03


「……ウォール・マリアが、破られた?」

エルヴィンの顔が歪む。おそらく、彼だけじゃない。ナマエも、他に生き残って意識のあった調査兵の全員も、同じ表情のはずだ。
今回の壁外調査でもいつもと変わらず、成果を得られずにトロスト区近くの本部に戻ってきたばかりだった。シガンシナ区を通って出たのは、たったの数時間前だ。

「エルヴィン分た……いや、団長、どうしますか」
「明日、数名の精鋭でシガンシナ区に調査に行くことにする」

先程、立った数時間前に団長になったばかりのエルヴィンは即断した。
今すぐにシガンシナ区に向かっても到着するのは夜になってしまう。それに、今回の壁外調査において調査兵団は今までにない数の巨人に襲われ、過去一の被害を被っていた。二次被害を防ぐためにどうしても休息と準備の時間が必要だった。

「団長、俺も連れていってください!」
「駄目だ。今、調査兵は数が少ない。無駄な命の消耗は避けたい。必要最小限のメンバーで向かう。……しっかり休んで、次の戦いに備えてくれ」

ナマエは自分の二の腕に巻かれた包帯を確認する。

――行ける。

「ナマエ」

エルヴィンに声を掛けられる。ナマエはじっとその青い瞳を見上げる。

「行かせてください」
「ああ、ナマエの技術者としての知見が必要だ。現場を見て、対策を考えろ」
「了解」

ナマエは右手を心臓に当てた。


エルヴィンが走る。その後ろをハンジとミケ、さらにその後ろを、人数分の補給物資しか載せていない小さめの荷馬車を引くナマエが続き、ナナバとディルクが荷馬車の横を走り、最後尾をリヴァイが固める。
巨人との遭遇をできる限り避けながら、シガンシナ区へ、全速力で4時間と少し。

来る途中に、シガンシナ区付近に住む住民たちが馬に乗って逃げるのとすれ違った。彼らは言った。税金ばっかり吸い取りやがって、人々の生活を苦しめているっていうのに、昨日は家族を失った。調査兵団は一体何をやっているのか、今更シガンシナ区のほうへ来るなんて何をしていたのか、結果の出せないお前らに存在価値なんてあるのか。
すまない、とエルヴィンがただ一言謝って、そのまま走り抜けた。

ようやくシガンシナ区が見えてきた。
うようよと巨人がいる。

「回り込んで、壁の上を登って行こう」
「了解」
「あちらが手薄だ」

手際よく巨人を倒して、荷馬車を壁につけ全員で壁の上に登る。

「……」
「……」

シガンシナ区を囲む壁の上を歩く。

かつての美しい街並みは消え、6、7メートル級の巨人が街を這い回っている。
人間の死体か、あるいは人間だったのではないかと想定されるような肉塊が眼下に見えた。

――腐臭。

全員が、ただそれを見た。

「ひどい状況だ」
「ひどいね、これは」

ハンジとナナバの言葉に、ナマエは頷く。

がんッ、とブレードが叩きつけられる音。ミケだ。その横で、ディルクが唇を噛む。


ふと、人間の叫び声が聞こえた。
はっと全員がシガンシナ区の中を見る。

巨人が集っている。

「……あ」

シュバっ、とリヴァイが飛んでいく。

「リヴァイ!」

ナマエはそれを追おうとするが、ナナバに腕を掴まれて止められる。

「ナマエ」
「でも」
「駄目だ。今行っても……」

ちゅるりと、人が口の中に消えていった。
瞬間、リヴァイがその巨人のうなじを削いだ。
間に合わなかった。

「あ……」

何も、何もできないなんて。

リヴァイはすっと壁の上に戻ってきた。

「……リヴァイ、ガスを無駄にするな」

勝手な動きをしたリヴァイを咎めることなく、エルヴィンはそれだけ言う。
リヴァイは一瞬エルヴィンを睨んでから、ブレードを振って血を払う。

「わかっている。……巨人が、多すぎる」

ブレードが、腰に仕舞われた。

もう何も、できないのだ。
生き残りなんて、もういない。
いたとしても、この人数で救うことなどできない。多勢に無勢だ。

助けてと、そう叫んだ声が、ずっと耳に残った。





ぼんやりと目を開ける。見覚えのある天井。薬品の匂い。
医務室、だ。

「……起きたか」
「……」

視線を横に動かせば、大変不機嫌そうな表情で座る男――リヴァイがいた。
はっ、とナマエは突然に意識がはっきりする。

「シガンシナ区は、……ッ!」

身体を起こそうとした途端、左足に激痛が走って、反射的に左足を布団の上から抑えた。これまでに1度も経験したことのない痛みだ。

「シガンシナ区?」

しばらく左足を布団の上から押さえておけば、徐々に痛みは引いた。それでも鈍い痛みがじんじんと残っている。
ベッドに手をついて、リヴァイがこちらの顔を覗き込んだ。

「この間攻撃されたのはトロスト区だが、てめえ、記憶は問題ねえか。余計馬鹿になってねえよな」
「トロスト区……。うん、大丈夫、覚えてる。元からそんなに馬鹿じゃない」

