隣にお前がいたから
「それにしても見かけによらずよく食べますね、貴方は」
「お腹空いてたので」
「にしたって量が多いでしょう。いったいどれだけ食べる気ですか」
「まだまだいけます」
「恐ろしいほどの食い意地ですね」
「まあ今さらだろ」
テリトリーバトルの為に用意されたホテルの一階に併設するレストランは、宿泊客用に常時解放されているというビュッフェ形式の店だった。
中央区に滞在し始めて数日。ここに来た当初は山のように組み込まれていたスケジュールもやっと落ち着き、後は帰るだけだと寛いでいた左馬刻の横で、なにげなく「お腹が空いた」と呟けば、気を利かせた彼が連れて来てくれたのだ。その際各々の部屋で待機していた後の二人を誘ったのは、もちろんわたしである。
席に着くなり一目散に料理を取りに行くと、それを見ていた左馬刻からは「はしゃぐな」と言われ、銃兎さんからは呆れたように冒頭のセリフをぶつけられたのだが、もちろんそんなことで食事の手を止めるつもりはない。
ただひたすらに取ってきた料理をもぐもぐと口に運ぶわたしの横で、左馬刻だけが慣れたように空になったお皿をテーブルの端へ重ねていた。
「うめぇか」
「うん」
「そら良かったな」
「左馬刻にもあげようか」
「俺は俺で食ってるから気にすんな」
「はい」
「いや人の話聞いてたかテメェ」
「美味しいよ」
「……」
「ふふ、どーぞ」
目は明らかにいらないと言っている。しかし、わたしが無理矢理フォークに突き刺した肉のカケラを差し出せば、渋々ではあるものの口を開けてくれた彼の姿に、銃兎さんが珍しい物を見た、とからかうように口角を上げていた。
「相変わらず自分の女には弱いんだな」
「うるせーわりぃか」
「左馬刻はい」
「あ?、だからテメェはいつまでも俺様にしいたけ食わそうとすんじゃねぇよ」
「お願い」
「お願いじゃねぇ自分で取ってきたもんは自分で食え」
「じゃあ銃兎さん」
「じゃあってなんだふざけんな兎にやるくらいなら俺が食う」
「はい」
「ん、」
「お前本当に#name1#にだけは甘いな」
どうしても食べたくないと、わたしが差し出したしいたけを無理矢理口に入れた左馬刻の表情は不満げだ。今回だけはなんとか見逃してくれたが、意外にもわたしのこういったわがままには厳しい彼のことだ。甘やかしてくれるのは今日が最後だろう。
自分でも銃兎さんを引き合いに出したことはズルかったな、と思いつつ隣で次の料理に手を付けている左馬刻へ「ありがとう」と呟けば、それを聞いた彼は何故かカタン、と持っていたフォークをテーブルに置いてからゆっくりとこちらに向き直った。
「、左馬刻?」
「礼を言うのはこっちの方だ」
「え……」
隣に座っていた彼が、わざわざこちらに体を向けてまで呟いた言葉は、感謝だった。
普段あれだけ唯我独尊で、他人のことなど気にも留めない彼からは、まずそうそう出ることのない言葉。
なんの飾り気もなく、ただ率直に告げられたその言葉は、それまで黙々と目の前の料理を口に運んでいたわたしの手を止めるには、十分すぎるほどの効力を持っていた。
「どうしたの、急に」
「別に急じゃねぇよ。ずっと思ってた」
「え……」
「お前は、俺がどんな道を選ぼうと絶対について来る……世界でただ一人の女だ。感謝しねー方がおかしいだろ」
「……」
「お前くらいなんだよ。俺様のやる事なす事肯定してそれでいいってヘラヘラしてくれる女は………お前が、#name1#がいてくれて良かったって、ずっと思ってる」
「………っ」
視界がぼやけて、目の前にいる彼の顔すら滲んで見えなくなってしまった。
そんなことない。当たり前だ。こちらこそありがとう。普段は感謝の言葉など一つも発してくれない彼からの言葉に、返したい気持ちはこんなにもたくさんわたしの中にあるのに。涙が邪魔して、上手く声を出すことが出来なかった。
「………左馬刻、お前そういう大事なことを今この場所で言うのか」
「あぁ?俺様がいつ誰に何を言おうが俺様の勝手だろうよ」
「はあ……これだからデリカシーのない男は、」
「あぁ!?んだテメェ俺様のやり方になんか文句でもあんのか?!」
「大丈夫か#name1#、これを使え」
「っうぅ〜……ありがとうございます理鶯さん、」
突然のことですっかり食事の手を止めてしまった銃兎さんのため息と、理鶯さんの気遣い。そして、恥ずかし気もなく言ってのけた左馬刻の俺様な怒号が、閑散としたレストラン内にほんの少しのざわつきをもたらした。当の本人は全く気にしていないようだが、相変わらず周りの目など何も気にしない傍若無人ぶりである。
その偉そうな姿に思わず溢れた笑みと涙を拭いながら「左馬刻、」と呟けば、あん?と振り向いた彼の頬に一つ口付けを落とした。
「ふふ、大好き」
「おー そうかよ」
「わたしも左馬刻が恋人で良かったって、ずっと思ってるよ」
「…おう」
「大好き」
「だからそれは分かったっつの、」
互いの頬を擦り合わせるようにして抱きついたわたしの体を、しっかりと受け止めてくれた左馬刻の手が後頭部に回った。
嬉しくて、幸せで。ただ目の前にいるこの人のことが好きだと伝えるだけでは収まりきらないこの感情を、これ以上どう伝えれば良いのだろう。
あふれ出る涙とともにぎゅうぎゅうと抱きつくわたしのことを、ため息とともに見つめる銃兎さんには申し訳ないが、今だけは許してほしい。
「言っとくが、俺はお前らにも感謝してんだからな」
「か……感謝だと?お前が、俺たちにか、?」
「おうよ。一郎ん時もそうだが、先生とのバトルの時も、オメーらがいなきゃこんなにやれてなかっただろうよ。だからなんつーか……さんきゅーな」
「…、…」
わたしの時よりも数倍唐突な左馬刻の感謝に、珍しく言葉を失った銃兎さんが沈黙していた。残念ながら今はまだ左馬刻の肩に顔を埋めたままなので、その表情までは伺えないが、きっと見たこともないような驚きの表情を浮かべているに違いない。その証拠に、え、あ……と歯切れ悪く何か返す言葉を模索している様子の銃兎さんの声が、余りにも普段の彼とはかけ離れていて、思わずクスッと笑ってしまった。
「良いチームだね、MAD TRIGGER CREWは」
「たりめーだ」
少しだけ、妬いてしまう。
自分以外の誰かに背中を預けて戦う彼の姿は、今まで見てきたどんな彼の姿よりもカッコ良かったから。
悔しいけれど、認めるしかないだろう。
銃兎さんと、理鶯さんがいるーーーこの三人が揃うMAD TRIGGER CREWという場所もまた、わたしとは別の彼の大切な居場所なのだろう。
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