「———っ」
目が覚めた途端、ベッドから飛び上がる。
汗でぐっしょりと濡れた肌にまとわりつく、布の感触が気持ち悪い。
「はっ、はっ……っ……」
酸素をうまく吸えない。喉に気持ち悪いわだかまりが残る。
思考を落ち着かせ、ゆっくりと呼吸を整えていく。
「はあ……はあ……」
先ほどの悪夢を反芻する。夢だというのに、脳裏にこびりついたあの光景が、匂いが、まるで現実だと訴えるように身体に残っていた。
「う……」
思い出しただけで吐き気が込み上げてきた。
出してはいけないと口に手をあて身体を屈めると、汗ではない別の何かが零れ落ちる———それは涙だった。
朝になり、目覚めれば決まってこれだった。
もう“何度目”になるだろうか。
「……またか……」
自分は、あの惨劇を見続けている。
「きーくんー、起きたー?」
部屋の外から聞きなれた声がする——自分の名を呼ばれたキィザは、無意識に安堵した。
「お、今日は起きてる」
「おはよう——兄さん」
うん、おはよう、そうにこやかに言った人物は、自分の十歳上の兄——チセリートだった。
兄は手に持った器をベッドのサイドテーブルに置く。
「目覚めの一杯はいかがかな?」そう言い渡されたティーカップを、キィザは「ありがとう」と受け取る。
くい、と口に含むと、ほろ苦い味に独特の風味が広がった。
「どう?今日はうまく入れられたんだ」
「うん、おいしい。昨日買ったやつですか?」
「そうそう、一緒に街にでかけたときの」
なんの他愛もないやり取りに、先ほどより鼓動が落ち着いたのを感じる。思考が現実へと戻っていく。
「……また、見たの?」
その言葉にどきり、とする。違う、そう言いたかったのに、先ほどの光景が脳内を駆け抜け、咄嗟に口を噤んでしまう。
その様子をチセリートは肯定と受け取ったのか、そう、と椅子の背もたれに寄りかかった。
「大丈夫ですよ」
慌てて平気な顔を作ってみせた。こんな風に聞かれるのはこれが初めてじゃない。
この頃、朝に兄が自分の部屋まで様子を見に来るのは、これを確認するためでもあるようだ。兄には余計な心配をかけたくない。
「無理しないで」
チセリートの手が優しくキィザの頭に置かれる。
「頼っていいんだよ」
その後も、ぽんぽん、と安心させるように頭を撫でられた。
「……子ども扱いしないでください」
「あはは」ごめんごめんと言いながら、寝ぐせで乱れた髪を整えられ、手が離れていく。
それに少しだけ名残惜しさを覚える自分に、この人の前で自分は一生子供なんだろうなと思わされた。
突然、あ!とチセリートが何かを思い出したように呟いた。
「そうだきーくん、早く支度しないと」
言われて自分もはっとする。今日が何の日だったか。
巫女祭——年に一度開催されるこの国一番のお祭り。その年の豊作や繁栄の願いと、数百年前の神々を鎮めるために代々の巫女が儀式を執り行う。
その際に特別な石を媒介として、今年一年の予言がされるといったもので、それは他の国にとっても珍しく毎年他国から来る人は絶えない。
そのためか儀式が行われる神殿回りには多くの屋台が開かれ、お祭り状態になる。噂によると各国の代表もこの儀式に顔を出すらしい。あくまで噂だが。
「今は何時?」
「朝の第二刻——九時だね」
チセリートがちらりと外を見やる。町の時計塔は、既に針が上を向き始めていた。
「わかった、急いで支度します」
「うん———あ!」
また突然に声を上げたチセリートに、キィザは思わず肩が跳ねた。
「朝ごはん作ったから、一緒に食べよう?」
兄のあふれんばかりの笑顔に、キィザはじんわりと胸が温かくなるのを感じながら、はい、と返事した。
支度を終え家から出た二人は、中心街から聞こえてくる沢山の人の声に心弾ませる。
少し小高い丘の上に、キィザ達の家はある。街へ降りるための道は一つしかなく、所々風化した石レンガの階段を普段は躓かないよう歩いて降りるのだが、今日は少し駆け足で街へ向かった。
街の一片につくと、賑わいは一層増した。路上の木々の間には旗が括られ、見上げるとほんのりと光る球状のランプが浮かんでいる。
空に浮かんでいるのはそれだけじゃない。
長い棒状の杖、馬のいない馬車、大きな絨毯——どれも複数の人が乗ってる。
今日だけしか見られない光景、他の国の民が来ている証拠だ。
他にもいたるところに結晶の装飾がなされている。お店の看板、道、すれ違う人達でさえ必ず一つは結晶を身に着けている。見渡す限りが光の波となっていた。
「いやあ、今年も眩しいね」そう言いながらチセリートは、自身の首元に手を置く。
チセリートもまた同じように、一つの結晶を身に着けていた。
巫女祭では、あることが義務付けられている。それは、自分の誕生石の鉱石を身に着けてくること。これが今日の儀式に参加するための義務だ。
巫女祭は他にも意味を持つが、それは追々説明しよう。