だって、貴方は王様


「お前………」
「ふふ、凄いでしょ。天下の左馬刻様のリリック受けても立ってられる女の子なんて、わたしくらいじゃない?」


本当は、立ってなどいられなかった。
一人ではどうしようもなかった。
しかし今それを正直に言ってしまえば、身近な人間が傷付くことに何よりのトラウマを抱えている左馬刻は、勝負どころではなくなってしまう。

自分の存在が、大切な彼の生きる妨げになってはならない。
例えそれがどんなに辛いことであろうと、苦しいことであろうと、彼の隣に立つと決めた時から、自分の全ては彼の為にあるのだと自負している。
だからこそ、そんな彼の目的の邪魔になるくらいなら、今は大丈夫だと笑うことがわたしの一番の使命だろう。今にも泣きそうな顔でこちらを見つめる目の前の彼に「そんな顔は貴方には似合わないからやめて」と告げる代わりに、精一杯の笑顔を作って口を開いた。


「さすがハマの王様の女でしょ」


にこりと、切れた唇に弧を描いて笑う。
そんなわたしの姿を見た左馬刻は、グッと拳を握りしめていた。
表情は変わらない。
しかし、明らかにいつもとは違う様子のわたしを見て、その言葉が嘘だということには気付いているのだろう。しばし黙り込んだまま何も言わない彼にもう一度「ね?」と念を押すように笑えば、珍しく辛そうに眉を寄せた左馬刻が、それでもゆっくりと握りしめていた拳を開いた。


「………ほんと、さすが俺様の女だな」


お互いの為に、お互いが嘘を吐く。
分かっているその虚勢に、気付かないフリをして王様で居続けてくれる彼の優しさがあれば十分だ。
言葉と同時に、切れた唇をゆっくりと撫でる彼の指先に自分のそれを重ねた。


「左馬刻」
「なんだ」
「左馬刻は、それでいいよ」


例え唯我独尊の王様だろうが、傍若無人の暴君だろうが、付いて行くと決めたのだ。
誰がなんと言おうが関係ない。
今目の前にいるこの男以外に、わたしの心を埋めてくれる人間なんていないのだから。

ぎゅ、と両手で包み込んだ手を握りしめたまま、向けられる視線にもう一度その名を呼んで微笑んだ。


「お前は、本当に良い女だな…」
「でしょう?」


空いていたもう片方の手で、乱れたわたしの髪を優しく撫でる左馬刻の表情は柔らかかった。
つい数秒前まで、あれほど暴力的なリリックをかましていたとは思えないほどの豹変ぶりだ。つい、その緩みきった表情に安心していると、不意にわたしの後ろへ視線を向けた左馬刻が、キッとその表情を一気に戻して視線を細めた。


「一郎、命拾いしたな」
「……」
「明日の朝日はちゃんと拝んどけ。それがお前の、生涯で見る最後のお天道様になるからよ」


言葉と同時に、わたしの頭を自分の胸へ引き寄せた左馬刻の声は静かだった。
先ほどあれだけ激昂していたのだ。最悪もう一度バトルになってもおかしくはないと覚悟していた分、その冷静な声には酷く安心した。
もちろん、敵と認識している一郎くんに対してぶつけられたその言葉は明らかに挑発であるが、先ほどとは違い、今すぐにどうこうしてやろうという明確な意図は感じられない。
故に、彼ももう一度応戦はしてこないだろうと、繰り広げられる静かなやり取りに、ただ耳を澄ませている最中だった。


「俺は負けねぇ……」
「ッハ、そうかよ」
「勝って、#name1#さんの目も覚まさせてやる」
「……」
「あぁ、?」


突然出てきた自分の名前に、頭上で再び声を低くする左馬刻が、今いったいどんな表情をしているのかは想像に容易い。

昔ーーーそれこそ、まだ左馬刻と一郎くんが同じチームのメンバーとして仲良くしていた頃。例え冗談でも、わたしのことをどうこうしようなんて発することはなかった彼からの言葉だ。おそらく、その真剣な眼差しや声色を見て考えを変えたのだろう。
胸元へ引き寄せたわたしの頭を、さらに強く自分の方へと押し付けた左馬刻が、そのままわたしを抱きしめるようにして口を開いた。


