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氷を割って外に出ると、捕えられている轟の姿を目の当たりにした二人が、ぽかんと呆気に取られているのがわかった。
ただ、俺は今それどころではない。
なかなかの破壊力だった先程の光景に、また笑いが込み上げる。
「と、捕らえちゃったよ…!」
「風間、何で笑ってるんだ…」
「ごめっ、ふっ、ん゛ん…切り替える」
轟に向き直り守形に合図を送れば、彼が自分の中へと戻ってくる。
彼の意識は次第に浮上し、自分の状況に静かに驚いている様子だった。
「……何が、起こった…何も覚えてねぇ…」
「悪いな、轟」
一旦呆然としている彼を放置し、二人の元へ駆け寄る。尾白の足元の氷を砕き、身動きを取れるようにする。
「葉隠、少し我慢してくれ。熱かったらすぐに言って」
「え?うん」
「初めてやるから上手くいくかわからないけど…葉隠は素足だし…女の子の足、傷つけちゃだめだからな…っ」
恐らくここが彼女の足だろうと思う部分に手を当てる。俺はアーマーにヒートポンプの要領で熱を溜め、手のひらを温めた。
時間は掛かってしまったが、次第に氷は溶けていく。
「と、溶けたー!!溶けちゃった!」
「しかも、サラっと女の子を気遣える…」
「ふぅ…上手くいってよかった。二人はあと一人、確保頼めるか?俺は、轟と核を見てるから」
「ガッテンだー!尾白くん行っくぞー!」
「は、葉隠さん待って、とりあえず靴履こう!」
二人を残り一人の捕縛へ促し、俺は轟の方を見る。轟は大人しく床に座っており、こちらを見つめていた。
「…油断した?」
「……俺が使わないって分かってたから、だろ」
「そう。半分賭けたとこもあったけど」
俺はそう言いながら、轟へと近づく。彼がもし左側を使う気でいたなら、俺は彼に捕らわれていたかもしれない。
「お前のもう一つの“個性”は何だ」
「…轟の見せてもらってないよ」
「………俺のは、これだ」
そう言うと、轟は自身が座っている辺りの氷を溶かした。
彼の個性は“半冷半燃”。右で凍らし、左で燃やすらしい。部屋を燃やされていたら、危なかったのは俺の方だ。
轟は拒んでいた個性を見せてくれた。なら俺も明かすべきだろう。心の中で守形の同意を得て、彼の目を見て話す。
「…俺のもう一つの個性は“憑依”だ」
「……憑依?…俺に憑依したのか」
「そう。憑依されている間は記憶がなくなるから、覚えてないのも無理はない。…俺はこの個性を人助けに使いたいから、あんまり言うなよ?」
「……お前は、そっちの個性を望んでなかったってことか…?」
それは、昨日途中になってしまった話のことだ。彼は左の“個性”を嫌っているからか、俺もそうだと思いたいのだろうか。
ーーーどちらかと言えば、俺が望んでいなかったのは…
「……難しい質問だなぁ、それ。…一つ言えるのは、轟と俺の個性の受け継ぎ方には違いがあると思う。だから、お前に俺の考えはわからないし、俺にもお前の考えはわからない。…それに、俺は別に“憑依”の個性、嫌いじゃないしな」
「……」
轟は、俺から目を逸らし伏せた。彼が望んでいた答えではなかったのだろうか。
彼の生立ちがどうであれ、俺のような個性の現れ方ではないだろうし、それを俺に話すのは、まだ早い。その逆もまた然り。
「…いつか話すよ、俺のこと」
「!……風間」
「……だからその時はさ、轟のことも教えてくれるか?」
俺はしゃがみ込み、轟と目線を合わせる。ゴーグルを額に上げれば、覗くように相手を見つめる。
いつか俺が自分のことを話せるようになったら、その時は彼も抱えているものを話してくれるだろうか。
彼の綺麗な瞳には、俺の顔が映されている。轟は食い入るように俺を見つめ返すと、徐に口を開いた。
「………綺麗だな、お前」
「…え、?」
「風間くんー!ごめんー!!」
「はっ!?」
轟の言葉に呆気に取られてしまい、無線から聞こえた葉隠の声に反応が遅れる。
気づけば窓から飛んできたであろう障子が入ってきており、核へと手を伸ばしていた。
気づいた時には既に遅く、オールマイトの「ヒーローチームWIN!!」という声が鳴り響く。
「あー!!!轟、お前…!っ、くっそ、…っ、そういう作戦かよ…っ!」
「……違ぇ…俺は、」
轟の一言でに惑わされ、完全に油断していた俺は落胆して肩を落とす。
何か言いたげな轟だったが、そのまま熱で氷を溶かし、モニタールームに戻って行った。
二人に謝りながら、俺もモニタールームは戻る。作戦とはいえ、先程轟が何気なく放った言葉に、俺は思考を巡らせるのだった。
「…油断した…轟の作戦にハマったのが悔しい…」
「何か言われたのか?」
「……綺麗だな、お前って…何であそこで動揺したかなぁ俺…あいつは策士だ…」
「え…いや、それは違うと思う…」
「…風間くん、それ作戦じゃないと思う」
作戦ではなかったと交互に言われ、俺は更に頭を悩ませるのであった。
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