16拾陸


何回掛けても繋がらなかった静の携帯が、突然繋がった。

何故だ?
何故今このタイミングで繋がった?
恐らく静が居る場所に物理的な原因がある筈だ。


だが、その疑問に答えを出す前に。

マンホールから大量の水が逆流しながら溢れるような勢いで、俺は隙間なく言葉を発していた。




「おまっ…!はい、じゃねえよ!何で今まで電話出なかったんだ!ッ俺が、俺達が、どんだけ心配したと思ってんだ!?萩なんて出動前だってのにめちゃくちゃ気分下がってやがったし…、って、あ〜〜ッ!くそ!つーか今萩の話はどうでもいい!とりあえずお前への説教は後だ!今何処にいる!?まさか東都デパートの米花店じゃねぇだろうな!?」


『ねぇ、』


「ンだよ!?…つか、何だお前その声。何で俺にそんな女みてぇな高い声で話してんだ?これプラベの番号だろ。そもそも、今仕事中じゃねぇって萩から聞いて…」





『ごめん、今は黙って聞いて』


「!」





静の短い言葉の語気の強さに、思わず何も言えなくなる。


それと同時にサーッと体感の温度が冷えていく感覚。
だが実際に気温が下がった体感ではなく、自分の内側のイメージの話。
自分の思考回路が冷静に且つ迅速に巡り始めたのだ。




ー何故電話に出ない。


ー今何処にいる。



至極簡単な問い掛けだ。
自分が今何処に居て、今まで何故電話に出れなかったかを答えればいいだけ。たったそれだけ。
知識を問うているのではない。自分に関する事実をただ答えればいい。

だが、これらの俺の言葉に対する回答は無い。

そうは言っても『回答が無い』イコール『答えない』という結論に至るのは早いだろう。



それに静はこう言った。

ー黙って聞いて。

何を?

自分の話を、だろう。

俺が黙って静の話を聞くことを望んでる。
自分の言葉を聞いてほしいということは会話する意志はあるということ。

答えるつもりがないのではなく、状況的に答えられないと考えた方がいい。



つまり、自分一人ではないということ。

他に誰かが居て、その誰かに俺との会話を聞かれたくないってことだ。


その聞かれたくねえ内容ってのが『松田陣平個人』か『警察の人間』を隠そうとしてるかまでは分からねえが、そうなってくると静は今の自分の電話の相手は『ただの民間人』という提で話している筈だ。

だがそもそも電話に出られるってことは、静の周囲に犯人が居る可能性は極めて低い。低いっつーか、ほぼほぼ無いに等しいだろう。

静の周りに居るのは犯人じゃない。


(とすれば、会話を聞かれたくない対象は『同じく捕まってる他の人質』ってトコか…?)


そして次。
静は正真正銘、男だ。

電話に出た静の開口一番の「ねえ」という何気ない一言。俺がいつも話してる静の声じゃない。それよりももっと声のトーンが高くて、そもそも声質も柔らかい。云うならば女のような声だった。
こいつが職業的な事情で時々女のフリをしている事は知っている。
だがそれはあくまで仕事の都合上仕方なく女のフリをするのであって、プライベートで自分の意志を以て女のフリをしてるってのは聞いたことが無い。
俺も萩もそういうのに偏見はねえし、仮に静がそういうのが好きなら多分それを話してくれる筈だ。俺達は上っ面だけの関係性じゃないことだけはハッキリと言える。
だから俺が知らねえってことはそういう趣味はねえってことだ。
つまり好き好んで女のフリをしてるのではなく、女のフリをせざるを得ない状況下に静は居るってことになる。


(俺との会話を他の人質に聞かれたくない上に、そいつらに自分は女であると認識してもらう必要があるのか?)


どういう状況なのかがサッパリ分からねえ。
その二つを迫られる状況って何だ…?



(随分と面倒くせえことをしてやがる…)


だが、何の為に?

予想がつかない以上、俺には解らない。
どのみちここでそれを問いただしても静はもう答えない。

下手したらこれ以降、俺の言葉は全て無視される。
警察官としての立場を弁えた俺の言葉は、の話だがな。


正直、何が何やらだが……、




「お前、分かってんだろうな?」
『…わかってる。あとでちゃんと説明するから、お願い、』
「ああ」
『今はこっちの話を聞いて。とにかく大変なの』



こんな必死なこいつの声を聴くのはいつ以来だ?

静がどういう状況に居るのか分からねえが、どうやらあまり余裕は無さそうだ。
今は静のただの知り合いとして会話する必要があるか…。




「いいぜ。合わせてやるから、好きに話しな」



恐らく聡明な静にはこれだけで伝わるだろう。


そして、俺は静が今何をしようとしているのかを理解している。



静は俺に、
俺達『警察』に、

何かを伝えようとしてる。









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