全てを演じる


「今この場で全ての主導権を握っているのは俺だ」
「……」
「なんなら二度と言わず三度でも四度でも触れてやろうか」


毛布がはだけて、露わになった肩へ彼の手が触れた。
そのまま、拒否する間もなく無理やり指をかけられた下着の紐は肩から下ろされ、緩くなった胸元に彼の視線が注がれる。


「案外扇情的だな」
「……」
「茅ヶ崎には悪いが俺も男の子なんでね。こうなった以上相手はしてもらうよ」
「同意のない性行為は犯罪だって知ってます?」
「だったらなんだ。言質なんていくらでも取る方法はある」


真顔で言われて、なんとか目の前にいる彼を押し返そうとその肩を掴むも、まるで動かない体に絶望感を感じている暇さえなかった。


「っ、…」
「へぇ、案外良い反応をするじゃないか」


上半身同様、隠す物がなくなって自分の意思とは関係なく晒された脚に彼の手がゆっくりと触れた。そのひんやりとした感触に思わず掴んでしまったシャツはくしゃりと崩れてシワを作るが、彼はそんなことまるで気にしていないとでも言うように脚を滑らす手を止めることはない。
脛から、膝を撫でるようにして通り過ぎ、そのまま明確な意図を持って上へ上へと進んで行く手を、嫌でも意識せざるを得なかった。


「っ、」
「足を閉じるな」


もしかすると、本当にこのまま襲われてしまうかもしれない。
体の動きを封じるように、力ずくで押さえこまれた両手はまるで言うことを聞かず、無意識のうちに閉じた脚すら、それ以上の抵抗は許さないと言わんばかりに押し返された。
当然のように、すぐ目の前へ差し迫る恐怖に涙腺は緩むが、それでも泣くことだけはしなかった。


「、ち、かげさ…っ」
「いいだろう。賭けには乗ってやる」
「っ、」
「だが俺は勝てる勝負にしか乗る気はない。負けた時は……それ相応の対価を払ってもらうからな」
「……っい、」
「#name1#」
「…やっ、」


耳元で、吐息交じりに名前を呼ばれて、わざと大袈裟に出した声はおそらく彼の加虐心に火を付けたのだろう。
そのまま思惑通りにニヤリと笑みを浮かべた彼の手が内ももに触れたところでもう一度甲高い声を上げれば、それを塞ぐようにちゅ、と聞こえた音はおそらく彼の唇がわたしのそれに重ねられた音だ。久しく感じていなかったその刺激にビクリと肩を揺らしたところで、思わず逸らした視線を責め立てるように触れられた頬がじんわりと熱を持った。


「目を逸らすな」
「、っ」
「どう?ずっと不審な奴だと疑っていた相手に拉致までされていいようにされる気分は」
「……っ」
「君みたいな強気な女の子ほど…ボロボロにぶち壊して泣かせたくなるのは男の性ってやつでね、はは…茅ヶ崎に自慢出来ないのが勿体ないよ」
「ほんと…良い趣味してますね…」
「美しいものを壊して自分の手中に置こうとするのは男の本能だよ」
「っ、……、!」
「残念だったね、#name1#サン」


吐き捨てるように、まるでこの事態そのものを楽しんでいるかのように不気味に微笑んだ千景さんの手がもう一度わたしの頬に添えられた瞬間。その手に自らの手を重ねて、擦り寄るように顔を寄せれば、一瞬ピクリと眉を寄せた目の前の彼ににこりと微笑む。


「そういうことなら、相手になります…」
「……」
「千景さん、上手そうだし」
「へぇ…」


それまで固く強張っていた体をゆるりと脱力させながら言えば、そこでプツリと糸が切れたように動かなくなる千景さんの背にゆっくりと腕を回した。
ドクン、ドクンと女として当然の本能からくる恐怖で大きな音を鳴らす鼓動がやけにうるさく感じるが、今はそんなことに気を払っている余裕はない。

震えるな。動揺するな。まだ離れてはいけない。泣くな。とひたすら頭の中で自分を抑えようと今にも漏れてしまいそうな弱音を必死に隠し微笑み続けた。


「…ちかげさん、?」
「触るな」
「え、」
「俺に触るな」


すると、覆い被さるようにわたしのすぐ上にあった彼の体が、その言葉と同時にスッと離れていく。

行き場が無くなり、ふわりと宙を舞う手は我ながら良い演出だと思った。


「下品な女め」
「……」
「抱いてやる価値もない」


そして、最後に一言そう言って酷く冷めた目でわたしを睨みつけた彼が部屋から出て行くのと同時に、プツリと張り詰めていた緊張の糸が切れた。
全身から一気に力が抜けて動くことも出来ず、それでもどうにか動かそうと力を込めた指先は、自分でも呆れてしまうほどに震えていた。


「、はは…」


視界がぼやけて、クリアだった目の前の景色が歪んでいくのと同時に、目尻からは次々と収まり切らなかった涙が溢れる。
溜まっていくそれに耐えかねて、何か拭うものをと倒れていた体を少しでも起こそうと視線をずらせば、そこで目に入る少し先の鏡に写った自分の姿があまりにも情けなくて、思わずぎゅっと握り締めた手触りの良い毛布を頭から被って嗚咽を漏らした。


「っ、…」


バレなくて良かった。
勘付かれなくて助かった。
けれど表面上はいくら取り繕ったところで、あのどうにも出来ないまま全てを支配されるような恐怖が薄れるわけではない。
グッと力を込めても、なんの抵抗にすらならなかった自分の無力さが憎い。


「……っ、怖か、った、…」


もしもあそこで、わたしがあぁして偽りの自分を演じていなかったらーーー考え得る限りの最悪のケースを考え、再びポタリと落ちてくる涙を、今はただ一人でどうにかする事も出来なかった。

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