いろいろと思い出す。そう、もう5年前にシガンシナ区は落ちている。最悪な夢だった。何度も見る、最悪な夢だ。
そして5年前と同じように、調査兵団が壁外調査に行っている間にトロスト区に巨人が出現して、それで。

今回はちゃんと守られたのだ。

唐突に無骨な手が額に当てられて、反射的に体を固くする。

「熱は下がったな、気分は」
「……悪くない」

手が離れていって、少し息をはいた。

鳥の鳴き声が聞こえてくる。窓の外は明るくて、ふわりと暖かな風が入り込んでカーテンが揺れた。

サイドテーブルの水差しをとってコップに水を注ぐリヴァイの手を、目で追う。
リヴァイとどうやって話していたんだっけ、と考える。こうやってふたりきりで向かい合うのは2年か3年ぶりだし、その間業務上のやり取りしかしていなかったのだ。

――それより、なんでこの人がここにいるのか。

「水を飲んだほうがいい。もうそろそろ、なめくじみてえに干からびて死ぬぞ」

空気を破ったのはリヴァイだ。口の悪さは相変わらずである。
水差しを置いてから、彼は椅子から立ち上がってナマエの背中を支えた。全身が痛い。たぶん打撲だ。
介抱する手が、普段よく面倒を見てくれるハンジと違う。ハンジは気兼ねないが、彼の手はもう少し繊細にこちらを扱ってくれる。正直、意外だった。
ゆっくり上半身を起こす。

ありがとうと伝えて、差し出された水を口に含む。
コップを返してから、服をめくってお腹を見る。右側に、とても大きい青あざができていた。

「うわ、すごいことになってる」
「人前で腹をさらすな」

呆れたように怒られる。

「ごめんって。でも怪我くらい見慣れてるでしょ。これ、あばらやってそう」
「そういう問題じゃねえ」

押すと当然ながら痛い。痛いもの見たさみたいなものだ。

「……ずいぶん長いことガキのように眠っていたな」
「ガキじゃないよ」

言い返せば、ガキだろうが、と返事が来る。

「私、もう20代も後半なんだけど」
「俺より年下だろうが」
「でも私のほうが調査兵団じゃ先輩だよ」
「5日も寝られるのはガキくらいだ」

相変わらずこっちを馬鹿にして、と思ってから、

「5日?……いつか?」

想像以上の長さに、言葉がふっとんだ。
人間、そんなに寝ていられるものなのか。

「さすがに待ちくたびれた。途中で何回か起きたんだが、さすがにそれは覚えてねえだろ」
「全く」
「だよな。てめえがぐっすりおねむの間に、トロスト区の後始末もほとんど終わっちまってる。一番大変な時に、ずっと寝ていやがって」
「ええ、ごめんって」

ずいぶん喋る、と思って、ナマエは笑う。

あのあとどうなったのかと尋ねれば、リヴァイは、トロスト区の巨人は1日かけて全て討伐したこと、ウォール・ローゼが守られたこと、ナマエの部下たちもあの時の民間人も無事であることを簡潔に説明する。どうやら、ナマエの班が撤退命令後に異常な動きをしていたのを見て、近くにいたミケたちが援護に駆けつけてくれ、その後は被害も拡大せずに事は収まったらしい。
ひとまずナマエは安心する。守るべきものは守れたようだ。

それからハンジの捕獲作戦も、トロスト区内で誰も死なずに遂行できたことを伝えられる。予備で本部に残しておいた捕獲網を使って、今回は2体、捕獲できたらしい。
そうであればきっと今頃、ハンジは実験中に違いない。ここにハンジがいなくて良かったと思う。巨人の実験中のハンジは、普段の3倍くらい感情の振れ幅が激しい。少なくとも病室のベッドでそれは勘弁だ。代わりに今頃、モブリットの神経がすり減っているのだろう。愚痴だけは聞いてあげたいところだ。

