「ご明察」
彼女は口許を上げて、ニヤリと笑みを浮かべる。
「私達が逃げないように、そして自分達にとって不利なことをしないように監視する筈の見張りが居ない。犯人は少なくとも3人も居るのに。おかしくないですか?」
「たしかに…!」
「言われてみればそうだわ。でも何でかしら?」
園子が首を傾げる。
見張りを配置しない理由が思い当たらないのだろう。
「見張りを用意しないにも関わらず、こんな奥の倉庫に全員を閉じ込める。あの人達の真の目的は知りませんが…恐らく警察に何かしら要求するための材料が、私達の他にあるのではないかと」
他の材料とは、別フロアの客…或いはこのスペースに居たであろう従業員のこと。恐らく身代金の人質はそっちだろう。
身代金が目的でその人質も別に用意しているなら、俺達に用は無い。
だから、きっと俺達のところには戻ってこない。
それに警視庁には既に自分達の要求と人質についての犯行声明を出しているだろうし、あの手慣れてない犯行を見る限り今頃は戻ってくる余裕もないはずだ。
機動隊を率いる警察が此処に来るのも時間の問題。
それならば…
「此処に戻ってこないと考える理由。もう一つは…」
「ここが一方通行で行き止まりだから、だよね!」
「…!」
「コ、コナンくん…!」
俺が口を挟んで、靴紐の彼女は初めて身体ごと後ろを振り返った。
「ここは一番奥にあるじゃない?つまり、逃げ道がないって事でしょ?いつ警察が突入してくるか分からないのに、そんなところに来たりしないよ」
「どうして?逃げ場がないって事は、私達は簡単には逃げられないじゃない?」
「それは犯人だって同じだよ。警察に追い詰められたら、あっという間に捕まっちゃうからね!」
俺を驚いた表情で見詰める靴紐の彼女に対して、仕返しかのようにニコリと笑ってみせた。
「そうだよね?おねえさん!」
「え?……あ、ああ、うん…。そう、なんだけど、」
「?」
「君は凄いね…。随分の賢い坊っちゃんだ」
「えへへ〜…」
彼女は俺の近くまで歩き、しゃがんで目線を合わせながら俺の頭を柔らかく撫でてきた。その時の彼女が俺に向かってとても綺麗に微笑んでいたので、思わずでれでれの声が出てしまったのだが。
何故か蘭のちょっとチクリとする鋭い目線が気になるが…。まあ、そこは知らないフリだ。しーらね。
「この子の言う通りです。つまりこんな奥にある倉庫に入れておく時点で、私達は恐らく"身代金要求のための人質"ではないということです」
彼女は何の迷いもなく、はっきりとそう言った。
「じゃ、じゃあ!アタシ達は何の為に…!?」
それを聞いた園子が少し怯えた表情で彼女に問う。
まあ、至極当然の疑問だろう。
金のための人質ではないのならば、一体自分達は何の人質なのか?
一見何の検討も付かないように思えるが、シンプルに考えればその結論は意外にも簡単なのかもしれない。
「身代金要求ではないなら、当然ですが私達は別の目的に対する"人質"になります」
何故こんな奥に閉じ込められたのか?
それは俺達を動かすつもりがないからだ。
「犯人は私達をこの倉庫から出すつもりはないでしょう。
そして恐らくもう此処に戻ってくることもない」
何故此処から出すつもりがないのか?俺達を動かさないのか?
勿論、ただ立て篭もりの計画に邪魔だったから隅に追いやったんじゃない。
そもそも犯人にとって人質が邪魔になるシチュエーションはほとんど無い。
警察や世間への見せしめとなる人質は数が多ければ多いほど犯人の支配力を表す。それと同時に人質としての効力はより倍増していき、数も武力も十分に備えた警察への抗力となるからだ。
おっと、話が逸れちまったな。
何故出すつもりがないのか?ってことだが…
それは犯人にとっての俺達の役目の全てが、この倉庫で完結するから。
ここに俺達を連れてきて閉じ込めて、それで終わり。
それだけで、俺達は犯人にとっての役目を果たしたということ。
「戻ってこない…?何でですか…?」
「私達は…何のための人質なんですか?」
では、何故戻って来ないのか?
何故戻って来ないかではなく、
どうして戻ってくる必要がないかを考えると…
答えは、一つしかない…!
「ん〜、それは分かりません」
「!」
分からない、だって…!?
「えっ」
「ええ!?わからないんですか!?」
「はい。…肝心な事が分からずに申し訳ないのですが」
困っちゃいますよね、彼女は若干申し訳無さげに蘭達にそう言う。
彼女が困っていると言うわりにはあまりにも柔らかく微笑んでいるからか、思わず場全体に緩やかな空気が流れる。
先程まで場を支配していた緊張感は何処へやら…所謂拍子抜けってやつだ。
だが、俺にはわかる。
(これは嘘だ…!)
「そ、そんな〜!」
「すみません…。私は警察でも名探偵でもないので、流石にそこまでは」
「つまり、振り出しってこと…?」
「あ、でも!犯人達が戻って来ないのは確実ですから!」
嘘だ。
やはり彼女は嘘をついている。
誰の手助けもなく自分の思考の中で状況をここまで理解していて、その先の結論が分からない筈がない…!
でも何故嘘を吐いたんだ…?
「何でそこだけ自信があるんですか…?」
「それに関してはさっき言って下さった通りじゃない?私達を本当に殺すつもりなら、わざわざこんな見えないところに移動させないと思う」
蘭のその言葉を聞き、各々が納得しつつあるようだ。
どうやら若干不安要素はありつつも、己の拘束を解いてもらっているからか、彼女に対しての不信感は無いらしい。
まあ実際ここに戻ってくることが無いのは確実だろう。
俺の推理が正しければ、な。
「はい。といっても私達は今日が初対面ですし難しいかもしれないですね…でも、そこだけは信じてほしいです」
「おねえさん…」
「ボクも、どうかおねえさんを信じてほしい。怖い思いはさせないから」
ね?
彼女はそう言って俺に話を振ってきた。
しかも、わざわざ俺にしか見えないように顔を俯かせてウインク付きときた。
言葉尻を下げて懇願するように発せられた言葉には些か似合わない、その柔らかな微笑み。
そこで俺は察する。
彼女はわざと嘘をついて分からないフリをしている、と。
(…それもそうだな、)
俺としたことが、少し焦っていたのかもしれないな。
コレは、見つかるまで言わない方が良い。
このままただ結論を伝えても皆がパニックになっちまうだけだ。
「うん!とにかく今はココから出る方法を探さないと!」
「…ありがとう。皆さん、とりあえず今は何か脱出のための手掛かりを見つけましょう」
「うん…そうですね…!」
「何かあるかもしれませんし!」
「外に連絡を取る方法があるかもしれない!」
1人、また1人と、どうにかして何らかの手掛かりを探そうと人が動き出す。
状況が状況とはいえ、殆どがお互い初対面だ。
それなのに今や協力し合って袋や箱をチェックし合っている。
こんな短時間で他人同士が団結できる空気を作ったのは、間違いなくこの彼女の言葉だ。
言動や行動に殺意、ましてや悪意はこれっぽっちもない。
心からの正義や親切から生まれた言葉。
一体、この人は何者なんだ…?
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