37


その後、個性を使える場面では個性を使い、第5種目目のボール投げに差し掛かろうとしていた。

守形の個性をどうにか使えないかと考えるも、あまりいい案が浮かばず首を捻る。

誰かに憑依させたところで、それはこの憑依された生徒の記録になってしまうため意味がない。無機物には“憑依”できないため、ボールを動かすことは出来ないのだ。


「…ボール投げ……憑依…」

「セイ!!」


考え込んでいるとわっと歓声が上がり、何事かと声のした方を見ると、麗日お茶子という女子生徒が“∞”という数字を叩き出していた。

彼女の個性は“無重力”らしく、ボールは遥か彼方まで飛んでいってしまったようだ。

俺は空見上げるみんなと同じように空を見上げると、一羽の大きなカラスが飛んでいるのが見えた。


「……守形、カラスになろう」

《からす?》


俺はみんなが空を眺めている間に後方に下がると、丁度木に止まったらしく、俺はそっとそのカラスに近づいた。


ひと通り用意を整えて列に戻ると、丁度緑谷が投げる番だった。彼の顔色は、かなり悪くなっている。俺は緑谷のことが気にかかり、爆豪の隣に並ぶ。


「…緑谷、まだ記録っていう記録出てないけど…個性使ってないのか?」

「緑谷くんはこのままだとマズいぞ…?」

「ったりめーだ。無個性のザコだぞ!」

「……無個性?」


無個性というのは、個性がないということだ。無個性であの入試を乗り切り、ここにいるのだから彼は相当人助けをしたか、他に何か成し遂げたのだろう。

緑谷が切羽詰まった表情で円の中に入り、ボールを握り締める。そして、思い切り振りかぶった。

振りかぶると同時に、消太さんの目が個性を使おうとした彼を視た。


「…消太さん、なんで」

「……あ?」


ーーー記録 46m


個性を消され、普通に投げられたボールがぽてりと落ちる。消太さんは、彼の“個性”を消したのだ。


ーーー視ただけで人の“個性”を抹消する“個性”


「抹消ヒーロー、イレイザー・ヘッド!!!」

「見たとこ…“個性”を制御できないんだろ?また行動不能になって、誰かに救けてもらうつもりだったか?」

「そっ、そんなつもりじゃ…!」


緑谷に捕縛布が巻き付き、引き寄せられる。本人がどういうつもりであっても、傷ついた彼を救けようと、周りはそうせざるをえなくなるのだと、消太さんは諭す。

一人を救けて木偶の坊になるヒーローではなく、万人を救い出すヒーローでなければいけない。


「緑谷出久、お前の“力”じゃヒーローにはなれないよ」


キツい言葉だが、彼の言う通りだった。一人を救うためにボロボロになっていては、ヒーローは務まらないのだ。俺は入試の最後に酸欠になった自身を思い出し、拳を握りしめる。


俺は残りの1回に挑む緑谷を見つめた。彼の個性は諸刃の剣、まだ開花して間もないのか、はたまたそういう個性なのかはわからないが、彼にはここで終わって欲しくないと思ってしまった。

彼はブツブツと呟いてから、同じように振りかぶる。消太さんが呆れたような表情を向け、見込み無しと判断しようとした。


「ーーー!?」

「 今、僕に出来ることを!!!

ーーーー SMASHッ!!」

「こいつ……!」


ボールは球威を上げ飛んでいく。緑谷は指1本に力を集中させ、まだ動けるということを消太さんにアピールした。消太さんは驚きながらも笑っていた。

俺は、落ち込むどころか、あの短時間で指一本で球威を上げ、こちらの度肝を抜いてきた緑谷に圧倒されてしまう。


「……すごいな、緑谷…」

「どーいうことだ!こら!ワケを言えデク!てめぇ!!」

「うわああ!!!」


隣にいた爆豪が緑谷に掴みかかろうとすると、案の定捕縛布で取り押さえられる。

やはりあの二人には何か因縁があるのだろうかと思いながら、ドライアイを公表した消太さんに少し笑ってしまった。


「…風間、笑ったな?」

「えっ、笑ってな…ふっ、」

「余裕で何より。次、お前投げろ」

「ちょ、順番はっ、うわっ」


笑ったことを指摘されれば、そこからは彼のペース。爆豪を取り押さえていた捕縛布がこちらに向かってくると、俺は消太さんの方に引き寄せられる。


ーーー先生、顔が近いです。


「消太さん、何すっ」

「ここでは“相澤先生”だ」

「……さっき俺のこと名前で呼びかけたの知ってるんですからね」

「…守形の個性、使うつもりでいるなら測定してやるから早くやれ。さっきから後ろでコソコソしてたのはバレてる。ほら、投げろ」

「……バレてたか…」


やろうとしていたことは、消太さんには見抜かれていたらしく、俺は言われた通り円の中へと向かう。軽く肩を回しちらりと木の上を見ると、大きなカラスは俺の頭上へと飛んできた。


「え!?なんかでけぇカラス飛んできたんだけど!?」

「行けるとこまで運んできてくれ…!」

《行ってきまーす!》


俺は頭上を飛ぶカラスにボールを投げると、カラスは足でボールを掴みそのまま飛んで行った。








mokuzi