08


「心臓を捧げよ!」
「心臓を捧げよ!」



「……」

窓の横に置いた椅子に座って、頬杖をつき眼下の街をぼんやりと眺める。
向かいには、同じような姿勢で同じように街を見下ろすヒストリア。

既に日は落ちた。調査兵団がトロスト区を出て、数時間は経っている。真夜中も過ぎているはずだ。それでも、光る鉱石で作られたランタンが街には輝いている。そこから聞こえてくる民衆の楽し気で気楽な合唱を、ナマエとヒストリアはただ聞いていた。
ここは調査兵団トロスト区支部の一室で、調査兵団の出発に激励を送るために来た女王にあてがわれている。

ヒストリアから、会えないかと連絡が来たのは、突然の事だった。
初めて2人で顔を合わせ話したが、彼女はかなりフランクだった。

「私、トロスト区の防衛戦でナマエさんを見たのを覚えています」

彼女は手ずからナマエの分の紅茶も淹れながら、そんな話をした。

「団長から、ナマエさんがそのときまで調査兵だったことを聞いて、確信しました。我々には退却命令が出ていましたが、調査兵団が到着してからも壁の上からユミルと見ていたんです」
「よく私のこと、わかりましたね」
「ユミルが言ったんですよ、『あそこで、お前くらい小さい兵士が戦っている』って」
「小さい……」

思わず頭の中でほとんど同じくらいの身長の男を思い浮かべる。チッと舌打ちをされそうだ。同じくらいというだけで睨まれるかもしれない。
だが、確かに当時のナマエの班は、身長が大きい人ばかりだった。相対的にナマエが小さく見えたのも想像はつく。

「実際、ナマエさんは私よりも大きかったけど。でも、そのとき私、とても勇気づけられたんです。私も、戦える、って」
「……」
「名前もわからなかったですし、入団した後は見つからなくて。だから、ずっとお会いしてみたかったんです。それに、今はこういう似たような立場ですし」

昔の仲間たちを、待つしかない立場。
自分にしかやれないことがあるとは、わかっている。それをやることが、仲間たちのためになることもわかっている。それでも、見送り待つ側は苦しい。



「……ヒストリア、寝なくていいの」

調査兵団の先輩後輩として接してほしい、と言われ、敬語が禁止され、ナマエも少しずつ慣れてきていた。

「いいんです、夜更かししたい。駄目ですか?明日、馬車の中で寝られるから」
「もう。忙しいのに」

そんな会話を、どのくらい前にしただろうか。
調査兵団での思い出話や最近の苦労話なんかをしているうちに、既に時は深夜を越えていた。

女王陛下の貴重な時間をこんな風にもらっていいのかわからないが、こうやって黙っていても誰かと一緒にいたほうがいい、と言うのはどちらも思っていた。似た立場だからこそ、わかることでもあった。

「民衆というのは、勝手なことをいうものですね」

ヒストリアが街を見下ろしながらぽつりと言う。
彼女は可愛らしい顔でありながら、冷淡な目をする、とナマエは思う。彼女は民衆を守りたいと心底思っているわけではなく、女王として民衆を慮るべきだからそうしているだけのように見えた。

「今回、調査兵団は英雄として見送られました。これまで、そんなことはなかった。私は、みんなのこれまでの頑張りが、認められたようで嬉しいです」
「そうね。……昔は、税金泥棒とも言われたんだけど」

ひどいですね、とヒストリアは眉を下げる。ひどいよね、とナマエは笑う。

「仲間を亡くして帰ったら、そんなことを言われるの。泣きっ面に蜂なのもいい加減にしてほしいけど、仕方ない。だって、彼らは見ていないから。仲間が死ぬのを」
「結果がでなければ、非情なまでに非難する。結果が出ても、たいして感謝もしない。彼らは想像できる範囲で想像して、好きなことを言っているだけです」

思わずナマエは、部屋を振り返って、他に誰もいないことを確認する。部屋の外に護衛はいるだろうが、それ以外には人はいない。ほっと息を吐く。
そんなナマエを見て、ヒストリアはふと笑う。

