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とてつもなく大きいそのギミックは、圧倒的脅威として受験者の前に立ち塞がった。

目の前に現れた“勝てない”と思わせる存在に、全員が背を向けて走り出す。倒してもメリットが無いそれを倒そうと思う者はいない。


「俺の前塞いでンじゃねぇぞッ!!」

「やっぱお前は行くよな…ッ!」


爆豪は飛び出すとギミックの足を爆破した。彼は言動こそ粗雑なものの頭の回転は早い。バランスを崩す前に通り過ぎ、奥に残っている仮想敵を倒しに行ってしまった。

当然バランスを崩したギミックは、こちらへと傾いてきてしまい、爆豪の行動を見ていた人達も急いでその場から逃げる。


《ッ、空悟にぃ!まだ人が!》

「こうなるって分かってやってんのかアイツは…ッ!」

「ウェ…ウェ〜イ」


もう残り時間も少ない中、逃げ遅れた人を助けて、更にポイントを稼いでいる時間はない。一か八か、まだ酸欠状態にはなっていない今しかない。


ものすごく気の抜けた顔をしている少年の前に飛び出すと、両手をギミックに向ける。

大気中の空気を圧縮し、目の前に巨大な空気圧の壁を作る。まだだ、まだ弱い…倒れてきても支えられるだけの壁を作らなければ潰れてしまう。


「 “ 空気層 ―Air Layer― ” ッ!!」


目の前まで迫っていた巨大な塊がその壁に倒れ込み、ズシンッと重く大きな衝撃が走る。ここで気を抜けば、瞬く間にこの金属の塊に押しつぶされてしまう。

こんな大きなものが倒れ込めば、周りに甚大な被害が及ぶ。それだけは避けたい。

俺は歯を噛み締め、目の前にだけ集中する。しかし、大気中が汚染されており、その空気を取り込んでしまった俺の目の前がクラりと歪む。


「ッ、はッ、…無理…ッ、酸、素ッ、っ…」

「終了〜!!!!」


耐えられずその場に倒れ込んだ俺に、ひざしさんの終了の合図が聞こえてきた。ギミックは素早く回収され、俺と後ろにいた少年は潰されずに済んだ。

審査官なら消太さんも見ているはずで、これは帰ったら説教だなぁと腰につけていた酸素ボンベを吸い込んだ。




「うぇっ、っあ!お、ぉま、お前大丈夫かよ!?」

「大丈、夫…」

「いやいや真っ青!!!」


助けた少年が意識を取り戻したようで、顔を覗き込んできた。あ、そんな顔してたのか…と整った顔を見ながら身体を起こす。立てるかと手を差し出されれば、その手を掴み立ち上がった。


「つーかあんなの支えるとかヤベェ!」

「いや…そんな、事は…」

「いや〜マジ助かった!さんきゅっ、俺は上鳴電気っ」

「…怪我なくてよかった。俺は風間空悟」


自己紹介を済ませ、握手を交わす。爆豪に振り払われた握手がようやくここで生きたらしい。

お互いの個性の話をしながら、上鳴の肩を借りて医務室へ行く。簡単な手当を受ければ、お互い受かってるといいなと言葉を交わし、会場を後にした。






帰宅後、俺は守形の個性の練習のためにと拾った黒猫を抱き抱え、ソファでぼーっとしていた。このマンションはペット可で、しかも消太さんは猫好きだったため、きちんと世話をするならと飼わせてもらっている。


《それで、何も出来ずにいる男の子がいて…その子も移動させようと思って“憑依”したんだけど…》

「何故かすぐに弾かれたのか」

《うん、だから戻っちゃったんだ》


猫に憑依している守形の頭を撫でる。
動物に憑依している時も人語を話せるようになったが、傍から見れば俺は動物と会話をしている危ないやつに見えるだろう。


ーーー“憑依”が弾かれた戦闘向きではない“個性”の男の子


守形から報告を受け、その彼がとても気になってしまった。またどこかで会えることを願うしかない。


「……はぁ〜…途中からポイント数えてなかったし、ギミックの阻止で終わるし…」


猫の腹に顔を埋めぐりぐりと顔を動かせば、守形が擽ったそうに“にゃあ”と鳴いた。その可愛いらしい鳴き声に癒されながらも、やはり気になるのは試験結果。

後半こそ仮想敵を倒せたものの、一体どこまで伸びているのか分からない。


俺は不安に駆られながら、合否通知を待つことにした。








mokuzi