貴方と手を繋ぐ幸せ
「それ寄越せ」
「持ってくれるの?」
「んな袋ばっか抱えてたら見るもんも見れねーだろうが」
「ありがとう左馬刻」
「おー 感謝しろや」
「うん。だいすきー」
にーっと笑って、引き上げた口角をわざとらしく彼へ向ければ、そこで当然とでも言うようにニヒルな笑みを浮かべる姿がたまらなく好きだ。
人の多い休日のショッピングモールで、わたしが後ろを通る人に当たらないよう、さり気なく手を引いてくれるところにもキュンとした。
「気付けろや」
「うん、ありがと」
「締まりのねー顔」
「だって嬉しいんだもん」
「そうかよ」
数日前、急に休みが取れたから出掛けるぞと彼に告げられ、連れて来られたのはヨコハマにある大きなショッピングモールだった。
以前テレビのCMで数ヶ月に一度の大きなセールを開催すると宣伝していただけあって、人の量は尋常ではない。それもそうだ。セールの大きさもさる事ながら、その期間はたったの一週間。更に休日という条件が揃う日を絞れば、そこに人が集まるのは当然のことだろう。セールは惜しいが、どうせこの短い間に上手く二人の休みが被ることもないだろうしと、諦めていたからこそこうして彼とここに来れたことは嬉しかった。
「荷物これで全部か」
「うん、ありがとう」
もちろん、彼は偶然休みが取れたからと言っていたが、それが嘘であることは知っている。そもそも、彼の仕事に休みという概念は無いに等しい。わたしもその仕事内容を詳しく知っているわけでは無いが、基本的にはいつでも仕事と休みを両立しているような状態だ。
隣でわたしが預けたショッピングバッグを煩わしそうに抱えている姿は微笑ましいが、この時間がいつまでも続く保証はない。
せっかく彼がわたしの為に用意してくれた時間だ。ありがとうの意味を込めてもう一度隣にいる彼の方を見て微笑めば、それを見た彼からはぎゅっと鼻を摘まれ、笑われた。
「ふっ、潰れてやんの」
「左馬刻のせいでしょ」
さっさと先を行く彼の手を追いかるようにして掴むと、それを何も言わず受け入れてくれる姿に笑みがこぼれる。
左馬刻は、一見誰がどう見ても怖い人だ。常時不機嫌そうに寄せられた眉も、その口から発せられる物騒な言葉も、その全てが彼を構築する恐怖の一因となっている。
しかし本来、彼はそこまで怖い人間ではないのだ。
「あ、身長並んだ」
「そら良かったな」
「お腹すいたね」
「なんか食うか」
「パスタの気分」
「レストランフロア七階じゃねーか」
「エレベーター乗れば良かったね」
「まあ別にいいだろ。つーか危ねーからちゃんと前向いとけ」
「はーい」
エスカレーターで後ろに乗った左馬刻の方を向けば、足場が一段下がったことでわたしと並んだ視線にも特に興味がないのか。そう言ってさり気なく前を向かされた。
しかし、こうなるとつまらないのはわたしだ。現在エスカレーターは二階と三階の間。レストランのある七階まではしばらくこうしてジッとしていなければならないわけだが、もちろんそれでは暇すぎる。
そこでたまらず後ろにいた左馬刻にちょっかけいをかけようと腕を伸ばせば、すかさずその手を掴んだ左馬刻がわたしの指に自分の指を絡め、握り直した。
「ふふ、つかまっちゃった」
「わざとつかまりに来たくせに何言ってやがんだ」
「左馬刻こそまんまとわたしの手掴んだくせに」
「うっせ」
掴まれた手はそのまま。三階から四階に登るエスカレーターへ足を踏み入れたところで、ちょうど鏡になっていた壁に自分たちの姿が写っていることに気付いた。
二人並んで、まるで子どものように互いの手を引いて歩くその姿は少し滑稽だったが、それでもどこか幸せそうな表情で笑う彼の姿を見てしまえば、そんなことは途端にどうでもよくなるのだから、わたしも大概単純だと思う。
「なにパスタ食べようかな」
「優柔不断」
「あ、ハーフアンドハーフしようか」
「強制かよ」
「でも嫌じゃないでしょ」
「お前が決めんな」
「今日はカルボナーラの気分」
「そうかよ」
「は〜 お腹空いたから大盛りにしてもらおっと」
「どーでもいいけど喫煙席な」
言うと同時に絡めていた指を解いた左馬刻が、何故かそのままわたしの着ていたトレンチコートに手をかけた。いきなりどうしたの、と聞けばどうやら背中側にあったコートのリボンが解けていたようで、それを黙々と直している左馬刻の姿がしっかりとエスカレーター横のミラーに写っていた。
「直せた?」
「まだ」
「形綺麗にしてね」
「わがままだな。つーかこの服さっきもお前自分で直してなかったか」
「うん、解けやすいみたい」
「面倒くせぇな、新しいの買ってやろうか」
「ううん、いい。だって解けたらまた左馬刻が直してくれるでしょ?」
こちらの注文通り、左右のバランスがきちんと均等になるようリボンの調整をしてくれている左馬刻は、わたしのその言葉にチッと一つバツが悪そうに舌打ちをした。
「お前じゃなかったら沈めてたわ」
「ふふ、ちょっと調子乗っちゃった」
「たかがこれだけでんな嬉しそうな顔してんじゃねーよ」
出来たぞ、とそのまま背中のリボンから手を離した左馬刻が、再び空いていたわたしの手を掴んだ。言葉はなくとも、もはや当たり前のように絡められた指は彼のそれと重なり、温度を上げていく。
「ねぇ左馬刻」
「なんだ」
「何かお揃いの物買おうよ」
「別に構わねーけど」
「何なら普段持ち歩いてくれる?」
「さあな、お前に言われりゃなんでも持ち歩いてやるよ」
「へぇ、いいこと聞いちゃった」
「テメェ……俺様がたまに甘やかしてやりゃろくでもねーこと思い付いた顔しやがって」
言葉は物騒だが、それでも嫌とは言わない彼に甘えていつもわがままを聞いてもらっているわたしは、きっととても幸せ者なんだろう。
差し掛かった数度目の折り返し地点で、後ろにいる自分のことを見ながら話すわたしに「気ぃ付けろよ」と忘れず声をかけてくれる左馬刻に、うん、と笑って繋がれていた手に力を込め返した。
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