鎖をほどく方法


「復讐の為だけに生きるのって……疲れませんか」
「……」


わたしを見張るように同じ部屋で黙々とパソコンを操作していた千景さんが、その言葉に一瞬何かを探るようにこちらを見つめ視線を逸らした。


「別にだから復讐をやめろなんて綺麗事を言うつもりはありませんけど、一瞬でも何か他のことに視線を向けてみると、案外人生って色々な選択ができるものですよ」


かつて自分がそうだったからこそ分かる。何か一つのことに囚われ、縛られ続ける人生というのはとても窮屈で苦しいものだ。
例えば、わたしの場合それは生まれてこの方ずっとそばにいた双子の姉ーーーいづみという存在であり、そのたった一人の存在はただそこにいるだけでいつでもわたしを苦しめ続ける要因であった。


「急に何を言い出すのかと思えば、偉そうに俺を諭そうとでも?」
「まさか。わたしは千景さんにそんなこと出来る立場じゃありません」
「だったらなんだ」
「別に。ただの昔話です」


幼い頃、まだ人を憎むなんて言葉すら知らなかったわたしに、それでもずっとそれに近い感情を抱かせ続けたある一人の女の子の話。

その子は、目に見える明確な技術という点で圧倒的にわたしを下回っていたにも関わらず、そんな技術よりも不確かな目に見えない才能で当時のわたしから大切なもの全てを奪っていった。
例えば、自尊心。例えば、大好きな人。
接した者全てを虜にするその才能は、彼女の唯一絶対の武器であり、どうしたって自分なんかでは手に入れられないもの。人に愛されるという無意識の才能を知らずのうちに開花させていた彼女は、物心ついた頃からわたしにとってのコンプレックスそのものだった。


「大嫌いな子がいたんです。ずっと」


彼女がいるから自分は愛されない。彼女がいる限り自分はいつまでも脇役。例え作られた劇の中でどんなに良い役を演じても、最後に愛されるのは彼女の方だと決まっていた。
自分がたくさんの努力を重ね、積み上げてきたものをいとも簡単に打ち砕く彼女のその笑顔が、大嫌いだった。


「酷い顔だな」
「ふふ、人を憎む嫌な女の顔でしょ」
「あぁ。君もそんな顔が出来たんだな」
「嬉しそうな顔しないでください」
「俺個人的にはあの寮でヘラヘラ笑っている君より今の君の方が好感を持てる」
「千景さんは本当に捻くれてますね」


いったい、過去の何が彼をそんな風に変えてしまったのだろう。おそらく、その答えの核心である密さんとの関係も分からない今、ただ囚われているだけのわたしには何も理解出来ないが、それでも酷く悲しいと思った。
きっと、彼だって生まれてこの方ずっと誰かを憎み、恨み続けてきたわけではないはずだ。その人生の中には、きっと少なからず誰かと寄り添い、笑い合う時間があったはず。「幸せ」という幸福な記憶があったからこそ、戻らないその時間の為に憎むことしか出来ないのだとしたらーーーそれはどれほど悲しいことだろう。


「あなた様は、どなた様ですか」
「は……?」
「お名前は?魔法使いさん」


憎しみに囚われ、悲しみに縛られた誰かを救おうなんて善人のようなことは考えていない。しかし、そんな真っ暗な人生の中でたった一欠片でも自分の心を軽くしてくれる何を見つけた時、それがどれほど自らの人生を変えてくれるのか。知っているからこそ、教えてあげるなら自分しかいないと思った。


「急に何を言い出すのかと思えば、」
「オズワルドは、もう一人の貴方」
「は、?」
「千景さんが彼を生かして、彼の人生を生きるんです」


復讐という、唯一絶対の目的を持って、おそらくそれだけの為に今を生きているであろう彼にこんなことを言うのはお門違いなのかもしれない。けれど、その言葉を聞いて一瞬ハッとしたように目を見開いた彼の姿に微笑む。


「あなた様はどなた様ですか」


千景さんは、やはりその問いに口を開くことはなかった。
ただジッと黙って、リックのセリフを繰り返しすわたしに視線を向けたまま、ゆっくりと目を閉じ、息を吐くだけ。
お前とはもう何も話したくないと態度だけで告げているようなその表情を見て多少の虚しさは感じたが、それならばとすぐに次の言葉を考えているあたり、やはりわたしも正反対とは言え正真正銘あのお節介な姉と血を分けた姉妹なんだと思った。


「わたしは、立花#name1#です」
「知ってる」
「千景さんのことが嫌いです」
「だろうな」
「でもわたし以外のあの劇団のみんなはきっと千景さんのことが好きです」
「何を根拠に、」
「だって千景さんはもうMANKAIカンパニーの一員だから」
「え、」
「そこにどんな事情や思惑があっても、あの子たちには関係ない。ただ新しい団員として入ってきた貴方を、それだけの理由で受け入れて認めている。だから千景さんには、そんなバカな団員たちにも少しは目を向けてほしいと思っています」


特に咲也くんや、綴くんや、いづみ。わたしのような警戒心の塊で自分を見つめる誰かより、少しでも自分を受け入れようとしてくれている誰かに視線を傾けてみれば、そこには確かに憎しみだけでない何かが生まれるはずだ。


「こんな打算だらけで危ない千景さんを受け入れるなんて、自分で考えてみても心の広い子たちだと思いませんか」
「……馬鹿ばっかりか」
「ふふ、ですよね」


彼も自分で気が付いていないのだろう。そう言って、言葉を発した瞬間かすかに微笑んだ顔はおそらく本物だった。
まるで何かを思い出すように、慈しむように柔らかく弧を描いたその表情は、彼の中にあるいつかの幸せを思い出したからなのだろうか。
今まで見せたことがないような表情でこちらを向いた彼と偶然交わった視線に、わたしもにっこりと笑って笑顔を返した。


「………君も案外馬鹿みたいだな」
「そうかもしれませんね」


さすがにずっとそれじゃ風邪を引くだろうと、数時間前彼が乱暴に手渡してきたパーカーのポケットに、両手を入れながらうなずいた。

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