無条件の信頼と疑念
「てことは、感情を乗せる以前にそもそもオズの心情を理解出来ないってこと?」
「だと思う」
「演劇やるには致命的な欠点だけど、本人どう思ってるの」
「一応少し話して、考えてみるとは言ってたけど…」
「それ絶対考えないでしょ」
「わたしもそう思う」
綴くんと二人で、あの千景さんと話をしてから数日。その日のうちに無事インスピレーションが湧いたという綴くんによって完成された台本は、彼が詐欺師役となる魔法使いの物語だった。
初めての主演ということで当て書きされているその役は、もちろん千景さん自身もやりやすいという彼にとっては最適な役だったが、ただ一つそんな役の中にもどうしても彼とは合わない部分があった。
「そもそも千景さんって感情あるの」
「それはさすがに、」
「わたしあの人と話しててもなんか人と話してる感じしないんだよね」
「、どういうこと?」
真ん中に台本を広げて、そのすぐそばに置いてあったロックグラスに自分用のお酒を注ぎながら言えば、そんなわたしの手をすかさず止めに入ったいづみが食い気味に問いかけた。
「どういうって言われても、そのままの意味としか…」
「もっと具体的に」
「ん〜…なんか機械相手にしてるみたいに感じるっていうのかな」
「咲也くんが、今日それと似たようなこと言ってたんだよね」
「え、」
「千景さんとお芝居をしてても、人形と一緒にやっているような気持ちになることがあるって」
「あぁ…分かる。そんな感じだ」
目は合っていても、どこか違うところを見ているような気がして、彼を感じないと言った方が分かりやすいだろうか。
「やっぱり、春組と千景さんの間にはまだ距離があるのかな…」
「いやあ…根本的に千景さん自身の問題でしょ」
今度こそ注ぎ終えた焼酎入りのロックグラスを口元に運びながら答える。
そもそも、あの普通とは言えない違和感が彼自身から出ている時点で、問題は春組のチームワーク云々ではないだろう。このままでは、きっといつまで経ってもあの人だけが春組の中で浮いた存在になるということは、言わずとも明らかである。
「#name1#は何か知ってるの?」
「何かって?」
「なんか、千景さんのこと分かった風な言い方だから」
「まさか…分かってたら苦労しないよ」
「でも#name1#って千景さんから嫌がられてないよね」
「それこそどういう意味」
「いやどうって…」
口籠るいづみに、今一度どういうことだと問いかければ、そこで観念したように白状した彼女の口から出てきたのは、まるで予想もしていなかった言葉だった。
「……はい?」
「や、だから千景さんって女の人嫌いでしょ」
「そうなの?」
「え、違うの?」
「聞いたことないけど」
「……嘘?」
「それは知らない」
彼がいったいどういう意図を持っていづみにだけその事実を告げたのかは知らないが、とりあえず今はまだそれが真実かどうか判断する材料も無いのだ。これでますます彼に対する疑惑の念は深まったが、現状出来ることは何もない。結局は、彼の方から何かアクションを起こしてくれるまで待つしかないのだろう。
「ちなみに…春組のみんな今日は千景さんを誘って舞台の上で寝るって言ってたんだけど、」
「来ないに一票」
「そこまでアッサリ切り捨てなくても、」
「だってあの人ここの誰にも心開いてないでしょ」
「それは、まあ…そうだけど」
「これからどうなるかは分からない、って?」
「……」
「いづみは本当優しいね」
同じ双子なのに、誰か一人に対する感情がここまで違うものかとむしろ関心するくらいだ。きっと、彼女のこういう真っ直ぐで純粋なところが、わたしにとっては一番のコンプレックスであり、苦手な部分なのだろう。
「優しいっていうか、まだ何も分からないのにその人を疑いたくないってだけで…」
「うん、分かってる。いづみはそれでいいよ」
どうしたって、わたしには真似出来ない。その真っ直ぐな思いやりは、いづみが持っているからこそ意味があるのだから。
「いづみくらいは、千景さんを信じててあげなよ」
「そんなこと言って…#name1#だって信じてないわけじゃないでしょ」
「さあ、どうだろうね」
少なくとも、現時点で信じているとは言いがたいほどの疑念を抱いているのだ。いづみが彼をどう思おうが勝手だが、わたしはわたしで彼を疑うことをやめるつもりはない。
「あ、瓶空だ……ワイン持ってくる」
「こら、今日はもうやめなさい!」
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