貴方と俺と、時々、騒音
あの後、何も言わず歩き始めた相澤さんを追いかけ、彼の自宅マンションに辿り着いた。
入れと促され、お邪魔しますと声をかけてから中に入る。部屋は必要最低限の家具だけが置かれており、出会って間もないが彼らしいなと思ってしまった。
「飯食いながら、今後の話をしようか」
「はいっ、えっ、わっ、っとと…」
彼はそう言うと冷蔵庫から何かを取り出し、こちらに投げ渡す。慌ててソレを受け取ると、手の中に収まるものに目を疑った。
「……これ、栄養ゼリー的な…やつですか」
「美味いよ」
「……も、もしかして相澤さん、3食これですか?」
「作る手間は合理性に欠ける」
彼はそう言うとリビングのソファに座った。俺は独身であることや死ぬ前の自分と同じような食事に、なんとも言えない親近感を覚えながら、彼の目の前の床に正座をする。
「…何笑ってんだ」
「いや、俺もこういうの食べて毎朝仕事に行ってたんで、懐かしいなぁと思って」
「自炊は?」
「一応できますよ。時間が無くて最近してませんけど…」
いただきますと栄養ゼリーを口にする。変わらないその味は、自分の生きていた世界との繋がりを少しだけ感じさせてくれた。
相澤さんはひと口食べたところで、話を切り出した。
「来年の受験まで約一年ある。お前はそれまでに受験勉強と自分の個性を把握しなきゃならない」
「一年……あの、宜しくお願い」
「因みに、俺は一から十まで面倒見る気はないよ」
「しま……えっ?」
俺は下げかけた頭を起こし、相澤さんを見る。丸投げされたからには、やり方は俺の自由だろと言われてしまえば、何も言えなくなってしまった。
「参考書は買ってやるから、分からないところは聞け。衣食住の確保、それだけは保証する」
「…はい、わかりました。ありがとうございます」
受験生は平等であるべきで、俺だけが特別に指導してもらうなんておこがましいのだ。一般人の個性の使用が禁止されているなら、他の受験生も十分に個性の使い方をマスターしている人なんていない。
衣食住の確保。それだけで十分すぎる待遇だったのだ。
二つ返事で承諾した俺を見て、何か言いたげな相澤さんだったが、少し間があってから遅いからもう寝ろと促された。
案内された寝室のベッドに腰掛ける。今日は色々と起こり過ぎて流石に疲れていたのか、ベッドに寝転ぶとたちまち瞼が落ちてきた。
次の日、カーテンの隙間から差し込む陽を浴び、俺は慌てて飛び起きた。
「やっべ遅刻ッ………じゃ、…ないん、だった…」
ベットから降りようとすれば、いつもと違う床への距離感に、自分の状況を思い出す。
あれだけ死にたいと思っていたのに、心のどこかではあの世界に戻りたいと思っているのかもしれない。しかし、今は何をしようにも、情報が少なすぎる。
まずはこの世界で生き抜くしかないのだと自分に言い聞かせ、リビングへ続くドアを開けた。
ーーーそういえば、相澤さんどこで寝たんだ?
リビングに転がる黒い塊。登山用の寝袋で眠る相澤さんを見て、ベッドの譲り合いが起こったのは言うまでもない。
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