「そこで、私は思ったんだ。もしも巨人の硬質化の破片がこんなに軽いなら、壁も思ったより重さはないんじゃないかって」
なるほど、とナマエは腕を組む。
「ハンジが言う通り、もし硬質化の石と壁の組織体が一緒だとしたら、壁の作りに興味がでてくる。中で巨人が支えているとはいえ、あれだけの高さの壁が倒れないのは、重量というより構造体に依存しているのかな。軽くて硬い、ってことは構造的にかなり無駄が省かれているはず。壁は基本的に円形だけど、曲線っていうのが肝なのかな」
「曲線だと倒れにくいんだろうね。あと、レイス領地の礼拝堂は、地下にも硬質化の跡があった。壁は地上に立っているんじゃなくて、地下にも埋まっていると考えるのが妥当だろうね」
からからから、と走る馬車の中で繰り広げられるハンジとナマエの止まらない会話に、エルヴィンとリヴァイは既に諦めの境地に達して、2人して黙って窓の外をぼんやりと眺めていた。
「礼拝堂と言えばだけど。今回、本当に実感したよ。ものを作る力は重要だ」
ハンジの言葉に首を傾げれば、彼女は続ける。
「王家の巨人に爆弾のプレゼントをあげるために、立体機動装置をトロッコにつけたり、いろいろ工作が必要だったからね。紐でつけるだけだったけど」
女王が擁立される前、彼女の父が巨人になってオルブド区を襲撃したときのことだ。その巨人を倒すために、爆弾を乗せた小さなトロッコに立体機動装置のアンカーと射出部分をとりつけて、遠くからたくさんの爆弾を巨人に当てることができたらしい。
彼女曰く、対特定目標拘束兵器の時の仕様がヒントになったとのこと。
「なるほど」
「今度はトンカチでちゃんとした物を作ってみたい」
「教えるよ。難しくないし、ハンジならすぐできるようになる」
「立体機動装置を改造するのは?できるようになるかな?」
うーん、とナマエは腕を組む。
「もちろん、いつかはできるようになる。でも、立体機動装置ってほとんど改善の余地がないくらいの完成形で、下手に弄りまわすとむしろ駄目になるから、あんまり人に勧められるものでもないんだよね。私、10個以上は駄目にしてるよ」
ん、と右斜め前に座るエルヴィンの目がこちらを向く。耳だけはこちらを向いていたらしい。
「ナマエ、その10個は、どこから持ってきた?」
基本的に、立体機動装置はみなそれぞれ個々の所有物であり、持ち出しは全て管理されている。なので、10個もどこで見つけてきたのか、という疑問は当然浮かぶ。
「ああ、それは」
ふと、ナマエは1つ気づく。
――この話は、きっと面倒なことになる。
ゆっくり言葉を選ぶ。
「……兵規違反はしていませんよ。不良品をもらってきたんです」
今度は、先程まで窓の外を見ていたリヴァイがこちらを向く。
ナマエはそちらにはあえて目線を向けない。
「どうしたの、リヴァイ?」
ハンジが首を傾げた。が、リヴァイは完全にそれを無視する。
「ナマエ」
「はい」
「てめえ、どうやって不良品なんか手に入れた?工業都市か?」
きっとすごい形相で睨まれているんだろうな、と思う。
やはり、懸念していた面倒な事態は避けられそうにない。
「……あー、まあ、工場の技術者に掛け合って」
「この手の話で、俺に誤魔化しが利くと思うな。立体機動装置は、不良品の廃棄まで厳しく管理されているだろうが。そんなに簡単に手に入る代物じゃねえ」
「……」
「立体機動装置が捨てられているのは、工業都市の奥の廃棄場しかない。お前、1人でそこに行っていたんじゃないだろうな?……なるほど、あのエリアに1人で行っていたと」
完全にお見通しだ。ナマエはむくれる。
工業都市は、地下街の人が上がってくることもあるエリアだし、リヴァイは地下街にいたのに立体機動装置を持っていた。だから、もしかしたら詳しいかもしれないと思ったが、本当に詳しかった。きっと彼も、あのあたりで立体機動装置や必要なガスをうまいこと入手していたのだろう。
「奥の廃棄場?」
エルヴィンはリヴァイを見る。
「どういうことだ」
「エルヴィン、こいつは無法地帯中の無法地帯に、単身で乗り込む馬鹿なことをしていたんだよ」
「どう無法地帯なんだ」
「ああ、そうだな。廃棄場に捨てられてるのは不良品だけじゃない。おい、お前は、よくわかっているよな?」
圧をかけられ、ナマエは、まあ、と有耶無耶に応える。現場に何度も行ったことのあるナマエは知っている。