「ねえ」
「あ?」
「ハンジが忙しいからリヴァイが来てくれてたの?」

気になっていた質問を差し込む。
そうだとしても、変だ。ハンジが忙しい時には、ナナバかあるいは部下のシャノンがいてくれることが多い。なのに、普段お見舞いにすら来ない男が、こうやっていま椅子に座って長居しているのである。

「そういうわけじゃねえ。シャノンが基本的に面倒を見ている。俺が来るのは駄目か」
「駄目とかじゃないけど。普段、お見舞い、来ないのに」
「お前は怪我をしても、いつも元気に復活しているだろうが。心配するだけ無駄だ」
「リヴァイが私の心配を一切する気がないことはわかった」

そう言いつつ、どうしても気になって尋ねる。

「……もしかして、毎日来てくれてた?」

あ?と不機嫌に睨まれる。

「今日来たのは、たまたまだ」

多分これは嘘だ、となんとなく直感した。
それでもナマエはリヴァイの言葉に乗ることにした。

「あ、そうだったんだ。じゃあタイミング良かったんだね」
「ああ。それに、俺は明日からしばらくここを出る。こっちでの終わらねえ書類仕事を押し付ける相手が目覚めて良かった」
「絶対受け付けないから」

明日からどこに行くのか尋ねれば、旧調査兵団本部に滞在すると彼は言った。なぜあんな辺境の地に、と思う。ナマエが入団するころには既に使われなくなっていた、お城のような場所だ。

「巨人に変身することができる、訓練兵がいる」

目を瞬く。トロスト区防衛戦のときに、ミケがあの巨人は訓練兵だと言っていたのを思い出す。

「あの、門をふさいだ巨人?」
「ああ。とにかく、そいつを調査兵団に入団させて、俺の班で面倒を見ることになった。人類の希望として大事にしてやる必要があるが、いかんせん巨人化については何もわからねえ。旧本部は危険な巨人を匿っておくのにぴったりだってわけだ」
「なるほど」

ちょっとだけ、状況が想像できた。巨人の味方がいれば、ウォール・マリア奪還も見えてくるから、調査兵団としてはその訓練兵を引き込みたい。
だが、もし本当は味方ではなかったときのリスクもあるし、そもそも巨人化がコントロールできるものなのかという懸念も当然ある。だから、巨人を殺すことが最も得意なリヴァイにその身柄が任された。そういうことだろう。

「とにかく、いろいろあった。詳しいことは報告書を読め」

わかった、と頷く。
目つきの悪い男の目つきがいつも以上に悪いので、恐らく状況はもう少し複雑なのだろう。いまの起きたての脳味噌で説明されても、全く理解できる気がしない。
だが、その訓練兵が入団することで、調査兵団の作戦は大きく変わるだろうということは明らかだ。

「それから」
「うん」

思考をさえぎるように、リヴァイの声が重なってきた。

「お前に、エルヴィンからの命令がある」
「なに?」
「技術班を立ち上げろ、とのことだ」
「……技術班?あの、昔あった?」
「昔あったのか」

かつて、調査兵団には実働班や医療班とは別に、技術班があったと聞いたことがある。だが、15年ほど前からその存在は消えてしまっていた。原因は人員不足らしいが、ナマエは詳細は知らなかった。ちなみにそのせいで、巨人の捕獲ができなくなったとエルヴィンは言っていた。

リヴァイは補足の説明を加える。

「昔の技術班がどんなものか俺は知らねえが、エルヴィンは、調査兵団のためにこれまで以上に高度な兵器の開発と製造をしてほしい、とご要望だな」
「了解。詳細はあとで団長と、」

ふと嫌な予感がして、ナマエは口をつぐむ。
これまでも散々、ナマエはエルヴィンから依頼されてものを作ってきた。だが、今回の命令はそれとは少し毛色が異なる。

――何が引っかかっているのか。

ナマエは少し考える。そうして、リヴァイがひとつ大切な話をさりげなく避けていることに気づいた。嫌な予感がふつふつと沸騰するお湯のように増す。

「リヴァイ」
「なんだ」
「私の、怪我は」

リヴァイをちらりと見れば、彼は無表情でナマエの足を見た。
なかなか口を開かないところを見ると、本当に彼はこの話題を避けていたようだった。

「……全身打撲だ。あばらと左足首、2か所骨折の重傷」

彼は少し口を閉じる。ナマエはじっと黙って続きを待つ。

「左足首だが」

先程から、鈍い痛みを訴えている箇所だ。

「骨が粉々になっている」
「……え?」

思った以上に間抜けな声がでて、それから左足首のほうを見る。
なぜか、布団がめくれない。めくりたく、ない。

――粉々に。

ナマエはもう既に何年も調査兵団で生き残ってきた。その間にたくさんの怪我も見てきた。
だから、わかってしまった。医療班でなくても、彼の言葉が意味するところがわかってしまった。
それに、どこかで何か気づいていたのかもしれない。目が覚めて、ナマエは真っ先に自分の身体の状態と他人の安否を確認する。それは、壁内でも壁外でもそうだ。だが今回は、無意識的に自分の身体の状態をちゃんと確認することを避けていた。

