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緑谷たちに背中を押され、広場に向かうと未だに敵と対峙する消太さんの姿があった。目を凝らしてよく見ると、やはり“個性”の間隔が短くなっている。
「無理をするなよイレイザーヘッド」
「ーーっ!!(肘が崩れた!)」
恐らく本命であろう敵の大将の懐に飛び込んだ消太さん動きが、何故か一瞬止まる。彼は敵を左拳で殴ると距離を取ったが、背後には既に敵の影が2つ。
「消太さん…ッ!」
「ッ、空悟なんでここにいる!?」
「説教は後でいくらでも聞くからッ、!!」
「ったく、他の生徒は」
「モヤ野郎の“個性”でワープさせられて、みんなバラバラになった…!」
消太さんの背後を取ろうとしていた敵を、圧縮した拳で殴り飛ばす。背中合わせになれば、彼の崩れた肘が俺の瞳に映った。
「!…消太さん、肘が…」
「チッ…お前は奴に近づくな。触れられると崩れるぞ」
「イレイザーヘッド…生徒に守られて失態だなぁ?その“個性”じゃ…集団との長期決戦は向いてなくないか?」
やはり長い間戦ったせいで、“個性”のデメリットに気づかれていた。不意をつかれた彼は、奴によって肘を崩されたのだ。
俺は足でまといにならないよう直接攻撃はせず、空気層を厚く張り、彼が動きやすいように敵を退け、彼の背後を守ることだけに集中する。
「いいねぇ息ピッタリ…かっこいいなあかっこいいなあ……ところでヒーロー」
「ーーーッ、がッ…!!!」
「ーーッ!?空悟ッ!!!」
「本命は俺じゃない」
突然現れた黒い大きな物体により、俺の身体は空気層を張っていたにも関わらず、意図も簡単に吹き飛ばされた。
柱にぶつかれば俺の身体は止まったが、肺を圧迫され、息が詰まり、呼吸が止まる。俺は酸素を取り込みながら、痛む身体を無理矢理起こす。幸い、厚い空気層を張っていたからか、ギリギリ骨は折れていなかった。
「っは…ゲホッ…痛ッ…」
《空悟にぃッ!》
「あ?お前…もしかして」
目の前には迫った大きな怪物が、また俺へと拳を振り上げていた。奴に空気層が効かないのであれば、殴られる前に避けるしかない。
ーーー俺は無我夢中で地面を蹴る。
「ッ、…ぐッ!……ぁ…痛ッ…ぅ…」
「脳無…そいつは殺すなよ」
「空悟動くな!!飛べるなら離れッ、ッ!」
反対側へと飛び退くことに成功するも、勢い余って地面へと転がり込む。先程まで俺がいた地面は、粉々になっていた。
怪物“脳無”は標的を消太さんへと変え、彼へと襲いかかる。腹部を押さえ身体を起こすも、最早俺は完全に足でまといになっていた。
悔しさで堪らなくなり、男を睨みつける。顔についている手の指の間から覗く奴の目と、睨み付ける俺の目が合う。
そいつがニタリと笑いながら、俺へと近づいてくる。消太さんは脳無と退治していて、気づいていなかった。
「そう睨むなよ。なぁ痛い?でもお前、脳無の攻撃で生きてるのすごいよ?それにその顔…よく見せろ」
「ッ…!」
目の前に迫ったそいつは俺を見下ろすようにしゃがみ込むと、目元を覆うゴーグルに触れた。奴が触れると、瞬く間にゴーグルは跡形もなく崩れ去っていく。
身動きの取れない俺の顔に手を添え、左側の目元を撫でる。崩されるのではないかと、身体に緊張が走る。
「あぁ…っいいなぁその目……大丈夫、お前は崩さないから……迎えに来たよ、“風間空悟”」
《…どう、して…空悟にぃのことを…!?》
「ッ……っおま、え……」
「俺の敵連合に“自殺志願者”は大歓迎だ」
「ーーーッ、…は……」
「お前はここに居るべき人間じゃない。社会不適合者は俺たち側にいるべきだよ…ああ、あっちの世界ではどうだった?必要とされてた?」
ーーー目の前の男は、何を言っている?
“迎えに来た”と言った目の前の男は、俺の名前どころか、俺が自殺しようとしていたことを知っていた。そして、俺がこの世界の人間ではないことも知っている。
頭が真っ白になる。何故、一体何処から…こいつは、危険だ。こいつを黙らせなければ、皆にバレる。俺はここに居られなくなる。
気づけば俺は、相手を殴り飛ばしていた。
「はっ…はぁ…ッ、おま、え…どこまで…知って…ッ」
「痛った……さぁ?俺と来るなら教えてあげるよ」
「ッ、てめぇ…ッ「ぐ…ッ!」ーーッ!」
もう一発入れようとするも、脳無の攻撃を受けた消太さんが俺の真横に吹き飛ばされてきた。俺はすかさず彼の元へと駆け寄る。
「消太さん…ッ!!」
「…っ、逃げろ、空悟…」
彼は見るからにボロボロだった。彼のこんな姿は見たことがない。脳無はそれほどまでに、恐ろしく強い…これがオールマイトを殺す算段。
俺は、いつの間にか目の前に迫っていた脳無を見上げる。
ーーーこの人を、失う訳にはいかない。
「脳無、いい所だったのに…まあいい。イレイザーヘッドは邪魔だから殺そう」
「この人は殺させねぇ…ッ、守形!!」
「やめろッ、戦うなッ!!」
「《憑依ッ!!!》」
脳無と目が合えば、奴に手を伸ばし触れる。大きな怪物は動きを止め、首をもたげて項垂れた。あの男も驚いているところを見れば、俺たちの全てを知っている訳ではなさそうだった。
今のうちに安全な場所へ…そう思い、消太さんの腕を自分の肩へと回し、身体を支えた。
「消太さん今のうちに…っ」
「《ーー空悟にぃ避けてぇえッ!!!》」
「え…」
ーーー刹那に聴こえた守形の悲痛な叫び声。
憑依したはずの脳無は動き出し、俺は抱えた消太さんごと、殴り飛ばされた。
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