「えっ、どういうこと……」
思わずそんな言葉が口から出る。クソが、と横でリヴァイが吐き捨て、目の前のハンジは頭を抱えた。
3人の前には1通の手紙。エレンからのものだ。
約10か月ほど前。ハンジやリヴァイ、104期と一緒にナマエはマーレ視察へ向かった。その結果、エレンは消えた。
エレンの居場所がわかったのは良かったが、突然届いたこの手紙に、ナマエもハンジもリヴァイも戸惑っていた。
ジークと接触し手を組んだこと、ジークの『秘策』とやらを行うために時間が必要であること、そのためにレベリオを襲撃しエレンとジークを回収してほしいこと。
正直、意図が全く理解できなかった。ナマエたちからすればジークの『秘策』がなんなのかわからない以上信用できないし、襲撃するという方法が良いのかどうかもわからない。
「彼は一体どうしてこんな選択をしたのだろう」
「さあな。何にせよ、俺たちには行く選択しかない」
「ああ、そうだね」
久しぶりの、戦い。
――嫌だなあ。
シガンシナ区奪還までは、戦いを嫌だなどと感じたことは1度もなかった。今回は、嫌だ。戦いを避けられる可能性があると思ってしまっているし、何より、リヴァイやハンジを失いたくない気持ちがどうにも強すぎた。この4年間が、あまりにも平和だったのだ。
「おい、ナマエ」
ばちん、とデコピンをされて、ナマエは額を押さえて机に突っ伏す。
「いったあ……」
「ものすごく痛そう……」
「なに不安そうな顔してやがる。俺の訓練した調査兵が、お前の作った武器持って、ハンジの指揮で動くんだから問題ねえよ」
ナマエは息を吸う。そうだ。嫌だろうがなんだろうが、こんな顔はしていられない。
デコピンの痛さを刺激に、少し頭が回転し始める。
「……そうだね、うん。ありがとう」
「うん、リヴァイ、私からもありがとう。こっちも気合が入ったよ」
顔を上げれば、ぴりっとした表情のハンジが、ナマエとリヴァイを見る。団長の顔。ナマエもリヴァイも背筋が伸びる。
「突然すぎてなにがなんだかわからないけれど、まず我々はエレンに会って話をしないといけない。行くしかないなら、作戦を考えなきゃね。ナマエは、兵器の準備を進めてくれる?」
「了解。作戦が決まったら教えて。追加で必要なものがあれば手配する」
「もちろん。リヴァイは調査兵団の面子を集めてきて。総統と、駐屯兵団、憲兵団には私から連絡する。軍議だ」
「了解した」
リヴァイは立ち上がって、あっという間に部屋を出て行った。
ハンジは苦笑する。
「久しぶりに3人で集まったのにね。こんな手紙が届くなんて」
そう、今日はマーレ視察ぶりに3人で集まって会議室を貸し切ってちょっと飲んでいたのだ。本当はハンジの部屋でやる予定だったのだが、掃除が行き届いていなかったようで断念。
リーブス協会から仕入れたちょっとしたつまみとワインとをお供に昔話やらこれからのことやらを楽しく話していたのだが、性急なドアのノックに全てが吹っ飛んでしまった。
ここシガンシナ区を奪還してから約4年。
あの壮絶な死闘の末、また新しい戦いが始まろうとしていた。
技術班はかつてのように、補給班と協力しながら兵器をそろえていく。
前回の戦いから時間はあったので、必要な兵器はいつでも使えるように揃っている。その中には、新型の雷槍や立体機動装置も含まれる。
新型の雷槍は、以前よりも安全性高く運用できるような仕組みにアップデートをし、さらにいくつか連ねて同時に複数本を発射できる形のものを実装した。立体機動装置は、マーレの技術も合わせてかなり改良された。技巧科の協力も得て、これまでのブレードだけでなく銃や雷槍の使用も想定したものにし、以前研究していたボンベもより小型で長時間持つようになっている。
翌朝、ナマエのもとには作戦と決行日が通達された。それを見て、ナマエはいくつかラフなスケッチを書き上げ、それからアルミンと、シガンシナ区の研究所を任せている技術者イディを呼んだ。先に来たのは、アルミンだ。
「ナマエさん、お疲れ様です」
「アルミン、忙しいのに呼び出してしまってごめんね」
「いえ、ライトの件ですよね?」
ナマエは頷いて、3つ程の絵を見せる。
今回の作戦では、新しい装備がひとつ増える。その割に決行日までの時間も短いので、ありもので間に合わせる必要があった。
「どの形が一番使いやすそうか、意見をくれると嬉しい。大きさは、どれもこれくらいを想像してる」
手で大きさを示す。この作戦を立案したのは彼だ。彼の意見が必要である。
「それより大きいのは難しいですか?」
「持ち運びに邪魔にならないかな。このサイズで、いつもの夜間移動用のランプよりもちょっと重いくらい」
「なるほど、重すぎるのは避けたいです。できる限り、上空から光が見えていてほしいので、形はこれが良いかもしれません。あと、紐とかはつけられますか?持ち手の部分に」
「塔の屋根にしばりつけることもできるように、で合ってる?」
「はい」
「了解」
イディも部屋に来た。シガンシナ区を任せてはいるが、彼はタノと同年代の若い技術者だ。アルミンと挨拶を交わしている。
ラフ案に少し修正を加えて見せれば、アルミンは頷く。
「イメージ通りです」
「よかった」
「所長、お待ちかねのイディさんが来ましたよ」
「うんうん待ってた。実は新しい備品を作らないといけなくて。これなんだけど」
細かい寸法も書き入れながらスケッチの説明をする。イディは頷きながら聞く。
「仕組みと作り方は理解です、今手元にある材料で対応します。準備には経験のあるタノのヘルプが必要なので、昨晩のうちに連絡をしました。明朝、緊急の鉄道でこっちについて、今は仮眠とらせてます」
「……あ、そっか」
「あれ、もしかして忘れてました?俺、戦闘準備は慣れてないですよ」
指摘された通りすっかり忘れていたが、イディはちゃらちゃらしている割に元中央憲兵所属の技術者だ。だから調査兵団のやってきた戦闘前の準備を、彼はほとんどやったことがない。
「すっかり忘れてた。いろいろ手配、ありがとう」
「でしょ。それで、決行日は決まりました?」
「それが、3日後なんだって」
「……へえ、3日後」
イディの反応に、ナマエはちょっと笑う。気持ちはとてもよくわかる。
「軍は何を考えているのか……いや、すみません、アルミンさんの前で」
「今回は軍と言うより、エレンが、だから……」
ナマエからもフォローは入れる。アルミンは首を横に振る。
「いえ、急なお願いで、すみません」
「依頼に対応するのが技術班の仕事だから、アルミン、謝らないで。それに、これがないと皆帰ってこられないしね。技術班は、まあ、イディ、頑張ろう」
アルミンはちょっとだけ目を見開いてから、よろしくお願いします!、と頭を下げてくれる。逆にナマエがちょっと驚いた。ハンジやエルヴィンは、その点技術班に感謝こそすれかりかり働かせるのにまったくなんとも思わないタイプの人たちだったからだ。
イディもアルミンの肩を押して、身体を上げさせる。
「変なこと言ってすみません。絶対に用意しますから、任せてください」
「イディさん、よろしくお願いします」
そうして、タイトなスケジュールの中、必要なものを全て積んで、飛行船は出発しようとしていた。
大きな飛行船はマーレの技術によるもの。操縦技術はかなり難易度が高いため、訓練を受けていたオニャンコポンが操縦席に座っている。
準備ができた調査兵、駐屯兵、憲兵団が、順々に飛行船に乗船していくのを搭乗口の横で見送る。104期ひとりひとりを敬礼で見送る。コニー。ジャン。アルミン。
「ナマエさん、いってきます」
「無事に帰ってきてね」
ミカサとサシャともそれぞれ手を合わせて、2人を見送る。
エレンが彼らと一緒にいないことが、とても寂しい。とにかく、彼にも無事に帰ってきてほしい。
「行ってくる」
そう言ってリヴァイがちらりとこちらを見る。
「待ってる」
「了解した」
彼は頷いて、軽やかにタラップを上がっていく。
最後にハンジが残って、片手を差し出す。ナマエもその手に応じ、ぱし、といい音が響く。ハンジの暖かい手にその手が包まれる。
「これをまたやるなんてね」
ナマエは4年ぶりのそれに、思わず笑顔になる。本当はこんなことをする機会は少ないほうがいいに決まっているのだが、もう10年以上もやっているので、ハンジとのコミュニケーションのひとつになってしまっているのだろう。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。待ってるよ、ハンジ」
手が離れていく。ハンジの背中を見送った。
▽
ペンの動く音。
タノがまた、1枚の紙を壁に貼る。ナマエも壁に紙を貼る。
「終わった?」
「あと銃だけです」
ナマエは立ち上がり、隣の居室で紅茶を淹れて作業部屋に戻る。
机にカップを置けば、タノがありがとうございます、と頭を下げる。
あまりにも久しぶりの『待つ』行為。心構えもしていなかったせいで、ナマエはどうにも落ち着かなかった。なによりも、あの、たった9人で調査兵団本部に並んだ景色が、何度もフラッシュバックする。
昨日飛行船が出発してから、そんなに急ぐ必要もないのにナマエはずっと手を動かしていた。帰還予定日まではシガンシナ区にいても問題ないのにどうしても落ち着かなくて、結局そちらはイディに任せて港町でタノと一緒に仲間たちを待っている。
「所長、終わりましたよ」
「ありがとう」
タノと並んで、補給班から上がってきた在庫情報をもとに作成した諸々の生産計画と、倉庫の在庫移動の計画にチェックを入れていく。飛行船に大量の物資を搭載したので、その補充をしなくてはならない。まずはシガンシナ区の倉庫にいくらか優先的に物資を回した後、作ったものをそれぞれの区にある倉庫に搬送することになる。計画を元に指示書を作って、調査兵団補給班の管理する倉庫と工業都市に送ればよい。
「指示書も書いちゃおうか」
「はい」
タノは頷いて紅茶を飲む。
「それにしても、突然でしたね。いろいろと……」
「本当に」
ナマエも紅茶を飲む。
見えるはずがないのに、飛行船は大丈夫かと窓の外を見る。マーレ工兵たちが動き回っている。最近はそこにヒィズルの技術者たちも混ざり始めていて、港町は不思議な活気に満ちてどんどん新しい建物が増えてきていた。
「ハンジとリヴァイと飲んでた時に、エレンから手紙が来て」
「それは驚きますね」
「びっくりした。でも仕方ないから、酔っ払いながら倉庫チェックに行ったの。シガンシナ区の倉庫管理してるモーターさんってわかる?」
「わかります、厳しいおじさんというイメージがあります」
「そう、ものすごく怒られた」
タノがははは、と笑う。
「それは災難だ」
「所長たるもの云々……こっちは数か月ぶりに2人と飲んでたのに」
「そうですよね」
そう言ってまだ笑っているタノを見て、随分大人びた顔をするようになったな、とナマエはふと思う。
彼と出会ったのはそれこそ5、6年前になる。当時20にもなっていなかった彼が、今や23だという。ナマエも今年31になる、と気づいて、年の流れを感じた。
「タノとも、一緒に仕事するようになって長いね」
「昔は、師匠の工房にいる女性が何者か、ずっと気になってました」
「確かに。愛人に思われてもおかしくない」
「いや、僕は弟子だと思ってました。先に弟子がいるなら僕も、と思って。所長は弟子じゃなかったですけど」
ナマエと同じように、テレンの元に通って工房への出入りを許された、彼。
「でも、タノは、テレン以上に巻き込み事故だったね」
対特定目標拘束兵器を作るにあたって、人手が足りずにタノが手伝いに入ることになった。そのあと調査兵団が憲兵団に追われることになって、テレンがタノを引き連れてナマエのところに逃げ込んできたのだ。
「はい。でも、そうなる流れだったと思います」
タノは昔を思い出すように、遠い目をする。
「よくついてきたね」
思わずそう聞けば、タノは苦笑いを浮かべる。長年ナマエと仕事のパートナーとしてやってきたテレンはまだしも、当時の彼には調査兵団に、ひいてはナマエについてくる理由はそこまでないはずだった。