「つまり。……私はもう、戦えなくなる、ということ?」

ナマエは布団を握りしめる。
沈黙のあと、お前、3か月前も左足首を骨折していたよな、と聞こえた。

「その時の怪我の影響がある。だから今回綺麗に骨がくっつく可能性は低い、というのが医療班の診断だ。壁外調査に出るのは、もう無理だろうな」

立体機動では、何よりも足腰の強さが重要である。初動のジャンプ、滑空時の姿勢維持、着陸時の衝撃の吸収。足が使えないということは、立体機動ができないということと同義で、そしてそれは同時に、巨人と戦うことができない、つまり壁外に行くことはもうできないということを意味していた。

恐る恐る、布団を捲る。
左足のふくらはぎから下が見えないくらい、たくさんの添木で固定されていた。

もう壁外で戦えない、という実感が増すのと比例して、じわじわと心が沈んでいく。

「……」

悔しい、という言葉が、脳内をぐるぐると回る。
なぜ、という言葉が、脳内をぐるぐると回る。

死んだ仲間たちの顔が、ひとりひとりフラッシュバックする。
同期たち。上司。部下。
予想できない動きをする奇行種に喰われた人も、無垢の巨人の数に負けて殺された人も、そしてナマエの身代わりに死んだ人も、ナマエの率いる班を逃すために死んだ人も、ナマエが守ろうとしたのに守りきれなかった人も、いた。

これまでの壁外調査を思い返して。

「……もしかして、あの人――」

突然、点と点がつながり、悪いことに気づいてしまった気がして呼吸が浅くなる。

エルヴィンが団長になるまで、ずっとナマエは彼の直属の部下としてやってきた。訓練兵の時に、調査兵団に入るならエルヴィンの班でと声をかけられて、それからの付き合いだ。彼は、ナマエをいつも比較的安全なところに配置した。
ナマエはものを作る技術を持つ人間だったから、だからできる限り長生きさせるようにしていたのだと思っていた。

だがおそらく、エルヴィンはそれ以上を考えていた。

10年以上も前から、彼は、ナマエに技術班を立ち上げさせるつもりでいたのだろう。少しでも長生きさせるどころか、1ミリもナマエを死なせるつもりはなかったのだ。だから、彼の中でナマエの命の優先順位は、恐らく、他の仲間たちを上回って高かった。

自分は、守られていたのだ。

つまり、――仲間たちを殺したのは、自分だ。

「オイ」

ちょっと立ち上がって、リヴァイがナマエの右手を押さえる。無意識に、左足に向けて拳を振り下ろそうとしていたらしい。彼の手が、冷たい。今は全然、寒い時期じゃないのに。
ナマエの右手の拳を握ったまま、リヴァイはベッドに座りなおす。ベッドがわずかに軋む。

「……私、みんなを殺してきたんだ。だから、生きてるんだ……」
「……」

目の前が真っ暗になっていく。

――私は、仲間たちを殺して生きている。



ナマエはただじっと、使い物にならなくなった自分の左足を見つめていた。
濡らされた白いハンカチが、目の前に差し出される。泣いていた、らしい。

「目を冷やせ」

ベッドに再度座ってこちらの顔を覗き込むリヴァイの声に、ナマエはようやく意識をそちらを向ける。

「ちゃんと冷やせ。そうでないと明日、目が腫れて顔が台無しになるだろうな」

どこか優しい声に、さっき止まったはずの涙がまた出そうになって、それから顔を背けてハンカチを持つリヴァイの手を押しやる。

「もう、大丈夫だから」
「……」
「本当に、もう大丈夫。ごめん」

優しくされる権利なんか、なかった。
たくさん仲間を殺してきたのだ。

そして、自信もなかった。

――殺してきただけの成果を、自分は作ることができるのだろうか。

命が、重い。
仲間たちの命が、重い。

自分はものを作る技術はある。これまでも、調査兵団のためにいろいろ作ってきた。だけれども、調査兵団の外に出れば自分よりも高い技術を持っている人がいるとナマエは知っている。
自分の大したことのない技術のために、数十もの仲間の命が犠牲になっている。自分の技術と、数十、いや数百の命が釣り合うとは、到底思えなかった。

