遡る事、十数分前。
東都デパート周辺には既に多くの警察車両と報道車両が停まっていた。
ー東都デパート 米花店 正面エントランス前
警視庁へ届いた犯行予告ーいや、この場合、既に事件として発生してしまったため犯行声明と言うべきだろう。それは直ぐ報道機関へ公開され、各メディアに取り上げられた。
この事件の担当となった捜査一課は人質を救出し犯人を逮捕するべく、警備部機動隊を引き連れて現場へ急行した。
また各報道機関は事件の全てを記録する為、同じくして現場へ向かっていた。
それにより、現在東都デパート米花店前の歩道と車道には規制線が敷かれている。
規制線によって分断された危険区域の内側には多数の警察と機動隊、外側にはテレビカメラや記者などの報道陣とその近くをたまたま通りかかったであろう野次馬でごった返していた。
それだけならまだしも、殆どの民放テレビ局が規制線の外側からリアルタイムのライブ中継をしており、それをテレビで見ていた近隣の一般人がわざわざ見に来始めている。
最早交通部の警察官が対応しきれない程、デパート前の歩道ならびに車道はそれはそれは大騒ぎになっていた。
「先程警視庁に犯人と思われる人物からの犯行声明が届いたとのことです」
「警視庁によりますと、この東都デパート米花店内にて拳銃等を武装した複数名が客と従業員を人質に取り立て籠もっているようです」
「また犯行声明には金銭の要求だけではなく、爆弾の設置を仄めかすような文章もあったとのことです」
「…………」
テレビ局がライブ中継している様子を、規制線の内側に位置する車道に停止しているパトカーのドアに背を預けながら顰めっ面で眺めている男が1人。黒のスーツに少しゆるめのシャツ、更に黒のサングラスを掛ける男ーその名を、松田陣平。
松田はジャケットのポケットに入れたスマホを取り出し、通知をざっと確認する。
彼が現在進行形で事件発生中の現場でわざわざ確認したい事はただ一つ。その一覧に先程警備部で親友との話に上がった人物ー"羽生静"という名前があるかどうか、ただそれだけだ。
だが、折り返し電話の履歴もない。
勿論トークアプリの既読通知もない。
山程有るのはうざったい元教育係からの着信履歴だけ。
ちなみにこれは折り返そうがしまいがどのみち面と向かって小言を喰らうので、いっそのことスルーする予定だ。
羽生静に関して、松田が想像している最悪なパターンが刻一刻と現実味を帯びているのだ。
正直な話、それどころではない。
メディアに犯行予告を公開すれば、それは一般人にも直ぐに知れ渡る。
その結果、非現実的な物珍しさに好奇心を抑えられなかった人間は軽率に事件現場に押し寄せる。
それは犯罪が多発する"普通じゃない"この街でも、残念ながら例外ではないようだ。
「チッ…もうこんなに集まってきやがったか」
(暇な奴等だ。コッチは命懸けで此処に来てるってのに…)
まあ?その暇な奴等も含めて、この国の民を守るために自分達は日々命を懸けて職務を全うしている訳だが?
そんな苛立ちを片隅に、有る事無い事を勝手に騒ぎ立てるメディアに対して隠す気もなく一つ大きめの舌打ちをくれたところで。
転属当初に自身の教育係を担っていた、先程の大量着歴通知元となる人物が荒々しく自分の名前を呼びながら近づいて来るのを松田は視界に入れた。
「居たッ……!松田君!」
かつての教育係であった同僚の女性刑事、佐藤だ。
その後ろから部下兼佐藤の恋人である高木も来ている。
「うるせぇな…そんなデケェ声出さなくても聞こえてる」
「今まで何してたのよ!急に飛び出して居なくなったと思ったら一人で現場に来て!何回も電話したでしょう!?」
「別にサボってる訳じゃねえんだ。何処で何してようと俺の勝手じゃねえか。こうしてちゃんと現場には来てるんだからよ」
「ッ何よそれ!貴方ねえ…!」
「まあまあ、佐藤さん落ち着いて…」
佐藤はどうやら自分が一人で此処に来た事に対して怒っているらしい。
らしいというよりどう見てもそうでしかない上に、そもそもそれ以前の問題なのだが、松田にとっては佐藤が怒っていようが怒っていまいがどちらでもいいことなので全く気に留めていないのだ。
それを佐藤も分かっているからこそ余計に腹が立つという悪循環が起こっているのだが、それもまた松田にとってはどうでもいいことでしかなかった。
「大体貴方は毎回そうじゃない!勝手にも程が」
「オラ、先行くぞ」
「あ!ちょっと!話は終わってないわよ松田君!」
何で現場に来てまで怒鳴り声でくどくど説教されなくてはいけないのか。
面倒くさそうな事には物理的に離れるのが一番だ。
佐藤のご機嫌取りは適任といえるであろう高木に任せるとして、松田は自身を呼びにきた二人を置いてさっさと上司である目暮の元へ向かっていた。
なおこの松田の些細ながら勝手な行動により益々佐藤の怒りが収まらなくなるのだが、お察しの通りそれは松田の知った事ではないので以下略といったところだ。