ただ、大好きなだけ
何か特別な因縁や恨みがあるというわけではないが、今この国のトップに立つ現政権の役人たちが集まっている中央区という場は、どうにも好きになれなかった。
国民の間に、女尊男卑という明確な差をつけ、その権力の象徴としてそびえ立つ高い高い壁は、今のこの歪んだ世界の象徴だと、いつか誰かが言っていた。
「本当にそれわたしも行かなきゃいけない理由ある?」
「あぁ」
「じゃあ言ってみて」
「俺様のモチベーション」
「分かった。ただのわがままね」
ヨコハマ代表として次回中央区で行われるテリトリーバトルに彼が出場するということは聞いていた。
三人一組でチームを作り、他のディビジョンから選出された別のチームとヒプノシスマイクという特殊なマイク使って戦う。勝てばそのディビジョンの一部を領地として奪うことが許され、さらに勝ち進み優勝を飾れば、なんとそこに賞金も発生するという単純明快な仕組みだ。
要は自分たちの力を見せつけて相手を倒し勝てばいい。ただそれだけのこと。
以前左馬刻から軽く話を聞いた時には、どうしてもあと一人メンバーが見つからないと言っていたはずだが、今こうしてお前も中央区に来いと無理矢理誘ってくるあたり、そこらの問題は無事に解決したのだろう。
良かったと言えば良かったが、やはり大切な恋人が武力ではないにしろ戦いに行くのだ。そう手放しに喜んでやすやすと観戦に行けるほどわたしは能天気な女ではない。
「そもそもテリトリーバトルになんの関係もないわたしが通行証も無しに中央区の敷居を跨げるわけがないでしょう」
「んなもんウサポリに頼めや」
「何でわたしが頼む体なの」
「テメェ俺にあの悪徳警官に頭下げろってか」
「無理矢理連れてく気ならそれくらいしてくれてもいいんじゃないの?」
「じゃあ行くんだな」
「どうせこれ以上嫌だって言っても聞いてくれる気ないくせに」
「まあな」
どこまでも横暴なこの恋人の習性はよく知っている。俺様で、自己中で唯我独尊。一度こうと決めたテコでも動かない。
そんな彼の他でもない命令だ。よほどのことがない限りわたしの意思を優先してくれることが多い分、それでも来いというのならそれは彼の中でどうしても必要なことなのだろう。少なくとも恋人としては喜ぶべきその事実に仕方なくうなずいたところで、リビングのソファを占領し、偉そうに足を組んでいた彼の口から煙を発するその白い筒を奪い取った。
後ろ手で、未だ火が点いたままのそれを灰皿に押し付け、もう片方の手で目の前にいる彼の小綺麗な顔に手を添える。
「左馬刻」
「あ?」
「キスしたい」
「いいぜ。しろよ」
「目閉じて」
「気にすんな」
「恥ずかしいの」
「今さら何言ってんだ」
ニヤリと笑って、こちらを試すようにわたしを見上げる彼の唇へ、ゆっくり自分のそれを押し付けて離した。
一瞬軽く触れるだけの口付けだったが、それでもわざと音を立てるように距離を開ければ、予想通りこの一部始終をしっかりと見ていたらしい彼は、もう一度楽しそうにニヤリと口角を上げてから口を開いた。
「それで終わりか」
「なあに?もっと欲しいの?」
「へぇ、言うじゃねーの」
「して欲しい?」
「ばーか。お前がしたいんだろ」
「ふふ、バレちゃったか」
それならもうちょっとだけ、ともう一度押し付けた唇を今度はゆっくり角度を変えながら重ねれば、それを待ってましたと言わんばかりに後頭部と腰へ添えられた手がグッとわたしの体を彼の方へと引き寄せた。
もちろん、その一瞬で崩れたバランスをキスの最中支えることも出来ったわたしは、そのまま流れるようにソファで腰掛ける彼の膝の上へ。正面から向き合う形で、その強引な口付けを受け入れることになった。
「…ん、っ」
「、は……かわい、」
後ろで一つに結っていた髪を解かれ、ふわりと落ちてきたそれをすくい上げた彼が、そのままわたしの耳元に唇を寄せ息を吐いた。
ふう、とダイレクトに伝わる吐息はくすぐったいが快感で、そのままぞくりとわたしの全身を震わせるには充分な効力を持っていた。
気持ち良くて、心地良くて。もっともっと、と声に出来ない欲望の代わりに、密着していた体をさらに彼の方へ擦り寄せれば、それに気付いた彼がわたしの腰に当てていた手をするりと下ろし太ももを撫でた。
「#name1#、」
「ん…」
「こっち見ろ」
「…、」
「良い子だ」
「、っ…」
言葉と同時に、もう一度重なった唇を合図にわたしの体はソファへ倒れた。
ドサリ、と音が立つ少し強引な行為にも関わらず、わたしが頭を打たないよう下に置かれた彼の手はそのまま優しく引き抜かれ、着ていたシャツの裾をたくし上げた。
「左馬刻、」
大好きよ。
腰から直に触れる手の感触に身をよじりながら、最後に一言呟けば、返ってきた俺もという言葉にくすりと笑って目を閉じた。
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