死体だ。廃棄場には、大量の死体が捨てられている。しかも、たくさんの暴力――いろいろな形の暴力を振るわれたあとのある死体だ。
工業都市そのものが比較的治安の悪いエリアではあるが、廃棄場はその濃度が5段階くらい上がった場所と言ってもよい。
「廃棄場には、殺しの、しかもそれを愉しむ専門家が、遊び終わった死体を捨てに来る。あそこはあいつらの縄張りだ」
「ええ!?」
ハンジが目を見開いてナマエを見る。
「ナマエ、よく生きてたね」
「しかもお前、立体機動装置10個、って言っていたな。何回廃棄場に行った」
リヴァイをちらっを見ると、全く予想していた通りの顔でこちらを見ていた。うるさいな、とその膝を叩く。
「もう、昔のことだしいいでしょ。いま生きてるんだから」
「一応聞いておくが、また行く予定はないんだよな?」
「……うん、ないよ」
そう答えれば、リヴァイが舌打ちをしてエルヴィンを見る。
「エルヴィン、こいつは駄目だ。学習とかいうものをしねえらしい、絶対にまた行く。立体機動装置を別のルートでどうにか確保してやってくれ。次は死ぬかもしれねえ」
行く予定はないってば、と気持ちばかりの反論をすると、行く予定はなくても行くつもりはあるんだろと核心をつかれ、ナマエは口を閉じた。
エルヴィンが苦笑する。
「そうだな、そうしよう。相変わらず、君は相当な無茶をするらしいな」
「無茶どころの話じゃねえよ。俺には訳がわからない。てめえ、なんで生き延びてる」
呆れたように言われて、ナマエは肩をすくめた。
「さあ、でも必要な対策はしてるから」
「対策ってどんなことをするの?」
ハンジに聞かれて、ナマエは何をしたっけな、と思い返す。
「行く時間帯と日程はすごく大事だから、情報集めてちゃんと選ぶ。あと、いざというときに逃げられるように、立体機動装置は持っていってて。あ、団長、必要な例外手続きはとってます。それから、標的にならないように男装してたり」
「え!ナマエの男装、見たい!でもナマエ、小柄だし、あまり男っぽくならなさそう」
「身長がね。でも、厚底のブーツ履いたり、身体の形の見えないふわっとした服とかで、多少誤魔化してたよ」
「それくらいでどうにかできる感じはしねえが」
「厚底履けば、リヴァイと同じくらいの身長だけど……」
そう言えば、あ?と今日一番の鋭さの睨みを喰らって、ん?と笑顔で煽り返す。ハンジが、ナマエとリヴァイを交互に見る。
「もしかしたら、その殺人のプロたち、ナマエをリヴァイと勘違いしていたのかもね」
リヴァイが今度はハンジを睨む。
「何を言ってやがる」
「だって、リヴァイ、地下ではかなり名前が知れていたんだろ。そうだとしたら、ナマエの男装って、かなり有効な手段だと思わないか?」
「俺とナマエは全然違うだろうが」
「そうかな?黙っていれば、背格好は近いから――」
「背格好は近い?」
ハンジとリヴァイが、ナマエの男装の有意性についてがやがやするのを挟み、エルヴィンが微笑んでナマエに言う。
「ナマエ、次からはこっちで上手く手配する。必要な時には言ってくれ。君の話を聞くと、俺もリヴァイと同じで、なんで君が生き延びているのかわからなくなるときがある」
「はい、すみません」
なぜ、自分がこんなに生き延びているのかなど、ナマエにもわからない。
確かに、廃棄場に1人で行くのは危険だ。だが、行けると思ったから行ったのだ。
正直なところ、ナマエは、調査兵団に入ることを決めたときから今まで、ずっと自分が巨人に喰われたり潰されたりするイメージを全く持てていない。
なぜだろうか。ナマエはリヴァイのように特別強いわけでもない。不思議だ。もちろん、想像できていなくても、死ぬときは呆気なく死ぬのだろうが。
「ねえナマエ、胸はどうしてたの?」
ぼんやり考えている間にも、ハンジとリヴァイは、ナマエの男装談義を続けていた。ばれるとかばれないとか、そんな話だ。ああ、とナマエは当時のことを思い出す。
「さらしで潰してた。私、そんなに大きくないしどうにかなったよ」
「なるほど。ナマエも私と同じくらいだったね」
「そうそう。お母さんはあるんだけどなあ。遺伝じゃないよね?」
「うん、結局胸って脂肪だから、10代前半から鍛えてると消費されてあんまり大きくならない。揉まれれば大きくなるとか聞いたことあるけど」
