力な割に頑張ってたよ、インチキエリート。開口一番、そう言って顔を合わせたわたしに飴なのかムチなのかよく分からない報告をしてくれた幸くんは、本当にいつも通りだった。
隣で同じ様に自分専用の洗顔フォームで顔を洗っている天馬くんと並ぶ姿は、相変わらずこの洗面所お馴染みの光景のようだ。
「それより、もう体はいいのか」
「うん、心配かけてごめんね」
「別に。俺は大して心配なんて、」
「エリートクソメガネに結構本気で怒ってたじゃん」
「ッバ、おま……!」
「そうなの?ありがとう天馬くん」
「ッ、ち、違う!違うからな!勘違いするなよ!俺は別に、」
「はいはい分かった分かった」
「何が分かったんだよ!」
幸くんの言葉に激昂して怒る天馬くんは必死に違うと言っているが、おそらくこの反応を見るに事実なのだろう。
本人を前にして自分が感情的になっていたということをバラされ、顔を真っ赤にしている天馬くんには悪いが、やはり嬉しいものは嬉しい。
もはやこの寮では恒例となっている二人の掛け合いに笑みを浮かべ、唐突に告げられた事実に、もう一度「ありがとう天馬くん」と告げれば、そこで照れ臭そうにプイッと顔を背けた彼の姿に、なんだかとても安心してしまった。
「割と元気そうじゃん」
「え、」
「普通に笑ってるし」
洗顔し、濡れた顔をタオルで覆っていた幸くんがそう言ってこちらに視線を向けた。その表情はいつも通りクールで、年の割にはずい分と落ち着いて見えたが、その奥に宿る真意に気付けないほど、わたしはバカになれなかった。
「ありがとう」
「はあ?何が、」
「本当にみんな心配してくれてたんだね」
「まあ、そりゃ一応ね。顔見るまでは心配だったけど、案外大丈夫そうで安心した」
「うん、」
「とは言っても平気なのか?これから」
「え、」
「左京さんはアンタの意思を一番に尊重するって言ってた。本人もそれに納得はしているようだったし、しばらく顔合わせることはないと思うが…」
言いづらそうに、少しだけ控えめに口を開いた天馬くんが、そのままわたしの様子を伺うように視線を寄越した。
その心配そうな顔を見て、いったいなんの話だと一瞬答えに困ったものの、よく考えてみれば、簡単なことだった。
おそらく、彼は気を使って具体的な名前を出さなかったのだろう。
わたしにとって、既に大きな恐怖の対象ではなくなっているあの人をのことを、あまり思い出させないように。言葉を紡いだ後も、どこか気まずそうに黙り込むわたしの様子を伺っている彼の姿を見て、やはりこれ以上劇団のみんなに余計な心配をかけるわけにはいかないと思った。
「大丈夫だよ」
「……」
「ちゃんと、話さないとね」
今回のこの事件の当事者である千景さんはもちろん、至くんにも。密さんにも。きちんと事の経緯を説明し、わたしはもう大丈夫だと伝えなければ。
全てが解決し、和解できた今だからこそ、これ以上わたしが何も話さず伏せっていては、戻ってきた千景さんにも余計な罪悪感を植え付けるだけだ。もちろん、そんな事はわたしの望む事ではない。
「千景さんは?」
「は?」
「え、」
「アンタ正気?」
「昨日の今日で会う気か」
誘拐犯と被害者。この数日で嫌でも植え付けられてしまった様子の関係に、思いがけず異論を唱えられ、苦笑いを返すことしか出来なかった。
「やっぱり、やめた方がいいかな」
「俺たちに聞くな」
「じゃあ、至くんと密さんは?」
「密さんなら寝てる」
「インチキエリートは帰ってからずっと部屋だけど、何してんだか」
「起きてるかな」
「さあ?行くだけ行ってみれば?」
まだ確実に寝ているという密さんを選択肢から外し、それならばと少しでも話せる可能性の高い至くんの部屋へ向かった。
しかしながら、時刻はまだ早朝といっても過言ではない時間だ。昨夜あの部屋からわたしを連れ出してくれた彼が、そう都合良く起きているはずもないだろうと、ほとんど期待もせずに扉をノックしてから数秒だった。
「#name1#ちゃん?」
「あ、至くん」
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