微かな綻び
* * *
「すみません、急に…」
「構わないよ。話って何?またインタビュー?」
「いや、今日は脚本とか関係なく、純粋に千景さんと話がしてみたくて」
「へぇ、それは嬉しいな」
場所は綴くんが紬さんから教えてもらったというオシャレなカフェ。そこで4人掛けのテーブルにまず二人を向かい合わせに座らせたわたしは、綴くんの隣ーーーつまり千景さんからは一番遠い対角線上の位置に腰を下ろした。
「#name1#さんも、綴と同じかな?」
「はい。ちょうど暇だったので」
個人的なお出かけの後に無理矢理着いて来いと綴くんに駆り出されました。という言葉は笑顔の裏に飲み込む。
「まあ、こうして誰かと時間をとって話すってこともないよな」
「寮にいるとなんだかんだで賑やかっすから」
「どこにいても人の気配がして、大家族って感じだよね」
「千景さんとか、ちょっとうるさく感じたりするんじゃないっすか。俺には馴染んだ光景ですけど」
「綴は家族が多いの?」
「十人兄弟っす。俺が三男で、下に七人弟がいます」
「え、そんなにいたの」
「俺前に言いましたよね?」
ちょうど運ばれてきたアイスティーに伸ばしかけていた手が止まる。
「そうだっけ」
「絶対言いました」
千景さんは、そんなわたしと綴くんのやり取りを見て朗らかに笑ってはいるが、相変わらず自ら進んでその中に入ろうとはしなかった。というより、どちらかと言えばこちらを上手く誘導して話をさせているといった感じだ。
「千景さんはどうでした?」
「え、」
ならば、何か会話の糸口になればとちょうど話の中心だった家族のことについて触れれば、ほんの一瞬だったが、それまでにこやかに笑っていた千景さんの表情に明らかな影のようなものが落ちた。
「…俺は普通だよ、三人」
「じゃあ慣れるまで大変っすね」
「まあ、ある意味新鮮で面白いかな」
「……」
綴くんは、何も気付いていないようだ。
一瞬小さな綻びを見せた千景さんも、次の瞬間にはもういつも通りの笑顔を取り戻していた。
「至さんとの二人部屋はどうっすか」
「この歳で二人部屋っていう経験もなかなか無いしね。楽しんでるよ。もともと知ってる間柄だし」
「至さんって、会社ではもっとちゃんとしてるんすよね?」
「会社では、な。俺もまさかあんな奴だとは思わなかった」
気のせいだろうか。しかし、明らかに表情が曇ったのは事実だ。かといってそれが千景さんを知る上でなんの役に立つのかと聞かれれば、それも一理ある。
話は既に他へ移っているし、深く追求するようなことでも無いのもしれない。
「そういえば、茅ヶ崎って妙に#name1#さんに懐いてるよね」
「まあ、」
「付き合ってるわけじゃないんでしょ。鬱陶しくなったりしないの?」
「そりゃしますよ」
グラスに軽く口を付け、移ってしまった僅かな赤い跡を拭きながら答える。
「でもその分、わたしもあの人には助けられてますから。嫌いになることはないと思います」
「へぇ」
「千景さんにも、そういう相手くらいいるでしょう?」
例えば、家族や友人。二人いるというその兄弟のことを想定してカマをかけたのだが。そこはさすがの千景さんだった。そもそもこちらの意図が伝わったかどうか定かではないが、今度は先ほどとは違い、眉一つ動かすことなく「そうだね」と言われてしまった。
「信頼してるんだ、茅ヶ崎のこと」
「至くんがどうっていうより、団員のことはみんな平等に信用してます」
「どうしてそんなに人を信用できるの?もしかしたらって、疑ったりしないの?」
「まさか。誰も彼も無条件に信じたりはしませんよ」
団員のことは、それだけ長い時間一緒にいたからこそ分かるのだ。何も最初から全員認めて信じていたわけではない。
「わたしは、ボランティアであの劇団に力を貸しているわけじゃありません」
「……」
「だから、信用出来ないと思った人間は容赦なく切り捨てます」
「……」
意味ありげに、その瞬間だけ妙につり上がった口角が、やはりまだこの人は信用すべきではないと告げている。
「案外よく見てるんだね」
「肝に命じておいてください」
お互い、笑顔は崩さなかった。けれどその内に巣食う真意は明かさないままそう言って見つめ合うわたし達二人を、綴くんはただジッと眺めて不思議そうにしていた。
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