腕の中の温もりを
【side:轟】
俺は、クソ親父の個性を使わずにトップになる。そんな思いでここまでやってきた。
入学式当日、そんな俺の目の前に変わったやつが現れた。俺の目の前までやってきた男子生徒は、左右で髪と瞳の色が分かれている。
彼はじっと、こちらを見つめる。
そして、ふにゃりと笑えば、髪がお揃いだと言った。
ーーー風間空悟は、不思議なやつだった。
俺と同じように個性を複数持ち、個性について何かを抱えている。彼は個性を得た生い立ちが違うと言ったが、俺と同じような“個性婚”ではなく、ただの複合個性なのだろうか。
戦闘訓練では、彼のもうひとつの個性が“憑依”という個性であることを知った。初見殺しで、とても強力な個性。しかし、それを彼はあまり使いたくないらしく、そこに何か事情があるようだった。
彼の言葉は、俺の勘に触らない。クソ親父の個性の話になった時も、不思議と嫌な気分にはならずに話すことが出来た。
彼は人の話を聞くのが上手いのか、こちらの空気を読んでくれているようだった。
ーーー風間のことをもっと知りたい。
いつか、俺のことを打ち明けられる日が来るだろうか。その時は、彼のことも教えてもらえるだろうか。
風間は俺の“個性”ではなく、俺自身を見てくれた。
クソ親父の個性を使わず、トップになるいう目標しかなかったこの雄英で過ごす時間の中に、彼が隣にいるという喜びが生まれた気がした。
戦闘訓練の後、風間のことが気になっていたら、あいつから一緒に帰らないかと声を掛けられた。誰かと帰るのは初めてかもしれない。俺は少し浮かれた気分で、彼と教室を後にした。
「ほんと、不意つかれたのは悔しかった…!次は覚悟しとけよ轟…」
「…悪い…あれは別に作戦じゃねぇ。俺はお前の瞳が綺麗だって言ったんだ」
「………そういうのは、女の子に言ってやれよ」
「…俺はお前だからそう思ったんだが、なんか不味かったか?お前の瞳、澄んだ青空みてぇだから」
「っ…ん、ンン、ほんとお前…っ…あー……やだほんと…」
素直に思ったことを言えば、彼は百面相を繰り広げる。見ていて飽きない彼の表情をこれからたくさん見れると思うと、楽しみで仕方がなかった。
「…風間、俺のこと嫌いか?」
「……そういう意味じゃないっての」
嫌われてしまったのかと尋ねるも、彼は眉を下げて微笑んだ。大人びた言動や表情からは想像できない、時折見せるふにゃりと微笑んだ顔は、彼自身そんな表情をしているとは思っていないだろう。
風間のことを上鳴や芦戸がイケメンだと言っていたが、俺には可愛らしく見えてしまう。
食堂でハムスターみたいに頬張る彼も、彼の口端についていた米粒が妙に美味そうに見えて、思わず食っちまった時の表情も、とても可愛らしかった。
「轟まだ早いって!!」
「さっきから無自覚なの!?風間くんに綺麗とか言っちゃうし!」
「…言ってる意味が分からねぇが、あいつは綺麗だろ」
「「ダメだこりゃ〜!」」
芦戸と葉隠にまだ早いやら無自覚かと聞かれたが、俺は彼女達の言葉の意味がよく分からなかった。あいつのことは綺麗で可愛らしいと思うし、何より俺の行動で百面相している風間が好きだ。
ーーー好きといえば、彼はどうやら爆豪のことが好きらしい。
爆豪は言動が横暴だが、風間に対しては少し抑え気味な気がする。名前で呼んでいるところを見ると、二人は親しいのだろうか。俺のことも名前で呼んでくれないだろうか。
爆豪と話している彼を見ると、心の中にモヤがかかる。反面、彼から話しかけられると心の中が晴れていく。彼の隣にいると、心做しか周りの空気が綺麗な気さえした。
今まで俺が他人に対して抱かなかった感情が、この数日間で溢れ出るように湧いてきている。
何故、俺が彼にこんな感情を抱いているのかは、分からない。
「轟少年、風間少年を頼む…!」
「…風間…ッ…?」
「……は……ぁ…っ…、は……っ」
ーーー何故、俺の腕の中の彼が、こんなにも苦しそうなのか、分からない。
「…しっかりしろッ!…血が、止まらねぇ…ッ」
「……とど…ろ…き……」
首には締め付けられたような痕が、彼の白い肌に浮き出ている。血を吐いたのか、口元が赤い。腹部から、血が止まらない。
酸素を取り込もうとする呼吸が、絶え間なく続いており、苦しそうに顔を歪めている。身体は、とても熱かった。
普段の俺なら、冷静でいられただろう。応急手当てなんてものは、直ぐにできたはずだ。
しかし、オールマイトから受け渡された風間を見て、頭が真っ白になった。
戦った俺だからこそ分かるが、彼は強い。動きも誰かに学んだのか、とても繊細で無駄がなかった。そんな彼が、俺たち生徒に宛てがわれた雑魚の敵に負けるはずがない。
なのに何故、こんなにも痛々しく、ボロボロなのか。
「風間くん…ッ!」
「ッ、風間喋んな!血が…ッ!」
「……ンで、てめぇが………」
緑谷と切島も青い顔をしている。爆豪は、信じられないものを見たような、そんな酷い顔をしている。
「…わ、りぃ…きず、…やい、…て…く、れ…」
「ッ……!」
「…たの、む…」
彼の口からその言葉を聞けば、少しだけ反応が遅れる。この左側をこんな所で使う羽目になるとは、思いもしていなかった。
正直に言うと、使いたくなかった。彼の身体に火傷を負わせることが、何よりも苦しかった。大切な人を、忌々しいこの左側で傷つけてしまうのだ。
視界が霞んでいるのか、俺の好きな澄んだ瞳が、痛みを堪えている涙で揺れている。
風間は縋るような目で、俺を見つめてくる。
「っ…わかっ、た…我慢しろよ」
「ん……ゔッ…ぁ゙、ぁあ゙ッ…!!」
俺は意を決して、止血するために腹部の傷口を焼いて塞ぐ。風間は痛みに顔を歪め、俺の胸に顔を埋め、腕を強く掴んだ。
「は…ぁ゛ッ……わりぃ、…とらうま、つくっち、まった…ッ」
「………ッ」
「…とど、ろき…あり、がと…っ…」
「…風間…ッ!」
彼は眉を下げ、俺の心を読んだのか、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
俺は礼を最後に気を失った腕の中の彼を、強く強く抱き締める。
風間を抱え、俺たちはオールマイトに背を向けて出口へと急ぐ。
ーーーお前と話したいことがたくさんある。また俺に笑いかけてくれ。だから、死ぬな。
まだ、腕の中のこの温もりを失うわけにはいかない。
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