決して折れないもの


4つの区画からそれぞれ選ばれた代表チームによるテリトリーバトルは、トーナメント方式による勝ち抜き戦だった。
まずはイケブクロとヨコハマーーー左馬刻と一郎くん率いる両チームが全力でぶつかり合い、第一戦目はなんとか勝利を収めたヨコハマ代表が次のバトルへと駒を進めた。
息つく間もなく、続いて行われたシブヤとシンジュクのバトルでは、こちらも両者ギリギリの戦いを強いられ、結果的にはシンジュクが勝利を収めた。
それによって、最終決戦はヨコハマとシンジュク。お互いに一切容赦はしないと言い切って始まったその戦いは、今まで以上に見ていられるようなものではなかった。

左馬刻はもちろん、銃兎さんも、理鶯さんもボロボロだ。
一度この身をもって体験したからこそよく分かる。
あの強烈なリリックと、衝撃によるダメージは、例えどんなに鍛え抜かれた彼らの体であろうと、壊していくことは間違いない。一つ、二つと、響く音と同時に苦痛に顔を歪めるその姿は、まさに地獄以外の何者でもないだろう。

どうして誰かの見世物になると分かっていて、それでも彼らは戦うのだろう。
訪ねたところで、きっと女のわたしには分からない何かがあるのだ。それを無闇矢鱈に踏み荒らして、男の人にしか分からない大切なプライドを傷付けるつもりは無いが、願うことくらいは許してほしい。


「……左馬刻…」


見つめた先ーーーボロボロの体で、傷つき、血を流しながらも立っている愛しい人の姿を見て、自分にはもうそれくらいのことしか出来なかった。
本当は、勝たなくても良い。バトルなんてどうでもいいから、行かないでと言えなかった代わりに。
どうか、これ以上は傷付かないで。
勝負なんでどうでもいいから、貴方が無事に帰ってきて来れればそれでいいと。
彼の前では決して口にすることなど許されないその願いは、しかし、わたしにとって一番の願いであるからこそ苦しかった。

自然と硬く握り締めた拳に力を入れ、見つめた先で今にも倒れそうになっている彼の姿を、ただ見つめていることしか出来ないなんて、どんな罰よりも苦痛だ。
しかし、泣くわけにはいかない。例えどんなに彼が傷付こうと、最後に一言「おかえりなさい」と言うまでは。
今まさにあの戦場で戦っている彼に対して、それが自分に出来る何よりの寄り添い方だと、ただジッと黙って何も言えないわたしに、彼が気付くことはないだろう。


バトルは既に終盤。お互いにもうあと一、二回の攻撃が限界というところだろう。
勝敗は最後まで分からないが、戦いの優劣ならハッキリとしている。

それでも、左馬刻は最後まで堂々と前を見据えていたーーー。


* * *


「お疲れ様です」
「…#name1#か」
「はい」
「……」
「消さなくていいですよ。まだ点けたばかりでしょう」


ボロボロの体に、滴り落ちる鮮血を拭うこともしないまま、タバコを咥えた彼がこちらを振り返った。声を掛けたのがわたしだと分かるなり、自然とその火を消そうとする姿はいつも通りだ。例えこれがどんなに大切な決戦の後であろうと、やはり特別何か行動が変わるわけではないらしい。


「怪我はきちんと治療しないと悪化しますよ。お巡りさん」
「余計なお世話だ」
「ふふ、今日は随分口が悪いんですね」
「うるせぇな……お前、自分の男はどうした」
「さあ、分かりません」


テリトリーバトルの決勝が終わり、その敗者としてステージを降りた彼の姿は、あれ以降見ていない。とは言え、その行動範囲は今やこの狭い中央区の中だけだ。探せばすぐに見つけ出すことは出来るだろうが、あえてそんな事はする必要がない。というよりも、したくないというのが本音だった。


「………本当によく出来た女だな、お前は」
「珍しいですね。銃兎さんがわたしにそんなことを言うなんて」


やはり、頭の良い人だと思う。
話の核心となる直接的な言葉は何も発していないのに、それだけでわたしの意図や行動を全て汲み取ったらしい彼は、持っていた残り半分のタバコを携帯灰皿に押し付けてから、ゆっくりと空を仰いだ。


「アイツはプライドが高いからな、」
「そうですね」
「お前の選択は間違っちゃいねぇと思うぞ。今はまだいい。少し時間あけてから、一言お疲れ様とでも言ってやれ」
「はい、」
「それで十分だろう」


彼は王様だ。
誰の前にも屈しない。その圧倒的な強さとカリスマ性で、今まで幾度となく自分の道を阻むものを蹴散らしてきた。
例えどんな事があっても、揺らぐことのないその信念のもと、一つのチームとして戦いを終えた彼の背中を、どう支えれば良いかなんて決まっている。

安い慰めはいらない。
わたしは、ただ自分の信念を貫いて仲間とともに戦い抜いた彼の姿を、何よりの誇りだと胸に刻み、お疲れ様と笑ってあげればそれで良いのだ。
結果は変わらない。負けたことは事実だ。
ならば後は彼が一人でそれを受け入れ、帰って来るのを待てば良い。

迎えになんて行く必要はない。
敗者としての自分を受け止めようとしている彼の姿は、彼自身だけが知っていればいいのだから。例え恋人であろうと、そんな姿を誰かに見られることを、彼は良しとしないだろう。恋人であるからこそ。恋人であるが故、その大切なプライドを守る為にも、今はただこうして待つしかないのだ。


「………銃兎さん、」
「なんだ」
「悔しいですね……っ」


わたしの知る大切な彼には、どんな時でも、そのカッコイイ彼のままでいてほしいから。


「ったく…アイツが帰って来るまでには、泣きやめよ」
「……っ、ごめんなさい…」


世界で唯一、彼の隣にいることを許されたわたしが、そのプライドと生き方を守る為、強くある為に、噛み締めた唇には、まだ少し血が滲んでいた。

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