あまりにも、たくさんの仲間の死を見てきてしまった。一緒に食事をし、訓練を積み、語り合った仲間たちが、喰われるのも潰されるのも、何度も目にした。彼らの帰ってこない、空虚なベッドを何度も整理整頓した。
その、彼らの命が、重たく肩にのしかかって。

「……てめえ、なにか余計なこと考えてねえよな」

すべてから、逃げ出したかった。
自分に、殺してきた命全部に見合うくらいのことができるなんて全く思えない。
こんなことなら、巨人に食われて死んでしまいましたジエンドとしたかった。

それでも、わかっていた。仲間の命に報いるにはやるしかないのだと。
ひとりひとりの笑顔が脳裏に浮かぶ。わかってはいるのだ。そうであれば。

――死ぬ気でやるしかない。死んででも、やるしか、

「おい!こっちを見ろ!」

大きな声にびくりと驚いて、反射的にリヴァイを見た。その眉間には皺が寄っていて、超絶不機嫌なのがとてもよく伝わってきた。

「リヴァイ……?」

だが、リヴァイはナマエの顔を見ると僅かに目を見開いて、それから、がっとナマエの胸倉を掴んだ。壁に背中がぶつかって、全身に痛みが走る。思わず顔をしかめた。

「いっ、」
「なんつう目をしてやがる」
「リ、ヴァイ、」
「お前は、お前だけは、そういう目をしねえと、俺は思っていた」

どんな目、と思うが、それより身体が痛い。左足も、あばらも、それ以外も、ずきずきと痛んだ。

「ね、え、」
「死ぬことなんか、覚悟するんじゃねえ。もらった大切な夢があるから死ねないって、お前はそう言っていただろうが。だったら、生きてやり切れ、クソが」
「……あ、」
「なあ、頼む」



苦しんででも、生きてくれ。



その言葉が空気を通って鼓膜を揺らして、神経から脳に届いて理解して、そしてナマエは目を見開く。

「……な、にを……」

リヴァイが、はっと我に返ったように手を緩め、目線と目線がようやく絡む。
彼は小さくクソっと吐き捨てて顔を逸らす。手が離れていき、ナマエは大きく息を吸った。

リヴァイは、落ちたハンカチをサイドテーブルに置いてベッドに座り直した。

「……悪い」

飛んできた謝罪。

「……うん」

彼は左手で顔を覆う。

「本当に悪かった」
「うん、あの、痛かった」
「……」
「今度、何かひとつお願い聞いてくれる?病人に、暴力ふるったから」
「……了解した」

目の前の男は、もう一度、悪かった、と重ねた。

ナマエはコップを手に取って、呼吸と気持ちを落ち着けるために水を一口飲む。コップを置くのを待っていたかのように、リヴァイに背中を支えられた。素直に寝かされる。

「俺は出る。後はシャノンに任せる」

頭を冷やしたいのだとわかった。

「わかった。リヴァイ、……ありがとう。明日から、いってらっしゃい」

リヴァイはすっとナマエから目線を逸らして、さっさとこちらに背を向けた。が、彼はドアを開く前に少し立ち止まった。

「ナマエ」
「……」
「……いや、なんでもねえ」
「え」

ドアがばたん、と閉まる。
医務室が少し赤く染まる。

「……言いかけてやめるの、最悪なんだけど……」

思わず悪態をつく。サイドテーブルに残されたハンカチで再度目を冷やそうとして、ナマエは水差しの向こうにもうひとつコップが残っているのを見つけた。足に負担がかからないように頑張って手を伸ばして触れれば、それはすっかり冷えきっていた。飲み終えてからも、随分時間が経っているのだろう。
どうやら兵士長である彼は随分長いこと、ナマエが目覚めるのをここで待っていたらしい。

彼は、割とわかりやすい。
今日だけ来た、みたいに言っていたが、それは嘘だ。毎日、きっと長い時間、ここで起きるのを待ってくれていたんだろうと言葉の端々からナマエは察していた。

唐突に泣きたい気持ちになって、冷たいハンカチを目に当てる。

『苦しんででも、生きてくれ』

――苦しみから逃れることを許さないなんて。

最悪だ、とナマエはもう一度呟いた。