焦がれても届かない
綺麗な人だと思った。ただ単純に。
「またそんな血だらけの格好でここまで来たの?怪我してるじゃない」
「あー そうっすね」
「こら、どこ行くの。座りなさい」
「……」
「一郎くん。座りなさいって言ったの」
サラサラの髪は、当時まだ胸につくくらいの黒髪で、それは会う度にふんわりとカールしていたり、細かなアレンジがされていたりと、誰がどう見ても気を使って手入れをされているということが分かるような艶を放っていた。
肩書きはヤクザの女だ。自分の隣に置く女として、それなりに金をかけて貰っているのだろう。毎日のように現れては、愛しそうにソイツのことを「左馬刻」と呼ぶその人のことが、最初はとても苦手だった。
「え〜 でもあぁ見えて#name1#、バリバリのキャリアウーマンだよ」
「え、」
「社長秘書だから。左馬刻の稼ぎなんかなくてもじゅ〜うぶん生きていけるの」
「まさか……」
「見えないよね〜」
「意外だろ」
「!左馬刻さん、」
へらりと笑って、一郎くん、と俺のことを呼ぶその人の顔が頭に浮かんだ。
ありえない。思った言葉がすぐに口から出なかったのは、突然目の前に現れたソイツが楽しそうにニヤリと笑っていたからだ。
「勘違いすんなよ」
「え……」
「俺様の隣にいる女はアイツだけだ。そこらにいるバカ女どもとは出来がちげーんだよ」
「気になるなら#name1#に聞いてみたら?普段は何してるのって」
左馬刻本人はともかく、俺以外の二人でさえ知っている彼女のことが気になった。
見た目は、どこにでもいるようなただの女性だ。特別秀でた才能や能力を持っていると言われても、いまいちピンとは来ない。それどころか、左馬刻の横にいる割にはいつもなんとなくヘラヘラしていて、危機感のカケラも無いんだと思っていたからこそ驚いたのだ。
「ヒミツ」
「え……」
「お仕事のことでしょ?左馬刻がそれ以上言ってないんなら社長秘書ってこと以外は企業秘密です」
イタズラに笑って、仕事帰りだという彼女から聞かされたその言葉に、さらに謎は深まっていくばかりだった。
社長秘書って本当なんですか。普段はどんなことをしているんですか。中途半端に聞いてしまったからこそ産まれた好奇心のまま淡々と聞く俺に、彼女はそう言って笑ったのだ。
「いつか一郎くんにも教えてあげるね」
思えば、そこからだった。
あの頃、既に伝説のチームとして多方面から色々な感情を向けられていた俺たち四人は、必ずしもそのことに喜びや誇りだけを持っていたわけじゃなかった。
チームが有名になればなるほど、それを良く思わない輩から身に覚えのない因縁をつけられたり、意味もなく絡まれたり。もしかするとチームを結成して得た栄光や名声より、そんな苦労の方が大きかったんじゃないかと疑ってしまうほど、常にどこかで負の感情とも共存していた俺たち四人の中にあって、それでもいつも変わらなかったのが、#name1#さんの存在だ。
彼女は常にあの左馬刻の隣にいて、しかしそんな危ない奴の隣にいるとは思えないほど、いつもニコニコと笑っていた。
「もう…高校生だからってあんまりヤンチャしてるといつか痛い目見るよ?」
「……余計なお世話っす」
「じゃあもう手当てしてあげない」
「そもそも俺から頼んだことなんて一度もないでしょう」
「あ、そういうこと言うんだ?」
「……」
「も〜 一郎ってばまだ#name1#にツンケンしてんの〜」
「ハッ おもしれー 反抗期かよ」
「こらこら二人とも」
「〜っちげぇよ!」
当時まだ学生で、彼女との接し方がイマイチ分からなかった俺に対しても、その人は変わららず優しくて、いつの間にか、そんな彼女に反発をするのさえ馬鹿馬鹿しいと思うようになった。
不思議なもので、一度受け入れてしまうと、そんな彼女の存在はいとも容易く俺の中へも浸透してしまった。
最初は、共通の話題である左馬刻のことから、次第にお互いの好きなもの、家族の話、趣味の話と、おそらくあのチームの中でも、左馬刻を除けば彼女と一番時間を共にしていたのは俺だったと思う。
それは、彼女が当時唯一の学生であった俺のことをよく気にかけてくれていたこともあるし、またいつしかそのことを嬉しく思うようになった自分からも、彼女とは積極的に話をするようにしていたからだ。
もちろん、そのことについては左馬刻から散々キレられた。アイツはあんなナリをしている割に彼女のことはとても大切にしていて、また、はたから見ても彼女のことが大好きで仕方ないといった様子だった。
故に、俺は例え彼女と仲が良いからといってそれ以上の何かを求めることはしなかったし、彼女もまたそんな俺の気持ちを分かっていたからこそ、なんの気兼ねもなく接してくれていたのだと思う。
肩書きはヤクザの女。元々はそう思って接していたことは事実だ。しかし、いつの間にかただの女性として彼女のことを慕うようになった俺にとって、その存在はとても特別だったのだ。
「#name1#さんってさ」
「ん?」
「何でアイツと付き合ってんの」
「え、好きだからだよ」
「……」
「左馬刻のこと、大好きだから」
心底うらやましかった。
俺の言葉に、そう言って笑う#name1#さんに、どうして相手が自分ではないのだろうとも思った。
後にも先にも、その幸せそうな顔以上に嫉妬が俺の胸を支配して苦しくなったのは、この時だけだったと思う。
優しくて、穏やかで、綺麗で。
今まで他の誰にもそうしてもらえなかった俺に対して、目一杯の優しさで接してくれる彼女のことが、大好きだった。
一郎くん、とあの凛とした声で名前を呼ばれるだけで嬉しかった。
例え自分が彼女の特別じゃなくても、彼女にとって唯一絶対と言えるアイツがそばにいてくれるなら、それで良いと思っていた。
ただ、大好きなだけだったんだ。
* * *
「#name1#」
「……はい」
「……」
好きな人の好きな人はよく分かるもんだと、いつか誰かが言っていたそんな言葉が、まさかこんなにもストンと自分の中に収まる日が来るだなんて思わなかった。
名前を呼ばれて、心から幸せそうな顔でソイツの胸元へすがり付いた彼女の横顔に、全てを察してしまった。
「言ったでしょ。好きだから一緒にいるんだって」
「……」
あの頃と、何も変わらない。
決別し、今や全く別の場所で、別の目的を持って生きている俺や、左馬刻。その関係も、目的も。この数年で変わってしまった全ての変化から隔離されたように、彼女の心だけがあの頃のままだった。
どうしようもなく胸が痛い。
彼女がーー#name1#さんが唯一愛しているソイツにだけ向ける笑顔が、こんなにも綺麗で残酷だとは思わなかった。
知らない。だって、そんな顔、俺の前では一度だってしれくれたことなどなかったのだから。
「ありがとう。一郎くん」
あぁ、好きだな。
思うのと同時に、そういえばもう一つ。彼女のことを心から好きだと思う自分の気持ちも、あの頃から何一つ変わってはいなかったということを思い出した。
- 17 -
*前次#
ページ: