09
俺の言葉を待つ男が、こちらをじっと見つめてくる。恐らく彼は、俺の違和感に気づいているのだろう。彼の目は、怪我をしている可哀想な子供を見る目ではなかった。
俺は、意を決して重い口を開く。
「……お、…俺が、そのスーツ姿の男、です…。…その…気がついたら、この姿になっていて…」
「………何故、あの場にいた?」
「っ!…そ、それ、は…っ」
男は俺の言葉にぴくりと眉を動かし反応を見せた。彼の問いに、あの場で自殺しようとしていたとは言えず、俺は再び言葉に詰まる。
ーーー重くのしかかる、沈黙。
それは俺が一番嫌いな空気と時間であり、そんな状態に耐えられるはずもなく、慌てて口を開く。
嫌な汗をかきながら、恐る恐る俺は自身がサラリーマンであり、仕事に耐えられず自殺しようとしていた経緯を話す。
彼を助けようと勝手に体が動いていたこと、気がついたらここにいたこと、そして“個性”や“プロヒーロー”という言葉に聞き覚えがないこと…男の子と交わした言葉など、覚えている限り全てを伝えた。
その間、彼は無言でこちらを見つめていた。
「ーーー…と、いうわけ…なんです…」
「…要するに、お前は28歳の社畜のサラリーマンで、自殺しようとあの場にいたが、突然少年が現れた。そして、何故か助けたはずのその少年の姿になっていて、ヒーローという仕事も知らなけりゃ、ましてや“個性”なんてものも知らない…ということか」
「…そう、なりますね……」
「俺は少なくともその大手企業は知らないし、お前の思っているヒーローも、この世界でのヒーローとは種類が違う」
「……要するに、俺は別の世界から来た…?」
「……信じ難い事だが、こっちの世界じゃ有り得る。そういう個性があの場で発動していたのかもしれないし、その少年の個性かもしれん」
「わ、わぁ…まじかぁ…」
突然突きつけられた現実に、思わず本音が漏れる。説明が付かない話が、こちらの世界では通るようで、彼はあまり驚いてはいない様子だった。
ーーー俺が生きていた世界とは、違う世界。
今まで流れに身を任せ、空気を読んで周りに合わせ生きてきたからだろうか。自然と思考がそういう事もあるんだろうなと、常識では有り得ない事を脳が信じようとする。
一度死のうとしたのだから、こうして生きていることは奇跡に近い。別の世界なら、もうあの会社には行かなくていいわけで、実質新たな人生だと思えば何とかなる気がする。
「あの、イレイザーヘッドさん」
「…なんだ?」
「この世界で生きて行くには、どうすればいいんでしょうか」
「……まさかお前、今の状況を受け入れたのか?」
「いや、だってほら、そうしないとどうにもならないんで…。俺は28歳で、本当は死んでたんですよ。……でも、この子が生かしてくれた」
胸に手を当て、目を閉じる。憶測に過ぎないが、彼…依代守形くんはもっと生きたかったのではないだろうか。精神的に繋がっているからか、彼の意識は無いものの、何となくそう感じた。
俺は死にたかった。
でも、彼は死にたくなかった。
これは、その双方の思いが起こした奇跡であり、俺の第二の人生なのかもしれない。
守形くんは、ヒーローになりたかった。彼がどんな環境で過ごしてきたのかはわからないが、もうどうしようもなくなって、死ぬことを選んでしまったのだろう。
「…ヒーローって、誰でもなれるんですか」
「………ヒーロー免許を取ればな」
「……免許…」
俺は、相手の目を真っ直ぐ見つめる。
大事なプレゼン以上に緊張している気がした。
「……俺、ヒーローになります」
彼は呆気に取られたように、目を見開いた。
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