心を射抜く君の言葉
「良い匂いだな」
「でしょ。お腹空いた?」
「おー」
「ならちょうどいいから少し味見してみて。はい」
二人用の鍋からすくった完成間近のコーンスープを小皿へ移し、それを隣にやって来た彼へ手渡したところで、稼働させていたオーブンがチンと音を立てた。
とても良いタイミングである。
「美味しい?」
「あぁ」
「じゃあスープはこれで完成。グラタンも出来たみたいだからもう少し向こうで待ってて」
空になった小皿を手渡しながら、そう言って興味深そうにオーブンの中を覗いていた左馬刻が、わたしのグラタンという言葉を聞いて納得したようにほぉ、と感嘆の声も漏らした。
おそらく、いつもはここまでしっかり料理をしないわたしのことを知っているからこその反応だろう。久しぶりにその役目を果たしたオーブンの前で、どこか嬉しそうな表情を浮かべる左馬刻の姿は見ていてとても新鮮だ。
「ほら、オーブン開けるからどいて」
「バカ。あちぃだろ」
「そんなこと分かってるわよ」
「代われ。俺がやる」
「え、」
「テメェは飯作ったんだからもういい。後は俺がやってやるよ」
自信満々にそう言ってわたしが持っていた鍋つかみを奪い取った左馬刻は得意顔だ。
こう言っちゃなんだが、嬉しい気持ちとは裏腹にヤクザが鍋つかみというあまりにもミスマッチな光景の前に、思わず吹き出しそうになるのをこらえるので精一杯だった。
「っうお、あっちい」
「ふふ、湯気気を付けてね」
「そういうのは先に言えや」
「中も熱いから気を付けて」
「おぉ」
慎重に、そーっと、いつもの豪快な様子からは想像も出来ないほど丁寧にわたしの言うことを聞く姿はまるで子どものようだ。
試しに何か後ろからちょっかいをかけてみようとも思ったが、万が一それで怪我でもされたらわたしがわたしを許せないので思いとどまった。
考えてみると、一緒に食事をすることは多いがこうして一緒に食事前の準備をするということは珍しい。
もちろん、それは彼が常日頃から多忙で不規則な生活を送っているということにも関係しているが、まず何よりわたしがそこまで手の込んだ物を作らないからということが一番の理由だ。
人並みの料理は出来るし、大きな失敗さえしなければ味も悪くはないだろう。どんなものでも作る度に美味しいと言ってくれる彼に甘えて、深く考えることはしなかったが。それでもたまにこうして手の込んだ物を作ることで彼のこんな姿を見られるのなら、わたしにとってそれ以上に嬉しいことはないのだと思う。
「へぇ、うまそうだな」
「味の保証は出来ないけど」
「お前の作ったもんが不味かったことなんてねーだろ」
「う、掴まれた……」
「何やってんだテメェ」
「苦しい…心臓掴まれすぎて胸が苦しい…」
「ッハ、そうかよ」
胸元を握りしめて蹲ったわたしを見下ろし、楽そうに笑っている左馬刻を見るとさらに胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。
「っとにテメェは俺のことが好きだな」
「それは左馬刻も一緒でしょ」
「まあな」
「ずるい…わたしも左馬刻の心臓掴みたい」
「ばーか。テメェにゃ百年はえーよ」
「おかしいな、何故伝わらないこの愛…」
「伝え方が足りねーんだろ」
「そうなの?」
「知らねーけど」
「じゃあ左馬刻にもちゃんとわたしの愛が伝わるように頑張るね」
ニコリと笑って、しゃがんでいたわたしのはるか上にあるその顔へ微笑む。
「……」
「、左馬刻?」
視線はそのまま。こちらを見下ろしてはいるが、突然何も言わなくなった目の前の彼にどうしたの、と再度声をかける。
彼は仕事上異性(それも下心あり)との付き合いも多い分期待はしていなかったのだが、どうやらこういう女のあざとさにも未だ心を動かされる隙を持っていたようだ。
(よし、勝った)
(あの顔はねぇ。やられた)
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