か。まだ少しグラグラと揺れる頭は正常な状態とは程遠いが、それでも自分は大丈夫だと伝える為なんとか頬に力を入れれば、そこでそんなわたしの意図に気が付いたらしい彼が、ゆっくりと首を振った。


「大丈夫ですから」


声は聞こえなかったが、こちらを労わるように向けられた笑みは優しかった。
それと同時に、キツく噛み締めたことで切れてしまった唇に、遠慮がちに添えられた指が滲み出た血液を拭ってくれる。

やはり音は何も聞こえないが、その視線の先で今まさに繰り広げられているであろう二人の衝突は、いったいいつまで続くのだろう。
未だかすかに乱れたままの呼吸をなんとか整えながら現状を把握しようと視線を彷徨わせれば、次の瞬間ーーーフッと、急に押さえられていた耳への圧迫感がなくなった。


「りおうさ……」
「そこまでだ下郎共!」


どうやら、押さえられていた両耳から手が離されたのは、あの二人による激しい衝突が終了したからのようだ。
ーーーいいや。この場合、終了したというよりは、強制的に終了させられたという方が正しいか。


「、あ?んだこのクソ女!」


急に音が止んだことで、今まさに一郎くんと衝突していた左馬刻は激昂している。

頭の高い位置で括られた艶のある長い髪を靡かせるその人のことを、彼は何も知らないのだろうか。
まるで狂犬のように鋭く細めた目を怒りに滲ませる彼の姿を見て、慌てて声を上げる銃兎さんの動揺ぶりといったらなかった。


「バカ野郎!彼女は内閣総理大臣補佐官及び警視庁警視総監、行政監察局局長の、勘解由小路無花果だ!アイツの指先一つで、俺らなんてどうとでも出来る……!大人しくしてろ!」
「っるせぇ!誰だろうが関係ねぇ、面白がってるとこ邪魔しやがったんだぶっ潰す!」
「なら彼女のことはいい!ただ#name1#のことくらいは考えろ……!」
「あぁ?」


突然のことに納得がいかない様子の左馬刻を宥める為、グッと強くその肩を掴んだ銃兎さんがこちらを振り向いた。
#name1#、と聞いて咄嗟に反応してくれたのだろう。つられて振り向いた彼の視線が後ろにいたわたしの姿を捉えた瞬間、その鋭い眼差しは一気に力を無くして驚きの色に染まった。

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