「驚きました?女王様がこんな悪い子で」
「……ううん、ハンジから聞いていた通り」
「ハンジさん、一体なにをナマエさんに言ったんですか」

ハンジ曰く、彼女は昔、まさにとてもいい子、だったらしい。

『でも、グレちゃったんだよね〜』
『……なんでそんな嬉しそうなの』

そんな会話をした記憶がある。

ナマエは、ぎゅっと無意識に拳を握る。

「……今回は」
「……」
「できる限り、多くの仲間が帰ってきてほしい。そしてちゃんと、歓迎されてほしい」
「私もそう思います。そうあるべきです」



「心臓を捧げよ!」
「心臓を捧げよ!」


聞こえてくる、合唱の声。

――一体彼らは、誰が、誰に、心臓を捧げよ、と言っているのだろうか。

ナマエは、テーブルの上の冷え切った紅茶を少し飲んだ。







ことり、ことり。

松葉杖を一歩ずつ、前に進める。

昨日は、途中でいかだを漕ぎ始めたヒストリアを護衛に預け、支部で借りていた部屋に戻ったものの結局寝られず、朝1時間程ベッドでうとうとした。それから心配して部屋に来てくれたタノと一緒に朝ごはんを食べて、そのあとも気持ちが落ち着かずにここへ来た。

右にも、左にも、前にも後ろにも、墓石。

これまで死んでいった上司や、部下や、同期たちの墓がここにはあった。どのくらいあるのかなんて数えたくない。

12人の調査兵団同期たち。
それから、ミケの墓。ゴーグルの墓。ディータの墓。シャノンの墓。ルークの墓。イザベルの墓。ファーランの墓。……。

――。

10年以上も居れば班や隊を飛び越えて、いろいろな調査兵と話す機会は多い。しかも、ナマエは立体機動装置に問題が起きたときの相談窓口のようなものだった。そんなわけで、顔だけは広かった。そんなわけで、気づけばいなくなっていた知り合いは多すぎた。

ひとつの墓の前で、立ち止まる。エルヴィン班は生存率が高かったが、もちろん被害がゼロだったわけではない。ナマエは、何度目かの壁外調査で、先輩調査兵に命を救われた。

「バレットさん、お久しぶりです」

墓の前で、ひとつの腕章を握る。

生き残っている調査兵の中で、誰かに命を救われた経験をしている者は多い。よくある経験だ。よくあるが、誰しもの心に深く刻みつけられる経験だ。
目の前で自分の代わりに巨人の手に捕らえられ、呆気なく大きな口で噛み砕かれたバレットを、ナマエはいまでも夢に見る。
最終的にはミケがその巨人を倒したものの、その経験をしてのち、ナマエは戦闘が強いナナバに教えを請うた。運動神経が悪い、なんて言い訳も通用しない世界だと強く実感した。だから、何もせずにはいられなかった。バレットや他の仲間たちに守られた命を、何もせずに投げ出すわけにはいかなかった。


白い墓石の前に来る。

――ナナバさん。

ゆっくりと腰を折って、黄色の花を手向ける。骨があるわけじゃないけれども、ようやく、花を手向けに来ることができた。

『ナマエ、違う。腕はこう、足はこう。そうすれば、力がこっちにかかるから、投げやすくなる。勢いで投げるんじゃない』

ナナバの組んでくれた特訓を思い出す。彼女も誰かに学んできたのだろう、教えるのが上手かった。

『立体機動をする時、確かにナマエは手先が器用だけど、それだけじゃ限界がある。訓練兵のときに格闘の練習があっただろ。あれは結構重要だ。格闘技ができれば身体の軸ができて、空中で自分を制御できる。わかったね。じゃあもう一回だ』

