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轟から逃げるようにして着替え終えた俺は、先に職員室へ寄ることにした。

職員室に入ると何度か雄英に顔を出しているため、先生方からは『イレイザー・ヘッドの預かっている子供』として認識されている。


「色々言いたいことはあるんですけど、取り敢えず昼はこれを食べてくださいね」

「……なんでお前怒ってんだ」

「怒ってない」

「なら、何かあったか」

「………別に、何も」


先程の轟との会話が気にかかり、少し返答に遅れる。消太さんはそれを見逃さなかったが、敢えて何も聞かないでいてくれた。

暫く沈黙が続けば、いつも痺れを切らすのは俺の方だ。合理的な考え方をするくせに、彼は何も言わず、ただ俺を見つめてくる。


ーーー…ずるいなぁ、もう


「……若いの子の考えに、ついて行けてないだけです…」

「初日から何言ってんだお前は」

「ぅ、うるせぇ…!消太さんの立場じゃ分からねぇんだよ…!つーか、担任ってなんだよ!この合理的サプライズマンめ!!」

「口調変になってんぞ」


手で顔を覆い、悪態を付きながら泣く振りをする俺に、彼は「空悟」と名前を呼びながら頭を撫でてくる。

この手に撫でられると、俺は弱くなる。

とうの昔に成人しているはずの精神が、子供ように戻ってしまっていることを実感出来てしまうのが恥ずかしい。


借りてきた猫のように勢いをなくし、しおらしくなってしまった俺を見て、消太さんが小さく笑う。

指の隙間からその顔を見てしまえば、顔に熱が集まる。ここは職員室だと気づき、バッと顔を上げ手で払い除けた。


「消太さんのアホ…!!」

「…お前、大丈夫か」

「空悟じゃん、どーしたよ」

「ひざしさん…!この人に何とか言ってやってくださいよ!」

「YEAH!じゃあ、俺ん家くる?」

「行「かせねぇぞ、調子にのんなよマイク」


羞恥から逃げ出すためにひざしさんに泣きつけば、消太さんの捕縛布で引っ張られる。だから、近いし、首締まってます先生。


この一連のやりとりを見ていた周りの先生方から、いつも通り仲良いなぁという視線を感じる。

ひと通りやり取りを済ませた俺は、騒いでしまったことを謝罪してから職員室を後にした。

ーーーそれにしても顔が熱い。


《空悟にぃ、大丈夫?》

「………身が持たない…消太さんに、こう、遊ばれてる気がする…」

《あれは、愛だと思うっ》

「……あ、愛?」

《家族愛!》

「……ああ…あ、うん…家族愛、な…」


守形の言葉にドキリと胸が鳴る。きゅっと縮んだ心臓は、続く言葉にすぐ元に戻ったが、本当にそれだけなのだろうかと思考を巡らせてしまう。

家族になろうと言ってはくれたものの、血の繋がりなどない赤の他人である。しかも、俺自身は別世界の人間だ。

妙に消太さんに突っかかっていくひざしさんの意図もわからない。あの二人が話している時は、俺は中心にいるにも関わらず、何も知らずに手のひらで転がされているような感覚だった。


「若い子のことも分からなけりゃ、大人の考えも分からないって…どうするんだ、俺…」


この感情が何なのか、今は見ないふりをする。そんな中途半端な立ち位置に、少しだけ足元が歪んだ気がした。








mokuzi