その目に違和感


卯木千景です。よろしく」


春組の新団員として至くんの紹介でやって来た彼から、オーディション終わりにそう言って握手を求められたのは、何も不思議なことじゃなかったと思う。
ニコリと笑って、人好きする柔らかな雰囲気を纏うその姿は、どこか出会った頃の至くんに似ていて。しかし彼が至くんと違うのは、その裏に巣食っているであろう圧倒的に普通ではない何か。千景さんは、あの至くんとも比べ物にならないくらい底が見えない。というより、全てが作り物のように淡々としていて人間味が感じられなかった。


「#name1#さん、だっけ?」
「え、あぁ…すみません」


差し出した手になかなか反応を示さないわたしを不思議に思ったのだろう。首をかしげてこちらの反応を待っている彼は少し困惑気味だ。そのキョトンとした表情だけを見れば、何も疑うことはないのだろうが、いかんせん、その全てが余りにも出来すぎて違和感を感じずにはいられなかった。


「先輩、言っときますけど#name1#ちゃんに触れることを許すのは後にも先にもこの一回だけですからね」
「へぇ、そういう関係か。意外だな。肝に命じておくよ」
「いえ、違いますので大丈夫です」
「茅ヶ崎の片思いか。さらに意外だな」
「黙秘」
「あはは、まあ監督さんと揃って二人とも美人だもんね。分かるかも」
「……先輩?」
「冗談だって。睨むなよ」


おそらく社交辞令だろうが、ここまで心にも無いことを言われていると感じたのは初めてだ。胡散臭いにもほどがある。
もちろん、一度疑ってしまったことによる偏見も多少は混じっているという自覚があるが、それでも、思えば思うほど目が笑っていないような気がして、ゾッとする。
いったい、彼は何を考えているのだろう。


「ねぇ至くん」
「ん?」
「千景さんって本当に至くんの上司?」
「え、」
「ていうか、本当にただの会社員なのあの人」


いくら立候補とはいえ、正式にオーディションを受け、うちの総監督であるいづみから入団を認められた以上、彼がここにいることに今のところ文句は無い。
しかしその入団を手放しに喜べるかと言われれば、答えは非常に微妙なところだ。千景さん自身、演劇に何か特別な思い入れがあるというわけでもなさそうだし。


「どうしたの。心配?」
「いや、心配っていうか…」
「まあ確かに先輩は掴みどころ無いし、チートだから近寄りがたい雰囲気はあるけど悪い人じゃないよ。多分ね」
「多分なんだ、」
「保証は出来ない」


自分が連れてきた割にずいぶん無責任なことを言っている彼は、それでもあの人に対して多少の信頼は置いているのだろう。でなければ本来最も遠ざけるべき対象である会社の人間をここへ連れて来ることはないはずだ。
だとすると、やはりわたしの思い過ごしなのだろうか。


「それより#name1#ちゃん」
「ん?」
「いくら先輩が俺クラスのイケメン属性だからって惚れちゃダメだからね」
「それは大丈夫。至くんの方がタイプだから」
「え…」


入団が決まったことで早速歓迎モードの春組に囲まれている千景さんから、目の前の至くんへ視線を戻してそう告げた。


「俺も好き」
「もって何。わたし今そんなこと言ったっけ?」
「でも#name1#ちゃん俺のこと好きでしょ」
「それは好きだけど、」
「はい言質とった。付き合おう」
「いやだ」
「何で」
「至くんのそういうところ疲れそう」
「え、そうところってなに。どういうところ」
「……そういうところです」


ジッとこらを見つめて、まるで犯罪者のように(は言いすぎだけど)据わった目をこちらに向けている至くんの執念深そうなところが凄く嫌だ。仮にもし付き合ったとしても、あの目に四六時中監視されたらと思うだけで既に怖い。やはり無理だ。


「#name1#ちゃんの理想の彼氏像」
「あと5歳年とった万里くん」
「まじか。ざまあみろ学生」
「年齢以外なにも勝ててないって自覚ないのかこの人には」
「あ、綴くん。ちょうど良かった。少し相談があって」
「なんすか」
「わたしをここから連れ出して」
「………」


余程嫌なのだろう。ニコリと笑って目の前にいる綴くんの手を掴めば、それを見た至くんがすかさず後ろからわたしの腰に腕を回して引っ張った。


「離してください#name1#さん」
「嫌だ。助けて綴くん」
「俺を面倒事に巻き込まないでください」
「酷い!わたしを見捨てるの!?」
「あぁ、もう変なスイッチ入った…」
「いいからそのまま手離せよ綴」
「いや離してくれないの#name1#さんなんで」
「つづるく〜ん…」
「くそ綴お前まじ許さないからな」
「はあ…もう、」


無理矢理握られた手はそのままに。吐かれた溜め息は彼がまだ十代だということを疑ってしまうほどの濃さだった。

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