1ヶ月間、毎日ナマエはナナバに鍛えてもらった。訓練兵時代はどうしてもやって覚えろ方式なので、ナナバから理論を教わってからようやく、ナマエも人並みに身体を使うことができるようになった。
そして、身体の動きがわかるようになった途端、ナマエは立体機動が確実に上手くなった。もちろん分隊長やナナバたち猛者のようなレベルには到底及ばなかったが、明らかにしっかり戦えるようになって、班長も任せてもらえるくらいにはなれた。
ここまでナマエが生き残っているのは、彼女のおかげでもある。



ふう、と大きく息を吸う。

きっと、いまごろみな巨人たちと戦っているに違いない。


――さぁぁぁぁぁぁ……


風が通る。少しだけ色づき始めたたくさんの葉が散っていく。

ふと、涙が出てきた。

たくさんの視線を感じる。まるで、仲間たちが、こちらを見ているような。

ひゅ、と息を吸う。ものすごく、胸が苦しい。
左手で松葉杖をぎゅっと握りしめて、右手でシャツの胸元を抑える。

苦しい。苦しい。苦しい。

そのまま立っていられずに地面に膝をつく。大きく息を吐いて、吸う。

黄色の花が、視界の隅に映る。それを見て、どうにか意識を保つ。
どのくらい経ったのか、気づけば胸の苦しさは収まっていた。

――……

嫌な予感しかしなかった。
松葉杖を支えに、ゆっくり立ち上がる。そのままナマエは、トロスト区を出て本部に戻った。





「調査兵団が、帰った!我々の、勝利だ!ウォール・マリア奪還成功だ!!!」

朝焼けの中、駐屯兵団からの速報にトロスト区は湧きあがった。



「――それで」

ナマエは、調査兵団本部まで報告に来た駐屯兵に尋ねる。

「何人、帰ってきたんですか」
「……9名、です」
「そう。……報告、ありがとうございます」

松葉杖を手に取って立ち上がる。
近くに座っていた実働班の待機組と医療班の2人も立ち上がって、ありがとうございます、と駐屯兵に頭を下げる。駐屯兵は部屋を出ていった。

「ナマエさん」
「出迎えの準備をしよう。……皆、疲れているはずだから、ゆっくりさせてあげないとね」



ザックレー総統やピクシス司令官への報告後、英雄たる9名が帰ってくるのを、居残り組全員で本部のホールで出迎える。

「シガンシナ区奪還特別任務より、調査兵団実働部隊、ただいま帰還した!」

ハンジを中心に9名が並んで、拳を心臓に当てる。本部にいたわずかな居残り組も、拳を心臓に当てた。

医療班がばたばたと動き始め、実働部隊の待機組も帰ってきた調査兵の元に駆け寄って生き残ったことを喜び合う。
ナマエもことりと松葉杖をつく。人と人の間を縫って、ハンジがこちらに近づいてくる。

「ナマエ」
「ハンジ」

その大きな身長で抱きしめられ、ナマエもその背中に手を回す。暖かい。生きていた。

「おかえりなさい」
「ただいま」
「……本当に、よかった」

最強の同期だ。少し身体を離して顔を見れば、いつも通りの笑顔。左目に包帯を巻いていても、笑顔がわかるのが嬉しい。無事な彼女を見て安心して泣きそうだったが、我慢する。

「あはは。泣きそうな顔してる」

ハンジは笑う。ナマエもつられて笑った。

「ねえ、ナマエ。とうとう、わかったんだ。この世界のこと。私たちは見つけたよ」
「見つけたの?」
「うん。巨人も、そしてこの世界も、すごい」

ハンジの右目が、きらきらと輝いている。きっと包帯を巻いている左目も同じだろう。
それって、とナマエが聞こうとした途端、ハンジは身体を傾けてナマエの耳に内緒話をするように口を近づけた。

「ナマエ、これはまだ、口外しないで」

ナマエが頷いたのを確認して、ハンジは小さな声で、世界について話す。

「巨人は、やっぱり本当に元人間だった。壁の外には海があって、そしてその先には人間がいて、そいつらが巨人になっていたんだ」

ナマエは目を見開く。

――空を飛べれば、きっと人類は壁も巨人も飛び越えてもっとその先を見ることができる。いまは廃墟なのだろうが、そこには過去の人類の記録も残っているはずだ。失われた技術も復活できるかもしれない。

