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ーーー目を開くと、そこは空中だった。


「わぁあ!?水難んん!!!」

「緑谷…!!」

「っあ、風間く…っ!」

奴の“個性”でワープさせられた俺は、緑谷と共に空中へと投げ出されていた。水難ゾーンへとワープさせられた俺たちは、水面へと落ちていく。

水の中に入ってしまう直前で、咄嗟に空気中の酸素で身体をまとう。緑谷の方を見ると、彼の目の前には魚のような敵がおり、今にも襲いかかりそうな雰囲気だった。


「来た来た!!」

「ボガァァア!!!」

「おめーに恨みはないけどサイナ、ゴファッ!!」

「っ、!」


緑谷に気を取られていた隙に敵を殴り飛ばす。水中に空気がない訳では無いが、威力は格段に落ちていた。

彼の手を取り水面へと顔を出せば、近くにあった船に蛙吹の姿が見えた。彼女は俺たちに気がつくと、長い舌をこちらへと伸ばし、船へと引き上げてくれる。


「梅雨ちゃん、ありがとな」

「ありがとう風間くん、蛙吹さん…」

「梅雨ちゃんと呼んで。しかし大変なことになったわね」

「カリキュラムが割れてた…!単純に考えれば先日のマスコミ乱入は、情報を得る為に奴らが仕組んだってことだ」

「計画的に準備を進めて、オールマイトを殺すことを目的に今日を選んだ…」


水没してしまったガスマスクは上手く機能していないのか、このまま付けているより外した方がよさそうで、俺は足元にガスマスクを置く。

ゴーグルだけを掛け直し、髪を掻き上げる。ガスや粉塵のことしか頭になかったが、今後は水没対策も必要かもしれない。


「でもよでもよ!オールマイトを殺すなんて出来っこねえさ!オールマイトが来たら、あんな奴らケッチョンチョンだぜ」

「峰田ちゃん…殺せる算段が整っているから、連中こんな無茶しているんじゃないの?」


蛙吹はそのまま言葉を続ける。俺たちを嬲り殺すと言った連中に、オールマイトが来るまでもちこたえられるのか。オールマイトが来たとして、無事で済むのか。


《空悟にぃ、消太さん…大丈夫、かな…》

「…っ……」


青ざめる峰田とは別の理由で、蛙吹の言葉に俺も恐怖を抱いた。オールマイトが来るまで、あの人はもつのだろうか。生徒がどうなっているか分からない状態で、目の前の敵と戦う彼が無茶をしないはずがない。


三人が話し合っている間も、広場の状況が気になってしまい、それどころではなかった。

俺は空中を駆けて、あの場に飛んで行くことが出来るが、流石にこの敵に囲まれた状況で、彼らを連れていくのは困難だった。


「……風間!!聞いてんのかよォ!お前も何とか言ってくれよ!!緑谷が戦うって言ってんだよォ!」

「ッ!?…っ、ぁ…わ、悪い…考え事してた…」

「こんな時に考え事してんじゃねぇよォオオ!!」


荒れ狂う峰田を蛙吹が宥める。緑谷は俺に向き合うと、まっすぐとこちらを見つめてきた。


「……風間くん、芦戸さんたちから聞いたんだけど、君ならここから“飛んで”いけるんだよね?」

「…え……ぁ、ああ。でも、敵に囲まれたこの状況で、三人抱えていけるかは分からな…」

「でも、君一人なら広場に迎える。君なら先生の所に行くことが出来る」

「……え…?」


俺が今考えていたことが見透かされているようで、緑谷の意図がわからず困惑してしまう。確かに俺なら向かうことが出来るが、それはつまり彼らを置いていくことになるのだ。


「…僕、ヒーローについては詳しい方なんだけど、イレイザーヘッドのことは殆ど情報がなくて…でも、君は違うんだよね…?」

「っ、…!…緑谷、お前…」

「半年前くらいかな…イレイザーヘッドに隠し子がいるって、ネット掲示板で噂になったことがあったんだけど、時々君が先生のことを“消太さん”って呼んでいたから、……っあ!!ち、違ったらごめん!!あ、あくまでこれは僕の憶測で…!!」

「………っ…」


緑谷の言葉が殆ど的中していることに、動揺を隠せなかった。隠していたことがバレていることに言葉が出ず、俺は黙り込んでしまった。


「っ、その…君と先生がどういう関係なのかは分からないけど、でも君が“イレイザーヘッド”のことをよく知っているからこそ、今の状況が良くないってさっきから焦ってるのかなって思って…だから、君だけでも先に…」

「何訳わかんねぇこと言ってんだよ緑谷ァ!お前見てないかも知んねぇけど、一体一で轟に勝ったんだぞ!?強ぇ風間がいればここも乗り越えられるって…!!」

「だからこそだよ!強いからこそ、先生の加勢に行って欲しいんだ!!さっきも言ったけど、敵は僕らの“個性”を把握出来ていないから、つっ、梅雨ちゃんをここに移動させたんだよ!」


緑谷は“個性”を把握していない敵が油断しているうちに、3人で乗り切るつもりらしい。

しかし、峰田の言う通り人数が多い方が勝てる確率も上がる。俺が彼らを置いて、自分の都合で動く訳には行かないのだ。

あの人はプロヒーローだ。しかし、彼らはまだ子供。そして、俺も強い訳では無い。彼の加勢に行って、役に立つとは限らない。





でも、どうしても…分かっていても…あの人が負けないと信じていても、俺は…


「ちょっといいかしら。緑谷ちゃんの話が本当なら、私は向かうべきだと思うわ。私も大切な人が危険な目にあっていたら、すぐに向かいたいと思ってしまうもの。…風間ちゃん、先生は“家族”なんでしょう?」

「…梅雨、ちゃん…」

「風間くん、行って…!」

「…っ、ッ…ありがとう…っ峰田、悪い…俺…」

「〜っ、何だよ何だよ!お前そんなに震えてんのに戦えんのかよ…!シャキッとしろォッ!」


二人の後押しと峰田の激励を受け、俺は震える拳を握り締める。彼らを礼を言い、飛び上がり空中を蹴った。


ーーーもう迷ってはいられない。













僕らは、

この選択を
後悔することになる。








mokuzi