「やらねぇよ」
「……」
「例え他に何を失ったとしても、#name1#だけはやらねぇ」


明確に。そしてハッキリと。直接耳に届くようにして告げられたその言葉を、いったいどんな表情で受け止めれば良いのだろう。

大切だと、大好きだと、常日頃からあまり口に出してくれる彼ではないからこそ、たまにくれるその愛の言葉が、どれだけわたしの心を満たしてくれるのか。彼はきっと知らないのだ。


「#name1#」
「……はい」


名前を呼ばれて、思わずぎゅっと握りしめていた彼のシャツから手を離さなければと、その優しげな声に返事を返した瞬間。ふわりと包み込むように触れられた手に、指が絡め取られた。
力は、そこまで強くない。しかし、そのまま確かめるように一度だけぎゅっと握られた手は、もうどこにも逃げることなど許されない。
甘く、優しく、まるで慈しむようなその拘束に込み上げてくる愛しさを隠そうと、彼の胸元に埋めていた頭を、さらに強くその体へと押し付けた。


「一つ、教えといてやるよ一郎」
「……」
「テメーは何か勘違いしてるようだが、そもそもコイツは俺にベタ惚れなんだよ。だから無駄だぜ。今さら離れられるかよ」
「知ってる、」
「へぇ…お前がいったい何を知ってるって?」
「#name1#さんが、アンタのこと以外見てないことなんて知ってる。ずっと……もう、ずっと昔からそんなことは知ってんだよ」
「だったら何を今さら夢みてーな戯言ほざいてやがる」
「それでも、思うだけなら自由だろ」
「、んだと?」
「#name1#さんには、ずっと笑っててほしいんだ」


最後に一言、一郎くんがそう言って黙り込むのと同時に、わたし達三人の間には長い沈黙が訪れた。長いとは言っても、それは決して一分や二分の話ではなく、時間にすればほんの数秒のことだったとは思うが、それでも、不意に告げられたそんな言葉をまるで予期していなかったわたしにとって、その時間はとてつもなく長く感じられたのだ。

一郎くんは、よく言っていた。#name1#さんはいつも笑っていると。左馬刻の隣で、嬉しそうに。本当にアイツのことが好きなんだな、と彼の隣に並ぶわたしを見て、いつも呆れたように笑っていた。
誰より一番、わたし達二人のことを認め、わたし達二人のことを慕ってくれてくれた彼だからこそ、そんな風に言ってくれることがとても嬉しかった。
左馬刻の隣に並ぶわたしのことをお似合いだと言ってくれる彼の言葉が、わたしにとっての自信だった。


「ありがとう。一郎くん」


今でもきっと、貴方はわたしによく笑う人であってほしいのだろう。
それはずっと変わらないーーー昔から、身近にいる誰かを常に思いやることが出来る彼だからこその優しさなのかもしれない。


「でも、ごめんね」
「……」


もう、手遅れなのだ。


「例え一郎くんがどんなに左馬刻のことを見る目が変わっても、わたしにとって一番笑える場所はこの人の横だから」
「#name1#さん……」
「言ったでしょ。好きだから一緒にいるんだって」


そう、だからこそもう無理なのだ。
例え誰に何を言われようと、何をされようと。今自分の横に立つこの人以外の隣で、これから先の人生を歩むことなど考えられない。


「わたしの幸せは、わたしが決めるから」


ごめんね。ありがとう。
最後にそう言って一度だけ合った目をすぐに逸らしたわたしへ、彼はもう何も言ってこなかった。

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