――『……壁の外に人がいないって、どうやって調べたんだろう』

「我々には、その事実が隠されていた。そのほうが、世界にとって都合がよかったんだ」
「ハンジ」
「もう、行くしかない。見るしかないと思う」
「私も行く」

そう言えば、ハンジは身体を起こして驚いたようにナマエの足元を見る。

「でも、ナマエ」
「なにを言っているの、ハンジ。私、これからも馬にも乗るし、立体機動もやる」

ハンジは、少し固まってから、ふと満面の笑みを浮かべる。そうして、力強くナマエの肩に手を置いた。

「そうだ、そうだった!昔から、ナマエはそうだ。やりたいと思えば立体機動だって改造する!」
「うん。だから、一緒に行くから」
「行こう、一緒に」

あの、と医療班にためらいがちに声をかけられ、あ、とナマエはハンジから離れる。

「ごめん、ハンジ、怪我を」
「もう大丈夫なんだけれどね」
「駄目だって、何言ってるの」

思わず、その左目の包帯に触れる。

「治してきて」

ハンジは何かを思い出したのか、一瞬だけ少し悲し気に視線をそらして、それから、すぐに元の笑顔に戻る。

「ナマエ、あとで時間を取る。新しい発見は、調査兵団技術班所長には共有すべきだ」
「ありがとう。楽しみにしてるよ、……団長」

ハンジの眉がふっと下がった。もう一度抱きしめあってから、またね、と手を振りあう。

新しい団長を、技術班としてしっかり支えていかなくては、と思う。
医療班と話しながら医務室に向かっていく、彼女。その背中は団長らしく、大きい。
彼女のお願いは、絶対に断らないとナマエは決めている。

きっと、巨人とすら意思疎通を図ろうとするハンジが、団長として描く未来は素晴らしいものだと、ナマエは信じているから。



リヴァイを探す。ホールで他の兵士たちと話していたのを見たはずだが、ハンジと話している間にどこかへ行ってしまったらしい。

「あの」

104期の子に声をかける。確か、彼らと話していたはずだ。

「リヴァイがどこに行ったか、知ってる?」
「兵長ですか?」

茶髪の青年が答える。

「なあ、お前らわかるか?」
「兵長なら、さっきドアから出ていきました」

マフラーを巻いた女の子がそう言って、正面のドアを示す。

「わかった、ありがとう。……皆も、ゆっくり、休んで」
「ありがとうございます」

松葉杖を、ことりとつく。

――外に出て、一体彼はどこに行ったのだろう。



結局リヴァイのことは見つからず、昼食の時間を迎え、夕食の時間を迎え、夜になってしまった。
リヴァイの私室の前に立つ。夕食の席にも、彼はいなかった。この時間には、さすがに部屋に帰っていると思いたい。
息を吐いて、ドアをノックする。

「……」

ひとつの音も返ってこない。いないのかもしれないが、もう一度ナマエはノックする。

「……リヴァイ?」

声をかければ、ドア越しに人が動く気配がした。いる。

「入ってもいい?駄目なら駄目って言って」
「……駄目だ、来るな」

ドア越しのくぐもった返事。

その声を聞いた途端、突然安堵に満たされて、自分で驚く。
リヴァイの心配なんて、正直ナマエはほとんどしていなかったのだ。行く前に彼とは挨拶すらしていない。帰ってくることを、寸分も疑っていなかったからである。
シガンシナ区には、調査兵団の精鋭100人が向かったのに、たった9人しか返ってこなかった。しかもそこにエルヴィンの姿がないことで、ナマエは初めて、巷で人類最強と呼ばれる彼も死ぬのかもしれない、と認識したのだ。

「ごめんけど、駄目って言われても一旦入るよ」
「……」

がちゃり、とドアを開けば、ランプもつけずに真っ暗な中、窓際のベッドの上でぼんやりと膝を抱え、外を眺める彼がいた。
こちらに背中を向けていて、全く表情は見えない。私服姿の背中が、どこか寂しげに見えた。

