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それが数分程前に萩と交わした短い会話。
俺が了承した途端に「相変わらず素直じゃないなぁ〜?」なんてヘラヘラした面で抜かしやがって。
ちょっとイラついたから俺よりも少し広いその背中を強めに叩いてやった。案の定、酷いだの痛いだのと喚いて痛がってたが知ったことか。揶揄う奴が悪い。
それから間も無く萩を含めた爆発物処理班が機動隊の車両に乗り込み、防護服姿で裏口に回っていくのを目視した後、俺はスマホを取り出した。
どのみち俺達捜査一課は立て篭もり犯が拘束されるまで要待機だ。
その間に静と連絡を取れるチャンスは大いにある。
…つっても、静が出てくれれば、のハナシだがな。
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(通知は相変わらずナシ、か…)
萩に頼まれてから数回連絡してみてはいるものの、相変わらず無機質な音声が流れるだけ。
ここまで来ると静が携帯の電源を切っているのではなく、何らかの事情で携帯の電波が届かなくなっている可能性も出てくる。
意図的に電波が遮断されてると考えた方が良さそうだ。
(…まさか犯人のヤロー、電波妨害装置も用意してやがるのか?)
だが、何の為に?
何故電波を遮断する必要がある?
電波の影響を受け付けないってことは設置した爆弾は無線式ではなく時限式か?
時限式だとしても一体いつ爆発させるつもりだ?届いたFAXには犯行時刻に関する記述は一切なかった。
そもそも今の段階じゃ、爆弾についても人質についても情報が無さすぎる。
俺達捜査一課が確実に分かっていることは少ない。
まず、東都デパート米花店に客と従業員を人質に取って立て篭っていること。
それと同時に同所に爆弾を仕掛けていること。
こちらは直接的な表現ではなく仄めかす程度だったから、確定じゃねえが…。
『赤い火の花をご覧に入れよう』
あーー、今思い出しただけでも腹が立つ。
ダッセェ表現しやがって、クソヤローが。
それともう一つ、気になるのことがあるとすれば。さっき萩が文句を垂らしたながら言っていた、"制圧部隊にはとっておきのジョーカーがある"ってハナシ。
そしてそれは俺達警視庁の人間ですら教えてもらえねえくらいの"シークレットなカード"ってことだ。
下手したら制圧部隊にすら知らされてない可能性だってある。
…まァ、そうなってくるとそのジョーカーさんとやらの正体はもう決まってくるがな。
そんな考えに耽っている時、
「…なぁに!?」
目暮警部の至極驚いた声が聞こえて来た。
「目暮警部!どうされました!?」
「何か進展がありましたか!?」
佐藤が直ぐに駆け寄る。高木もその後ろからやってきた。確か目暮警部は今機動隊司令部と連絡を取っている筈だが…。
目暮警部の隣に居たであろう白鳥も何やら唖然とした表情で警部を見ている。
何故そんなツラをしているかは目暮警部と同じ理由なんだろう。
俺も佐藤達の少し後ろに駆け寄り、目暮警部の言葉を待つ。
「……機動隊の司令官から報告が入った」
(報告…?)
そりゃ何の報告だ?
まだ突入してから10分も経ってねえだろ。
ましてや機動隊の司令官からの報告ときた。
重要な連絡に間違いねえだろうが、突入開始にしては静かすぎる。
それに万が一、犯人達が発砲すれば流石に屋外とはいえ銃声が此処まで聞こえてくる筈だ。この時点で犠牲者が出たとも考えにくい。
「え、報告ですか?」
「それは一体…?」
考えている事は同じなのか、佐藤と高木も訝しんだ声色で目暮警部に問う。
(ま、爆弾でも見つかったってところか…?)
「う、うむ…」
「目暮警部、」
おいおい警部サン、なんだそのツラは。
開いた口が塞がらねえと言わんばかりの間抜けヅラだぞ?
白鳥のその何かを促すような目線といい…その真っ青な顔を見ると、なんかすんげえ嫌な予感しかしねえんだよなァ。
「……少し信じ難い事ではあるんだが、」
「そうですね…」
「白鳥警部まで…。一体どうしたんですか?」
「たったいま、犯人グループを全員確保したそうだ」
「ーーは?」
何言ってんだ…?
制圧部隊と爆発物処理班が突入してから凡そ8分程で、
「はっ? え、っか…確保、ですか?」
「そんな、まだ10分も経ってないんですよ!?ッ有り得ない!」
「ああそうだ!有り得ない事だ!だが司令部からそう連絡がきている…間違いない…!」
(全員を確保した、だと…?)
有り得ない。有り得ねえ!
民間人が複数人、尚且つ複数エリアで人質に取られてる中で、この短時間で武装した犯人グループを全員確保しただと!?
この犯人が例え犯罪歴の無く、拉致や監禁といった所謂犯罪行為に手慣れていなかったとしても、たった10分足らずで全員を拘束させるなんて有り得ねえつーの!
(制圧部隊が突入後直ぐに現場に到着して場を鎮めたのか?)
…いや、それは流石に焦り過ぎだ。
動揺した犯人が人質を不用意に傷付けかねない。
これは機動隊でも想像に至るだろう。それに人質を傷付ける作戦なんて以ての外だ。
っつーことは、だ。
犯人に自分達がこの場を支配しているという余裕を与えず、且つ武器に手を掛ける間も無く、機動隊が即座に動いたってことになる。
確かに発砲音は一回も聞こえなかった。
つまり犯人は武器を取れなかったのだろう。武器を奪ったのか蹴り飛ばすなりして手元から離したかは知らねえが。
銃声の有無に限ってはサイレンサーが付いていれば別だが、そもそも外にいた通行人が無数の銃声を聞いたことがキッカケで警察に通報している。だからその可能性は低い。
やはり犯人は発砲する前に確保されたと考えるのが妥当か。
だが犯人が手に持っている武器を奪う為にはある程度…じゃねえな、かなり近付かなきゃならねえ筈だ。
少なくとも脚のリーチが届く範囲までは。
犯人を中心に見立てて、その距離に居るのは…
人質しかいねえ。