喧嘩編2
* * *
ほんの一瞬だったとは言え、体全身に酷く強烈な刺激を受けたからだろうか。未だドクンドクンと激しく脈打つ鼓動は収まることを知らず、息苦しさは頂点に達しようとしていた。
熱を持った体は、上手く言うことを聞いてはくれない。
浅い呼吸で、なんとか繋いだ言葉は、途切れ途切れにやっと音となってわたしの口からこぼれ出るようなレベルだった。
「……じゅうとさん、っ」
「っ近付くな、」
ビリビリと張り詰めた空気の中、そう言ってなんとか隣にいるわたしの方へ視線を向けた銃兎さんが呟く。
珍しく切羽詰まった表情を浮かべるその額には大粒の汗が滲んでおり、この短時間でどれだけのダメージを蓄積してしまったのかは一目瞭然である。
「銃兎さん、血が…」
「左馬刻に連絡は、」
「しましたけど、」
「っ、…」
「銃兎さん!」
おそらく、外傷的なダメージよりも体の内部へのダメージが大きいのだろう。
喋る度に、苦しそうに表情を歪めてうずくまる姿に思わず駆け寄って声をかけた。
分からない。どうすれば良いのだろう。
そもそも一目見ただけでは、彼の体のどこにダメージがあるのかなんて検討もつかない。せめて負っている怪我が全て外傷的なものだけで済んでいれば話は別だが、途中男が持ち出したのは、あの厄介なマイクだ。それぞれに個々の特徴がある上に、主な効力は精神干渉。下手に素人が手を出すわけにもいかないと、思わず止まってしまった動きに銃兎さんが顔を歪めた。
「……大丈夫、ですから」
「そんなっ、」
「少し休めば元に戻ります…」
「でも、」
「貴方は大人しく自分の心配だけしていればいいんです…」
「できません、っそんなこと…」
「どこまで頑固なんですか貴方は、」
チッと煩わしそうに舌打ちをした銃兎さんの姿は、いつもと同じようでやはりどこか覇気がないように感じた。
苦しそうに肩で息をするその身を案じて、せめてもの償いにと、もう一度目の前にいる彼の名を呼んで近付こうとすれば、その瞬間サッとわたしから距離をとって視線を逸らす姿に違和感を覚えた。
「あの、銃兎さん…」
振り下ろされたナイフが、わたしの体を傷付けることはなかった。直前のところで、あの男とわたしの間に入ってくれた銃兎さんが、その身を呈して守ってくれたから。
しかし、おかげで余計な傷を負った銃兎さんは、そのまま襲ってきた男が放った強烈なリリックをまともに食らってしまった。普段の彼ならばそこらにいるチンピラの攻撃などへでもないだろうが、運の悪いことに使われたそれは正規の物ではなく、違法に改造されたより攻撃性の高い物だったという。
男の口からその事実を聞かされた時にはゾッとしたが、なんとか持ち前のスキルでそれらを打ち負かした銃兎さんは、やはりあの左馬刻とチームを組んでいるだけのことはある。只者ではなかった。
つい今しがたのバトルで、自分を庇いながら、さらに傷を負った体で相手を捩じ伏せた銃兎さんのことを思い返し、なんとかその体を支えようともう一度腕を伸ばした時だった。
「ッ、触るな……!」
自分の肩に触れようとしていたわたしの手を勢い良く払った銃兎さんは、直後ハッとしたように驚くわたしの顔を見て視線を逸らした。
触るな、と言われたことはもちろん理解できる。しかし、少なくともチームメイトである左馬刻の恋人として、ただの他人よりかは信頼を寄せられていると思っていた彼からの拒絶は、案外ズッシリと心に響いた。
銃兎さんは、出会った頃から左馬刻とよく似ていると思っていた。
プライドが高く、自尊心は人一倍で、何があっても周りに頼ろうとしない。
例えどんなに自分が傷付き、弱っていたとしても、それを決して周りには悟られたくないのだろう。大丈夫ではないことを大丈夫だと偽り、助けは必要ないとすぐに格好付けようとするのだ。
長年一緒にいた彼とよく似た、そんな銃兎さんのことである。今回もまた要らぬプライドが邪魔をして痛いと言えないのならば、こちらが先回りしてそれを助けてあげれば良いと思っての行動だったのだが、どうやらそんなわたしの思いは、ただの余計なお節介だったらしい。
「ごめんなさい」
「……」
「嫌なら必要以上は触らないです。でも、せめて止血だけはさせてください」
「いい」
「……」
「俺に構うな」
「銃兎さん、」
どうして、そんなにも強く拒絶するのだろう。
少なくとも、今までの彼であれば、止血一つにここまで頑なな反応はしなかったはずだ。
わたしがどうしてもと言えば、最終的には折れてくれるところがまた左馬刻とよく似たところで、そんな彼の優しさに甘えて、わたしは今日も彼と一緒にいたのだから。
おかしい。やはり、何かがいつもの彼とは違っている。
「銃兎さん」
「……ッ、なんだテメェ、!」
「顔、真っ赤じゃないですか」
「ッ、」
触るなと、そう言ってわたしを拒絶した瞬間から一切こちらを見ようとしなかった銃兎さんの顔を少し強引にのぞき込むと、その顔は誰の目にも明らかな熱を持っていた。先ほど負ったマイクによるダメージか、はたまた物理的な攻撃によって出来た傷のせいか。原因は分からないが、おそらく彼が頑なにわたしを寄せ付けようとしなかったのは、このせいだろう。
今さら何を意地になっているのかは知らないが、やはりプライドの高い彼のことだ。こんな風に弱った姿を誰かに見られることが、余程嫌だったのだろう。
仕方ないなあ、とは思いつつ案外単純なところに拒絶の原因があったことに安堵し、もう一度「銃兎さん」と、その名を呼んだ時だった。
「っ……クソッ」
「え……」
まずは傷付いた銃兎さんの腕を止血しようと、その腕に触れた瞬間。グッと思いもよらぬ力で逆に掴まれた腕を引かれて、わたしは彼の下敷きになった。
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