「そうなの?なんで?」
「さあ?でも本能的なものなんじゃない」
「お前ら、なんつう話をしてる」
ただ黙ってにこやかに話を聞くエルヴィンに対し、リヴァイは呆れたように話を止めてくる。
ハンジが楽しそうにリヴァイのほうに身体を乗り出す。
「三十路の男がなにを今更、胸くらいで」
「うるせえな。エルヴィンもなんとか言えよ」
「いいじゃないか。賑やかで」
「諦めんじゃねえ。チッ、モブリットがここにいれば」
残念ながら、頼みの綱であるモブリットは、本日本部で書類仕事をハンジに押し付けられている。
ふと、ここにミケやナナバやゴーグルや、他にもたくさんの仲間たちがいないことを実感する。シガンシナ区陥落前からの仲間たちは、ここ数か月でかなり減ってしまっていた。
馬車が止まって、ドアが開く。
「到着しましたよ」
馬車を運転してくれていた若手の兵士が、笑顔で言う。
「随分楽しそうでしたね」
ハンジが笑って、先に降りる。
「そりゃあね。マルオもここまで馬車、ありがとう」
そのあとにエルヴィンが続いて、リヴァイもその後に。
彼は降りてから振り返ると、ほら、と手を出してくる。ナマエは目を瞬いて、それから気を遣ってくれたことにちょっと嬉しくなる。
「ありがと」
ゆっくり馬車から降りて、松葉杖をついて歩く。既に前の方を歩くエルヴィンとハンジの背中を、リヴァイと並んで眺める。
「あいつら、ナマエの足のことなんざ忘れてるだろ」
「いいの、それくらいで。あの2人は好きなようにやってくれれば」
「……そうだな」
「ナマエー!リヴァイ!」
ハンジがこちらを見て大きく手を振る。エルヴィンも振り返っていつものように微笑んだ。
「早くおいで!」
いい笑顔だな、とナマエは思う。ハンジの笑顔は心底楽しそうで、ナマエは訓練兵のときからその笑顔が好きだ。
「ここだな」
エルヴィンが鍵をかちゃかちゃと開ける間に、よいしょ、とナマエはリヴァイの背中から降りて、ハンジから松葉杖を受け取る。
「ありがとう」
「思ったより地下だったな」
「まあ、隠し事のテッパンは地下だよねえ」
資料庫はかなり地下深くにあることがわかり、松葉杖のナマエはリヴァイに背負ってもらって降りてきた。身長的にはハンジの方が適任だった気もするが、体力的にリヴァイのほうが安心感があった。
「よし、開いた」
「行くぞ〜!」
ドアが引かれた。
息をのむ。
中央憲兵の隠していた資料庫は、まるで宝庫だった。広くはないが、ずらりと壁一面に書籍が並び、何よりその反対側の壁に見たことのない武器のようなものがケースの中に鎮座していたのである。
「す、す、す、すごい!!!すごい、すごいよ!!!」
やはり、1番初めに叫んだのはハンジだった。彼女は本棚に飛びついて、片っ端から見始める。すごいな、とエルヴィンも部屋を眺めた。
ナマエは松葉杖をついて、真っ先に武器のケースに近寄る。どこから開けるのだろう。
「これだろ」
リヴァイが鍵を使って、ケースの鍵穴にかちゃかちゃと差す。
「あ、ありがとう」
「入り口にかかっていた」
武器しか目に入っていなかった。
かちゃり。ケースが開く。ゴクリと無意識に喉が鳴った。
端から丁寧に、ひとつひとつ手に取って確認する。銃や爆弾などは、形からイメージしやすいものが多い。かちゃかちゃ、とレバーを引いて銃弾も確認してみる。
「これ……」
1つの銃を、手に取って持ち上げる。近くに立っていたリヴァイを見れば、彼もこちらを見た。
「これ、中央憲兵の使っていた銃に似ているんじゃない」
リヴァイが近づいてきてそれをまじまじと見て、頷いた。
「似ているな」
「だよね。装填できるのは、2発。中央憲兵のも?」
「ああ」
「……へえ」
全ての武器を一通りちゃんと見ていく。どれも明らかに調査兵団の使っている武器よりももっと高度な技術が使われていた。
こつり、松葉杖をついて、反対側の本棚を見てみる。科学系のタイトルの書籍を一冊手に取って開き、ペラペラめくっていく。
「……なるほど、ね」
いろいろなピースが合わさって、思わず独り言が漏れる。
カラネス区の祖父の家には、大きな机の下に床下収納がある。
ものを作るのが好きで、ものの作り方を教えてもらうために長期の休みのほとんどを祖父の家で過ごしていたナマエは、9歳の年、たまたまそれを発見してしまった。
