挑発
「やっと目が覚めたか」
「……」
ぼんやりとする視界に、見慣れない天井が写って違和感とともに目が覚めた。
「気分はどうだ」
「……最悪です、」
まだ覚醒しきらない頭で、それでもなんとか言葉を返さなければと、目の前にいた彼に向けて吐いた第一声は、自分でも驚くほどに掠れていた。
辺りを見れば、未だ不確かな視界には薄暗いこの部屋の明かりとは不釣り合いなど綺麗に光る千景さんのアクアマリンのような目だけが写って、思わず体にかかっていた薄い毛布のような物を手繰り寄せた瞬間。そこでいつもとは違う違和感に気付いた。
「あぁ、逃げられちゃ困るからね。悪いが衣服は剥がせてもらったよ」
まさにその言葉通り、わたしは服を着ていなかった。
身に付けているのは下着のみ。まさかとは思い、布団に隠れている下半身にも神経を向けるが、やはり期待は裏切られるものだ。下も衣服を身に付けてはていなかった。
「こうなる前のことは?」
「なんとなく、ですけど…」
「なら話は早いな」
「口封じですか…」
「手段は色々と考えてあるんだ」
そう言って、わたしの寝転ぶベッドの中ほどに腰を掛けた千景さんが、楽しそうにこちらを見ながら微笑んだ。
目が覚めて、少しずつ意識がハッキリしていくと同時に、自分が今どういう状況に置かれているのかは理解していた。
不可抗力とはいえ、あの千景さんの秘密を知ってしまったのだ。そう簡単にここから出してはもらえないだろう。
「目的は、なんなんですか」
「知ってどうする」
「密さんの罪って、なに………っ」
「それ以上話すとまた口を塞ぐぞ」
鋭い眼差しで、言うと同時に唇へ触れた指を反射的に避ければ、それを見た千景さんがすかさず逸らしたわたしの顔を自分に向けさせるよう誘導した。
無理やり頬に触れる手は、もちろん今すぐにでもはたき落としてやりたい。しかし、今自らの体を包んでいるこの毛布から手を離せば、その瞬間わたしはこの男の目の前で下着姿を晒すことになるだろう。自分を陥れてこんな所へ連れて来た男に良いように触れられるのは癪だが、それ以上に恥をかくことだけはなんとしてでも避けなければと、毛布を握る手に力がこもった。
「さすがに冷静だな」
「そうでもないですよ」
「あの能天気な監督と違って君は勘が良さそうだからとずっと警戒していたんだが…やはり俺の読みは間違っていなかったみたいだ」
「そう言う千景さんは相変わらず嘘がお上手ですね」
「どういうことかな」
「もし本当にわたしが頭の良い人間なら、今こうしてここにはいないと思うので」
「確かに。その通りだ」
「……」
「だが嘘ばかりではないよ。君があの監督よりずっと厄介で頭が良いということは事実だろう」
問いかけるように、そう言ってわたしの頬に当てた手をゆっくりと下へ滑らせた彼の指が、微かに唇をかすめる。
頭が良いというのは、確かにその通りかもしれない。いづみはわたしと違って、どちらかと言えば考えるより先に感情で動くタイプだ。打算や損得、計算という言葉は彼女の脳には存在しない。
しかしだらといって、そんな彼女が頭で動くわたしより扱いやすいかと言われれば、答えはきっと否だろう。
「千景さん」
「なに」
「一つ、賭けをしましょうか」
挑発的に笑って、言えば目の前にあったその顔が無表情のままこちらへ振り向く。
「千景さんは、いづみには勝てません」
「……」
「貴方がなんの目的であの劇団に入って、何をどうしようとしているかなんて知りませんけど、あの劇団にあの子がいる限り…千景さんはどうしたって負けますよ」
本当に厄介なのはわたしなんかではない。
あの劇団をドン底から救い上げようと、その天性の才で引き寄せたたくさんの信頼を力にここまで引っ張ってきたのは、いづみとその周りにいた団員たちだ。
もしかしたら、これからこの劇団はこの人の手によって何らかの危機に陥るのかもしれない。しかし、それでも乗り越えられるだけの力と経験をあの子たちは持っているはずだ。
それだけの力を、あの厄介な総監督から受け継ぎ、教えられ、叩き込まれているあの子たちなら。きっとこの先何があったって、それを越えてまた一つ大きくなれる。
彼女がその人生の全てをかけて受け入れ、開花させたあの子たちの信頼という絆は、こんな理不尽なやり方に負けて折れてしまうほど生易しいものではないのだから。
「何も分かっていないというのは、敗北の最も簡単な要因ですよ」
「……」
言うと同時に、ちょうど唇の端から割って入ろうとしていた彼の親指に噛み付けば、そこで元々鋭かった目をさらに細めてこちらを見つめる彼と目が合う。
「なんのつもりだ」
「そっちこそ。恋人でもないのに二度もわたしに触れられると思わないでください」
「口の聞き方には気を付けろよ」
「っ、」
纏うものが何もない状態で、かろうじてわたしの体を覆っていた毛布ごとベッドへ押し倒される。
衝撃で、ふわりと舞った長い髪が枕元に散らばるのを感じた瞬間。それを追うようにして顔の横に置かれた彼の肘が、わたしの逃げ場を一瞬にして塞いだ。
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