「正直、さすがに師匠がいるとはいえ、ついていくつもりはなかったんです。両親もいましたし、憲兵団からすごい額の給料を提示されましたし。それに、言葉を選ばないで言いますが、当時の調査兵団の評判は最悪でしたから」
思わず笑う。
「確かに」
「僕はただ、師匠に『お前は何がしたいんだ?』って聞かれただけです」
「……」
「僕は、自分の作ったもので、誰かの役に立ちたかったんです。だとしたら、一番困っている調査兵団のところが一番いいじゃないですか。ナマエ所長も手が足りなさそうだったし。命はかかるけど、その分役にも立てると思って」
じっとタノを見つめる。彼の目はきらきらしていて、心底綺麗だと思った。こういう人が技術者であることがいかに素晴らしいことか。彼のような人が未来の技術を担うのであれば、どれだけの人が幸せになれることか。
「……最近、両親が時計を買ってくれました」
マーレの技術を活用して作った時計は、パラディ島内で瞬く間に売れている。正確な時間を見られるし、これまでよりも安価なので住民の必需品になったのだ。最近は、家に置く時計と、持ち運び用の時計との2種類を大きく展開しているらしい。
「ご両親が」
「はい。先日本当に久しぶりに顔を見たのですが、とても便利だと言ってくれて。技術者をやっていてよかったと思いました」
「それなら、よかった」
まだ若いタノが、ナマエに引きずられて大変な環境ばかりに身を置いていることに、ナマエは少しばかりの申し訳なさも感じていた。だが、今の彼を見れば、ちょっとだけ安心する。これまでずっとついてきてくれたタノを後悔させないように、ナマエは道を作っていく必要があった。
「あ、それに最近、ヒィズルの子といい感じだって聞いたよ」
「!」
ずっと聞こうと思っていてタイミングを逃していた質問を、完全に文脈を無視してぶち込めば、タノは紅茶を吹き出しそうになったのか口を手で押さえる。
「マイ、かわいいもんねえ」
「所長、なんで知ってるんですか」
「ショウヘイさんから聞いた」
「あの人……!」
彼の反応が楽しくてナマエは笑う。もしタノが彼女と結婚するのであれば、ぜひ式には呼んでもらいたいものだ。
「所長だって、リヴァイ兵長と仲いいじゃないですか」
「仲はいいけど、そういうのじゃないからなぁ」
「うーん」
タノの反撃などダメージゼロである。
「進展したら教えてね」
「わかりました。でもそれより技術者としてもまだまだ」
「やりたいことがある?」
「はい。あの、とりあえずは奇跡的にできた早くお湯が沸く鍋を量産できるようになるといいなって」
ふと、ナマエは息を吸う。
――嫌な予感がした。
まるでこちらに何かを託すような言葉。無意識下での言葉の選択。『量産できるようにしたい』ではなく、なぜ『なるといい』なんて言い方になったのだろう。
エルヴィンは意図的にこちらに背負わせた。彼は、死と常に向き合っていたからだ。では、そうではないタノの場合は?彼は責任感が強い人なのに、そういった言葉になったのは、ただの偶然だろうか。
「所長?」
タノが心配そうな表情になる。ナマエはゆるりと首を振る。
「大丈夫ですか?いま、ちょっと表情が」
「ごめん、大丈夫。それより、鍋の量産はタノじゃなきゃできないと思うから」
無理矢理笑顔を作る。タノはまだ心配そうだったが、頷いた。
「そうですね。もちろん、頑張ります」
「リヴァイが、首を長くして待ってるよ」
「えええ、兵長がですか?所長が仲いいのに申し訳ないんですけど、あの人怖いんですよ、目とか雰囲気とか。僕正直話すとき結構緊張します」
「本人に言っておくね」
「やめてください!人類最強に勝てるわけないんで!」
リヴァイはずいぶんタノのことを気に入っているのに、片思いなんだな、とちょっとおかしくなった。
数日後。
行ったときと同じような安定感で帰還する飛行船を出迎える。
大勝利だ、と大騒ぎで調査兵団が降りてくる。
だが、彼らの後に降りてくる104期を見て、ナマエは理解する。
「ナマエさん、サシャが……」
――そもそも、今回の勝利、とは一体なんだったのだろう、とナマエはサシャの遺体を前に、泣いた。