なんとなく見つけたと言ってはいけない気がして、祖父がいないときに床下収納をひとりで開いた。そこには5冊ほどの本が入っていた。
タイトルも、何もない。
表紙をめくって、目次を見て、それからナマエはそれを夢中になって読んだ。
学校では習うことのない、理科の話。授業で納得がいっていなかったところを詳しく解説している内容。ものを作る時の原理。1行を5回は読まないと理解ができなかったし、先まで進んでも前に戻らないとわからないところもたくさんあったが、何より未知のことを知るのが楽しかった。
祖父が家のドアを開けたことにすら気づかず、大変な勢いで本を取り上げられ、大喧嘩となった。翌朝までかけて何度も何度も外で内容を言わないことを約束させられ、内容を少しでも話せば家族が死んでしまうことを骨の髄までわからせるように言い聞かせられた。
『どれだけの技術者が死んだと思う!!!わしの友人が死んだ理由の半分は、訳のわからん事故死だ!!!』
祖父が初めて怒鳴る姿に、ナマエはひどく恐怖した。
『この本は、最先端の技術者が死んで遺した知識じゃ。技術者が、技術を開発してなんで死ぬのかわしにはわからん。だが、この壁の中はそういう世界なんじゃ。だから、誰にも、何も、言ってはならん。わかったか』
それでもナマエは、その本を読むことだけは、譲らなかった。
許してくれるなら祖父が見ているところで読む、許してくれないなら隠れて読む、と言えば、祖父も折れるしかなかったのだろう。
その本は、それこそ擦り切れるほど読んだ。
祖父は、プタック・プルテロスという昔の同僚の話をしてくれた。彼がうるさい工場で隣で作業をしながら小さな声で話してくれたこと、何人かの技術者とともに空飛ぶ船を開発したのに飛ぶ前に彼らとともにどこか遠い町で死んだこと、祖父は退職してから彼との話や彼の周りにいた技術者の話を覚えている限り文字に書き起こしたこと。
『プタックは、遺跡に興味があった。彼は、空を飛べば安全に探索できると考えたんじゃ。それで、同士を募った。……皆、無念よのお。なぜ死ななきゃならなかったんだろうなあ。わしにできるのは、あいつらの知識を遺すことくらいじゃ』
――空を飛べれば、きっと人類は壁も巨人も飛び越えてもっとその先を見ることができる。いまは廃墟なのだろうが、そこには過去の人類の記録も残っているはずだ。失われた技術も復活できるかもしれない。
――それがあれば、この鬱屈した壁の中ももう少し豊かになるだろう。
ナマエに最も影響を与えたプタックの言葉は、この本の背表紙の裏に記録されていた。
そして、その彼の本とほとんど同じ内容が、ここ中央憲兵の資料庫にある。
プタックたちはこれを知ってしまったから、彼らに殺されたのだと理解する。
とにかく彼らが技術や知識を自分たちのものにして、外へは漏らさないようにしていたことが、ここを見てよくわかった。
腹が立ってきた。
ここの技術があれば、もっと死ぬ人間は少なかったはずだ。これまで死んでいった彼らの無念を晴らすためにも、ここの技術は十分に活用させてもらわなくてはならない。
「手ごたえは?」
後ろから声をかけられる。エルヴィンだ。リヴァイもその後ろからこちらを見ていた。
「上々です」
ナマエの声に、エルヴィンが尋ねる。
「……怒っているのか」
「ものすごく、腹が立っています」
無意識に、本を持つ手に力がこもる。
「なぜこんな重要な知識と技術を隠していたのか。そのせいで、たくさん死んできたんです、調査兵たちも、技術者たちも。でも、きっと中央憲兵にも事情が……理由が、きっとあったはず……」
ナマエはゆるりと首を横に振る。
何の理由もなく隠してきた、なんて許せない。ナマエが理解できなくてもよい、何か彼らなりに理由があったのだと思えなければ、ここ100年の彼らの所業を許せない。
「すみません」
あまり冷静になれていない気がして謝れば、ぽん、と暖かい手。ハンジがきりりとこちらを見る。
「ナマエ、やろう」
「……」
「絶対にここの知識と技術を活用しよう。それで、シガンシナ区を取り返して、壁外調査も進めて、そして人類に自由をもたらすんだ。やるしかない」
だろう?を首を傾げるハンジの手に、ナマエは自分の手を重ねる。
「……必要なものを、教えて。全部、作るから」