目暮達のパトカーから少し離れたところに、機動隊専用の車両が停められている。
職務を全うするため、彼等にとっては欠かせない防護服や防御盾を詰めたその車両は重たく鈍色。或る意味異質な存在感を放っている。
そんな車両付近で2人の男が薄い軽量タイプのタブレットを持ちながら話し合っていた。
「−こうなった場合はプランCへ移行する」
「俺の隊は奥へ回るってことで?」
「そうだ。私の隊が上階へ向かうのと同時に奥の従業員専用フロアを捜索、所要時間は10分以内だ」
「承知」
機動隊の特殊部隊である爆発物処理班に所属する萩原研二は軽装な警備服を纏い、今回の現場における処理班全体の作戦パターンについて隊長と最終的な擦り合わせを行っていた。
「何かあれば逐一司令部へ報告しろ」
「ん?……ヤダなァ隊長。新人じゃないんスから、そんなこと言われなくても分かってますって!」
「そう言って毎回勝手な事をするのは誰なんだか…」
「いやぁ〜?一体誰でしょうねえ?」
分かんないなぁ〜?
ジッと細められた視線を萩原はひらりと躱す。
とぼけているのは勿論わざとだ。自覚なんてありまくり。こうやって毎回無理矢理あやふやにするものの、注意の言葉だけで済まされるのは彼ー萩原が決して任務を失敗しないからだ。
極論になるが、態度が良くても爆弾を解体出来なくては意味が無い。
そして萩原は時に上司の命令に反して自分の意志を突き通すが、それでも必ず職務を全うさせてきた。
現に今萩原と言葉を交わす隊長と呼ばれる男、機動隊という特殊な部隊を長年率いている男は、萩原のソレをよく理解している。
「まあいい。…ヘマするなよ」
「何回言わせるんすか?
ーそんなこと、分かってますよ」
萩原は今回、一つの小隊を率いる立場にある。
そして彼らの目的は犯行予告に仄めかされていた爆弾の発見とその解体だ。
通常なら安全確保のため制圧部隊が犯人を拘束した後に現場へ入るのだが、今回は通常の立て篭もりとはこちらー警察側の状況が良い方向で異なるらしく、制圧部隊と同時突入するというなんともクレイジー且つイレギュラーな事態となった。
従って秘密裏に建物内へ乗り込むことになり、犯人に見つかることは断じて許されない。常に神経を研ぎ澄ませる必要がある。
だからどうした?という話になるが、萩原は比較的仕事とプライベートをキチンとスイッチングして切り替えるタイプだ。先程述べたように与えられた任務には必ず向き合う男だ。
自身の私生活の事情を仕事に持ち込む事はしない。
だが、今回は例外と言うべきか。
「あいつ、絶対此処にいるよなァ…」
萩原には今、どうしても気になって仕方ないことがあるのだ。
だが立場と職務上、作戦開始と同時に現場へ突入する己にはその気掛かりをはっきりさせることは難しい。
そしてこんな時に限って神様は味方をしてくれない。制圧部隊にはどうやら犯人確保にかなりの自信があるようで、もう間も無く突入することになりそうだ。
その自信の根拠となるのが立て篭もり現場に存在する警察側にとって好転的なイレギュラー要素らしいのだが、大変恐ろしい事にソレが何なのかを小隊長である萩原は聞かされていない。
繰り返すが、萩原は"所在不明の爆弾を発見し、そして解体までを担う小隊"の"リーダー"である。
(俺達に知らせないってどういうコトよ?本当に大丈夫なんだろうな…?)
萩原はそう内心愚痴りながら作戦の詳細が細かく記載されているデータファイルを指でタップしてその全てを頭へ叩き込む。
小隊の動きや確認事項、合図などを脳へ記憶すると同時に思考するのは本来ならばこの時間を共に過ごす予定であった友人の事だ。
尚、先程この男は仕事とプライベートはキチンと分けるタイプだと述べたばかりだが、自身が心から大切にしている人間に関してはその限りではない。
…とは云うものの、やはり今は沢山の人々の命が懸かっている。
警察官の端くれとしても、やる事は必ずやり遂げなければならない。
「…………」
(待ち合わせを米花駅に指定したのは静ちゃんだし、多分米花町に用があるんだろうな…)
「…………」
(それが東都デパートだったかは分からないけど、俺等の電話は基本ツーコールで出る静ちゃんが全く出ないどころか電源を切ってるなんて有り得ねえって…)
「………、」
手が止まる。思考に集中力が掻っ攫われていく。
あ、これ無理だ。
萩原が自力で解決する事を諦めた瞬間だった。
現場へ突入することになると、爆発物と対面する自分は防護服に着替えなくてはいけないため動きにくくなる。他事にうつつを抜かしている暇は無いだろう。
そうなってくると萩原が今此処でやることは一つしかない。
なんて言ったって此処には気心知れた親友兼幼馴染の刑事が来ているのだから。
奇しくもその気掛かりを先程何故かどつかれた時に彼に話しているし、なんて好都合なんだろうか。
「よし、」
自身の中で或る結論に至ると、萩原はサッとワンタッチでパッドの画面を閉じて部下の元へ向かった。
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「ーじゃあ、こういう流れで行くから。頭に入れておいてね」
「はい!他の隊員には自分から伝えておきます!」
「おー、よろしく〜」
萩原は直属の部下に作戦の詳細を伝え、小隊全員に伝達するよう暗に指示を出した。
そしてヒラヒラと掌を振りながら部下が他の隊員を集めているのを確認した後、機動隊の車両から少し離れた場所に駐車しているパトカーを目印にお目当ての捜査一課を探す。
流石に内容までは聞こえないがどうやら集まって話し合っているようだ。こちらの動きを伝える次いでに頼んでしまおうか。そうだ、そうしよう。そうと決まれば早速行動だ。
「おーーーい!!陣平ちゃーーーーん!!」
「うるっっせぇよ萩ィ!!」