03


「待っ、!!」


咄嗟に踏み出す。落ち行く彼に手を伸ばす。目の前で小さな命が絶たれようとしているのを目の当たりにすれば、自然と体が動いていた。


ーーーー怖い、死ぬ、落ちる。


先程まで死のうとしていた人間が、少しの恐怖を覚えた。しかし、それ以上に彼を助けたいと思ってしまったのだ。虐待か、いじめか、何にせよ誰かが手を伸ばさなければ、彼は死んでしまう。


傾いた身体は、どんどん加速して下に落ちていく。


「……け、…どけッ、…届け…ッ、届けッ!!」


心の中で念じているのか、言葉になっているのか分からない。必死に彼へと手を伸ばす。加速しろ、加速しろ、もっと早く落ちろ。

あと、もう少し。




ーーーゴォッ、と風が吹いた。

向かい風ではなく、追い風が吹く。俺を彼へと近づけるかのように風が後押し、彼の手を掴み、自身の腕の中へと引き寄せた。


「…僕、ヒーローになりたかったんだ」


腕の中の彼がそう呟く。ぎゅっと彼の身体を抱きしめて、守るように包み込む。

途端に走馬灯のように頭の中に映像が流れる。周りに合わせて、ここまで生きてきたそこら辺にいるただのサラリーマンの映像だ。





あ…そういえば、ひとつだけ好きなものがあった。どんなピンチも命懸けで助けてくれる特撮ヒーロー。純粋に少年だった頃、彼の言葉で思い出した小さい頃の夢。


それでも、現実は残酷で、ヒーローなんかにはなれない。

俺は、ヒーローなんかじゃない。
でも、なりたかったんだ。


「…俺も、だよ」



地面が目の前に迫って、死を覚悟する。


パトカーのサイレンと大勢の悲鳴の中、何かが俺を包んだ気がしたが、その正体は分からないまま、俺は意識を手放した。












mokuzi