この入試、荒れるよ
ーーー10ヶ月は、あっという間に過ぎ去った。
いつもより少し早めに起き、いつも通り弁当を作る。いつもと違うのは、今日は二人分の弁当を用意しているということだ。
今日は、雄英高校入試当日である。
「消太さーん、審査官だから先に行くって言ってませんでしたー?」
「……おはよう」
「おはようございます。はい、お弁当」
のそのそとリビングに入ってきた消太さんを見て、弁当を手渡しする。審査官をするというのに、相変わらずいつも通りの全身真っ黒だ。
「入試の日くらい弁当はなくていい」
「これは俺の分のついで」
あの日から、俺と消太さんの関係はとても良好である。相変わらずひざしさんに夫婦だとからかわれるが、そう言われるのも慣れてしまうくらい接し方に違和感はなくなった。
動きやすい服装に着替え、身支度をする。消太さんも身支度を済ませたようで、俺は玄関に向かった彼を追いかける。
玄関に座り込み、靴紐を結びながら彼を見上げると、こちらをじっと見つめていた。
「…消太さん?」
「……空悟、」
「ん?」
「いつも通りやればいい」
相手の言葉にぽかんと呆気に取られてしまう。開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だ。
ーーー彼は、俺を信じてくれている。
その事実に俺は口角を上げ、上機嫌で相手に向き直った。この人が信じていてくれるだけで、なんて心強いのだろう。
「はい、勿論!」
ーーー「雄英」一般入試実技試験
さあ、この一年の成果を見せようか。
筆記試験は、ヒーローに関する部分は守形の力も借りて、安心できる点数だと実感している。否、これはカンニングじゃない。
「二人で一人のヒーローだから…」
《空悟にぃ!やっぱり雄英はすごいね!門が大きいっ!》
『…守形、前も門に感動してなかったか?』
頭の中で守形がはしゃいでいる。今では彼と意思疎通ができるようになり、出会った時と比べようもないくらい明るくなった。
ちなみに、くん付けをやめたのは、兄弟になったからである。彼は自分との関係に名前が付いたことが、嬉しくてたまらないらしい。
「なあアレ…バクゴーじゃね?“ヘドロ”ん時の…」
「おお本物…てか、あいつも“ヘドロ”の時のやつじゃね?髪色ちげぇけど…」
「………カツキくん?」
「あ゛ぁ!?……てめぇ、あの時の…」
“ヘドロ”という単語で、目の前を歩いている人物に気がついた。名前を呟くと聞こえてしまったようで、少年は勢いよく振り返る。
「カツキくんも雄英だったんだ」
「気安く呼んでンじゃねぇぞクソがッ!」
「うわぁ…相変わらず口が悪い…」
あの時と変わらない彼に思わず苦笑してしまう。見知った顔を見つけた俺は、少し安心できたのか、いつの間にか張り詰めていた緊張が解れたように感じた。
「俺は風間空悟、宜しく」
「あ?今から争う奴と宜しくする筋合いなんざねぇよ」
試しに自己紹介をしてみたが、差し出した手は振り払われてしまった。確かに彼の言う通り、偏差値79の超難関に挑んでいるのだ。他と馴れ合っていると足元を掬われてしまう。
「…確かに、じゃあカツキくんとはライバルってことで」
「はぁ〜〜?てめぇが俺の?笑わせンなや雑魚が。つーかその“カツキくん”ってのやめろ」
「…ホント口悪いな…じゃあ、勝己?」
「ンで下の名前なんだクソがッ!空気読めや!!」
勝己は、物凄い剣幕で爆破しながら手を振りかざしてくる。思わず避けると更に彼を刺激してしまったようで、避けんなやともう一発お見舞された。
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