「……来るなと言っただろうが」

弱い抵抗。ナマエは背中でドアを閉める。

「あまり、放っておきたくないんだけど」

そう言えば、リヴァイは黙る。
ナマエは部屋の端にあるテーブルの椅子を引いて座り、松葉杖を壁に立て掛ける。
マッチを擦って卓上のランプをつければ、ようやく部屋が明るくなった。
テーブルの上にお菓子を置く。

「今日の夕食に出たの、甘いクッキー。調理場の人が、頑張ってくれたみたい。すごい貴重品だし、リヴァイの分も持ってきたよ」
「……」
「本当はスープとか持ってくるべきなんだけど、手が使えないから無理で。それにどうせ、食べられないかなとも思ったし」

リヴァイとエルヴィンは、調査兵団の中でも明らかに特別強い関係だった。地下街で暮らしていたリヴァイにとって、自分を地上へそして壁外へ連れ出したエルヴィンは絶対的な存在だったし、全てを抱え込むエルヴィンにとっては、圧倒的な力を持つリヴァイが最も頼りにできる人間であったことにも、違いなかった。
だから、ファーランとイザベルとを亡くしたときのように、自暴自棄になっていないか、ナマエはただそれだけが心配だった。

ナマエはひとりでクッキーの袋を開ける。自分の分だ。

「コンロ、借りていい?」
「……勝手にしろ」

クッキーには紅茶だ。許可をもらったので、松葉杖をついて部屋の簡易キッチンでお湯を沸かして、紅茶を淹れる。
がさりと音がして振り向けば、リヴァイが立ち上がってこちらに近づいてきた。香りにつられたのだろう。タノから紅茶の淹れ方を教わっておいて良かったと思う。彼の淹れ方はなんだか香りが引き立つのだ。

「リヴァイも紅茶、飲む?」
「……ああ」

もうひとつコップを出し紅茶を用意しようとすれば、ふと左肩に重みを感じて手を止める。
後ろから頭が乗っかっていた。

「……」

右手を伸ばしてその頭に触れれば、大きく深呼吸するのが聞こえた。

「……やめろ」
「……」
「やめねえなら犯す。夜に男の部屋に1人で来たんなら、そういうことだろ」
「え?やだよ。暴力反対」

考えるようにリヴァイは黙って、それから小さくチッと舌打ちをする。

「……暴力反対なんて、兵士が何言ってやがる……」

腕がお腹に回ってきて、背中に体温を感じる。ナマエはそのまま頭をぽんぽん、とあやすようにする。少し肩が濡れるのを感じた。泣いているのだろう、と後ろから聞こえる呼吸でもわかった。



「……最悪だ」

しばらくして、ぽつり、肩越しにそう言う声が聞こえた。

「……最悪だね」
「なんでてめえは……ああ、クソ……」

回された腕に力がこもった。いつもは割と長くなっても話すタイプのリヴァイが、言葉に詰まっていて、ふっと笑う。

「なんでって、何が?」
「なんでもねえよ。……今日、外を歩くお前を何度か見た」
「え、どこから?」
「屋根の上だ」

ナマエは思わずその頭に乗せていた手で、ぱこん、と軽く叩く。

「一日中探し回ったのに」
「わかってる。見つかりたくなかったからに決まってるだろうが」
「……立体機動ができてたら、屋根の上まで探してた」
「お前は、そうするだろうな」

ふ、とリヴァイが小さく笑ったのが聞こえる。
やはり、立体機動ができたほうが良いなと思う。これから、ウォール・マリアの復興できっとナマエは死ぬほどハンジに使われるだろうが、それが一区切りつけば、時間ができるはずだ。そうしたら、足が悪くても立体機動ができるようなものを開発したい。

「ハンジと話し終わってから、ずっと、本当にずっと探してたんだよ」
「悪かった。……ハンジは、大丈夫か」

ナマエは彼女の顔を思い浮かべつつ、もう一度湯を沸かし直す。

「あとでまた話すことになってる。あの子は、次期団長に指名されてから時間もあったし、覚悟も決めてた。リヴァイのことほど心配してないよ」
「……なるほどな。お前は」
「出発前に団長と話してる」
「ああ、そうかよ」

