夢なら覚めて


ぼんやりと意識が浮上する。
浮いているのか、重力を感じずただ意識があるだけのように感じた。


「……ここ、は…?」


目の前に広がるのは、一面の白。
それが天井だと気づくまでに数分かかったのは、天井との距離が近すぎたからだ。


ーーーえ…俺、浮いてる?


覚えている最後の記憶は、死のうとして屋上に行ったものの、目の前で飛び降りた男の子を助けようとして一緒に飛び降りたことだった。


そうか、俺は死んだのか。
死んだから浮遊霊になったのか。


呑気にそんなことを考えていると、ガラリとドアの開く音がした。音のした方を見ると、ナース服を着た若い女性が目を見開き驚いた表情を浮かべ、こちらを見ていた。


「せ……先生!!!依代守形(ヨリシロ スガタ)くんが目を覚ましました!!!」

「……え、?」

「もう大丈夫、ここは病院だからね。落ち着いて…ゆーっくり、“個性”抑えてね」


看護師は浮かんでいる俺にそっと近づこうとする。呼ばれた名前が自分の名前ではなかったことと、聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「……こ、せい…?」

「そうよ。ほら、落ち着けば収まるから」

「…こ、個性って何ですか…そもそも、俺は“依代守形”っていう名前じゃなくて、えっ、いや、俺は死んだんじゃ…?」

「守形くん、大丈夫よ。ヒーローが助けてくれたから、生きてるわ。混乱してるだけだから落ち着いて、ね?」


はっきりと俺を見て、守形くんと呼ぶ彼女の目は、嘘をついているようには見えなかった。彼女は大丈夫、落ち着いてと繰り返えし、“個性”を止めてほしいと言ってくる。


“個性”を抑える?
“ヒーロー”が助けてくれた?


よくわからない単語が飛び交い、頭が混乱してくる。死んでいないのなら、何故浮いているのか。それよりも、今は何時だろう。無断欠勤になる前に、会社に連絡しなければいけない。

そう思い、ふと当たりを見渡すと部屋に備え付けられた鏡が目に入る。


ーーー鏡を見つめて、俺の思考は一時停止した。


そこに映る自分の姿は、三十路手前のサラリーマンではなく、あの時一緒に飛び降りた男の子の面影を残した姿をしていたのだ。











mokuzi