俺だけか、とどこか不満げな彼を後ろに、ナマエは紅茶を淹れる手を再度動かし始める。
正確には多分違う、とナマエは思う。団長という枠を一番越えてエルヴィン自身をまるごと理解しようとしていたのがリヴァイだから、きっと彼はこんなに辛いのだ。

少し待ち、湧いたお湯をとっとっと、とコップに注ぐ。蒸らすといい香りがした。

「……紅茶淹れるの上手いな」
「タノに教えてもらったの。彼、上手いよ」
「あいつか」
「はい、どうぞ」
「助かる」

背中の体温が離れていき、横から伸びてきた手がコップをふたつ持った。ナマエの分も持って行ってくれるらしい。

「ありがとう」

テーブルを挟んで向かい合って椅子に座れば、リヴァイの表情が初めて見えた。クマが一段と酷い。ランプに照らされているせいか、いつも以上に眉間に皺が寄って見える。

「……これが、クッキーってやつか」
「そうだよ。初めて?」
「ああ。お前は?いや、実家がレストランか」
「うん、食べたことはある。甘いよ。紅茶と合う」

はい、とリヴァイの分を手渡し、ナマエは自分の分を食べる。ほのかな甘味があって、良い味だ。リヴァイも口にさくっとクッキーを含むと、

「……美味いな」

と言った。

窓の外は真っ暗で、星だけが見える。夜の紅茶とクッキーなんて、すごい贅沢な感じだ。



「……俺は、エルヴィンを殺した」

ぽん、と川に石を投げ込むように、リヴァイは話し出した。

本当に唐突に言うので、すぐに返事が出てこなかった。
エルヴィンが死んだことは、あまりに明白だった。だから別に、わざわざ言う必要はないはずだった。

「なにかあったの」

話したいのだろう、と、コップを両手で包んでそう聞けば、リヴァイは思いのほか強い視線をナマエに向けた。いつもの鋭いナイフみたいな、そういう類のものではない。どん、とただそこにある大樹のような。

「俺は、選んだ」

リヴァイは言う。

「何を」
「人類のために、あいつには夢を諦めてもらった」

え、とリヴァイの目を見返す。

「その代わりにアルミンを生かして、そして俺は、獣の巨人を仕留めることを約束した」
「それは……団長が自分から言ったの?夢を諦めるというのは」
「いや、俺が言った」

なんでそんなことを気にする、というような視線。

「……出発前に、エルヴィン団長の、夢を聞いたの」

リヴァイはわずかに目を見開く。ナマエもきっと、同じような顔をしている。

「それで、私も選んだ。代わりに世界を見るから、だから」

死んでもいいから行ってこいと、送り出したのだ。

エルヴィンは最後の最後まで、夢を諦めきれなかった。だから最後は、リヴァイが背中を押してくれた。最後に背中を押すのが、1番辛い仕事だ。そしてそれは、きっとリヴァイでないと出来なかった。

リヴァイの焦点が少し遠くなる。

「もう、楽にさせてやりたかった」
「……」
「それに、アルミンなら、と」
「……私もだよ」

ナマエは少し目線を落として、紅茶の色を見る。

「団長なんて立場、背負うものが重すぎる。しかもあの人は、……すごく、辛そうだったから」
「お前も夢があるから、だから、わかるんだな」

ナマエは、頷く。

「それに私、ハンジが団長ならと思って」
「そうだな」

ナマエ、と呼ばれて見れば、リヴァイの目が、ナマエを捉えなおす。いつの間にか、その声は幾分ましなものに戻ってきていた。

「ナマエ、俺は、獣の巨人を倒す。お前は」
「私も、やるよ」

そうか、と彼は少しだけほっとしたように、ゆっくり瞬く。

「……じゃあまずは、調査兵団を立て直さねえとな」